ディープ・ダンジョン〜夕庵〜

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<<   作成日時 : 2007/02/10 21:52   >>

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 随分前の話になるが、「暗い日曜日」にまつわる話を取り上げたことがある。この話が都市伝説的文脈で語られる場合、それは専ら「『暗い日曜日』と言う歌を聞くと自殺してしまうので発禁処分にされた」というような形になる。この件に関しては「現代特殊民話」さんの活動のおかげで、都市伝説愛好家の関心も高いのだろう。前回の要点は、「聞くと自殺する」というよりは「今まさに自殺をしようとする人が好んで聞いた」と言うのが正しいという事と、日本の関係当局がこの歌を発禁処分にしたのはちょうど自殺流行りの風潮があったためだという二点。

 もっとも、自殺の態様は十人十色だろうし、その動機は百人百様のはずだ。真剣に自殺を考え、実行したが生還した事のある人の経験談によれば、「コップの水があふれるように」自殺を行ったのだという。心の中に色々な自殺因子が蓄積して行き、最後はほんの些細なきっかけでコップから水が溢れ出すように自殺へ走ると言うことらしい。いわゆるラストストローと言う奴だ。「暗い日曜日」がそのラストストローにならなかったとは限らない。そう考えるとなかなか興味深い話である。折りしもいじめ自殺が相次いだ昨今、自殺の心理について少し調べてみた。

 例えば、自殺に関する精神医学界ではちょっと知られた話らしいのだが、ウェルテル効果というものがある。ゲーテ作の「若きウェルテルの悩み」にちなんだもので、この物語のラストでは主人公ウェルテルが拳銃自殺を図るのだけれど、本が出版されて間もなく、ヨーロッパ各地で作中のウェルテルを模倣して自殺する若者が続出したと言われる。それこそ「暗い日曜日」ではないが、この本を発禁処分にしたり、すでに出回っているものを回収した国もあるという。「暗い日曜日」を聞きながらの自殺は、たまたまこの曲を聴いて自殺願望が高まった誰かのやり方を、多くが模倣した群発自殺(こういう言い方があるのだそうだ)だったという事なのだろうか。

 レミングの集団自殺の話ではないが、自殺には連鎖性と模倣性がある。たとえ人間でも合理性や論理性などあっさりと超越してしまった、本能的なものとしか思えないような、非合理な自殺を行う事が珍しくないらしい。これまでの自殺研究の成果として、誰かの自殺の情報は、「自殺しようか、それとも生きようか」という葛藤の中で危うい生を送っている人に危険な影響を与えるというのが半ば常識化しているという。アイドルが飛び降り自殺したと報じられれば同年代の少年少女の自殺が相次ぎ、普通の少年でもいじめを苦にして首吊り自殺をしたと報じられれば、同じような境遇にある年少者がやはり首をつって自殺をする。いじめ自殺は2006年の末に流行したが、10年前にも同じようないじめ自殺の流行はあり、さらにそこから一昔前にも同様の風潮はあった。

 実は「暗い日曜日」群発自殺の話も、こうした現象の延長線上にあるのかもしれない。死にたがっている人たちの前に、飛び降りなら飛び降りで、首吊りなら首吊りで自殺を成し遂げた人の情報が提供されれば、自殺志願者は「あのようにすれば簡単に死ねるらしい」と考えるようになり同じ方法を用いて自殺を図る危険性が増す。しかし模倣自殺の場合どういうわけか、死に至る具体的な手段ばかりでなくそのシチュエーションまでも真似しようとする傾向も見られると言う。その時の自殺者の心理については、これまたさらなる研究が必要になりそうだが、とりあえず「暗い日曜日」をキーワードにした群発自殺は、さほど特異な自殺の事例ではなさそうだ。

 ところで。何故連鎖するのか、何故方法までも模倣するのかについては今少し詳しい研究が待たれるが、若干本筋から外れる話として。こうした自殺の連鎖と模倣の法則を根拠に用いて、怪談めかして語られる「中央線では自殺者が多い」を科学的に説明するのは難しい事ではない。中央線の利用者は多く、その中には辛うじて生に踏みとどまっている人が少なからず存在する事も容易に想定され、彼らが「中央線にとびこんで自殺した人がいる」という情報を得る可能性は高い。それだけの事なのかもしれない。

群発自殺―流行を防ぎ、模倣を止める
群発自殺―流行を防ぎ、模倣を止める (中公新書)

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