丸子蒲原の城を見に行く
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作成日時 : 2011/12/29 21:21
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年末の連休がやって来た。この時期、中途半端な観光地は休業モードに入ってしまうため、当たり外れのないところで、今日も今日とて城巡りの日帰り旅行に出かけてきた。攻略目標は静岡方面。最初こそ、伊豆まで言って土肥金山を見て来ると共に、堀越御所にも立ち寄ってこようかと思っていたのだが、伊豆が思いのほか遠かったため、道半ばの蒲原城を見て、折り返す形になった。
■蒲原城
蒲原は、旧東海道が通る街道の街として、そこそこに有名だ。蒲原城は、そんな蒲原の町を見下ろす山上にあった。その立地のため、戦国時代にはしばしば、武田氏と今川氏による戦いの舞台となっている。
東名高速を清水ICで降り、国道1号線の上り線を10分か20分ほども走ると、そこが蒲原の街だ。ここから城跡まで少し距離があり、少しばかり道に迷ったが、最終的にはどうにかたどり着くことが出来た。
城跡には、大空堀などの遺構もあるのだが、保守状態が良くないため、もう一つピンとこないところも多い。主郭周辺は公園として整備されているが、史跡復元と言うよりは、戦国城郭風に施設整備された都市公園といった雰囲気だ。
本丸跡からは東名高速・国道1号でも有数と言える風光明媚の地、由比の浜辺りが見下ろせる。ただ、本丸の樹木がばたばた倒れていたのだが、それが一体何だったのか、気になる。
■丸子城
静岡県内を移動している時点で、そうなるのも仕方がないところだが、丸子城跡もまた、東海道沿いにある城跡である。ちなみに、安藤広重の浮世絵で言えば、とろろ汁の店「丁字屋」が書かれているのが、丸子宿だ。
ここもやっぱり、武田氏と今川氏のせめぎ合いが発生した城で、現在まで残る城跡は、今川氏時代の城を武田氏が拡張した痕跡がよく残されている。いや、そればかりではなく、戦国山城の跡としては出色のもので、空堀、土塁、土橋、犬走り等々、多種多様な遺構が残されており、マニアならば一見の価値がある。
なお、近在の誓願寺には、片桐且元の墓がある。方広寺鐘銘事件の弁明の際、駿河に下った且元の滞在した寺が、この誓願寺なのだそうだ。
往路の日本平PAで、静岡おでんの誘惑をどうにかはねつけたのだが、その中でも黒はんぺんへの執着は断ち難く、帰りがけ、天下に聞こえた焼津さかなセンターに立ち寄って購入していこうかと思ったのだが、こんな時期だというのに(こんな時期だからこそ?)、施設そのものはもとより、周辺道路に至るまで大変な混雑だったため、はんぺんを諦めた。これも年の瀬の一点景か。
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