ディープ・ダンジョン〜夕庵〜

アクセスカウンタ

zoom RSS 山登ってみよう【縦走東海自然歩道・紫香楽宮跡〜太神山〜石山寺・前編】

<<   作成日時 : 2016/10/26 21:42   >>

トラックバック 2 / コメント 0

 ついに鈴鹿峠を通過した東海自然歩道旅だけれど、滋賀県進入のための山場としては、その先に控える加太越えが本番である。が、その加太越えは荒廃し、現在通行止めの状態となっていると判明したのが1週間足らず前の話。追加調査をしてみると、その次に歩くつもりだった余野公園から紫香楽宮跡の区間も状態が良くないのだそうだ。これまでは順繰りに歩くのを基本にしてきたけれど、現地を歩いてみて括りがおかしくなるのを警戒していたというのが多分にある。けれど、西側完歩はもうおおよそ目途が立った。紫香楽宮跡から先、石山寺までの区間を先に歩いても、よも間違いはあるまい。ちょうど京都に行きたいと思っていたし、ゴールとなる京阪石山寺駅は、京都市営地下鉄東西線につながっている。

画像 スタート地点となる紫香楽宮跡駅は、信楽高原鉄道の駅だ。信楽高原鉄道にはJR草津線の貴生川駅で乗り換えるしかないのだけれど、貴生川駅が微妙な場所に位置しており、米原周りで行くのが早いか亀山周りで行くのが早いかといった所だ。どうも、最速で着こうとすると亀山周り、つまり関西線から草津線に乗り継ぐのが早いらしい。午前6時に家を出て、9時少し前に貴生川駅に着。すぐ信楽高原鉄道側に接続するとはいかず、しばし待つ。私にとって信楽高原鉄道と言うと、正面衝突事故以外のイメージが何もない。事故の最大の要因は、JRと信楽高原鉄道の連携の拙さにあったという。この乗り継ぎの悪さも、未だ尾を引く旧情の名残なのかもしれないと思うと、なんだかぞっとしない。

 ただ、今回の歩行を機に事故当時のことを調べてみると、実際には現状の信楽高原鉄道の利便性の低さは、事故時に利便性のみを追求して安全性を蔑ろにした反動から来るものと評すべきものなのかもしれないとわかった。ちなみに、事故現場は貴生川駅と紫香楽宮跡駅の間。と言うより紫香楽宮跡駅の少し手前側と言うことだ。慰霊碑もあるという話だが、そうとは知らず車窓から外の風景を眺めていたのに、それらしきものに気付くことはなかった。

画像 9:29、紫香楽宮跡駅に到着。信楽焼の狸が迎えてくれた。ホームがあるだけの、小さな小さな無人駅だ。東海自然歩道を歩き歩いてきて、ゴールがこの駅だとするとなかなか厳しいものがあるかもしれない。特に暑い時期、寒い時期はなおさらだろう。一応、駅の並びに自販機はあるし、トイレもあるので、一拠点とはなるのかもしれないが。そんなことを考える。東海自然歩道は、この駅のすぐ北側にある踏切で信楽高原鉄道の線路を越えており、駅前には東海自然歩道の看板もあるほどだ。簡単に準備を整え、9:32、歩行開始。

 紫香楽宮跡は、東大寺の大仏で知られる聖武天皇の時代に造営された都の跡だが、本格的な遷都が行われることなく、日本の首都は依然平城京であり続けた。紫香楽宮の前に当たるのが恭仁京、後に来るのが難波京と言うことになるが、いずれも平城京に代わるものとしての役割を期待されながら、実際にはそうはならなかった。この時代の政治の迷走ぶりが見て取れる。日本の遷都の歴史を紐解くと、飛鳥→(難波)→(大津)→(藤原京)→平城京→(恭仁)→(紫香楽)→(難波)→(長岡京)→平安京→(福原)→東京となるらしい。カッコ書きはそもそもがごく短命に終わったり、従前の都からさほども距離がないところに営まれたりの事情があって、教科書で習うような時代区分にその名が取られていない都である。結局、最低数十年スパンで歴史が続いた都となると、中学歴史辺りで習う通り、飛鳥宮→平城京→平安京というところに収斂する。これが本線だとすると、かっこ書きの都は枝線と言うわけだ。

画像 東海自然歩道は、その幻の首都・紫香楽宮跡の入口を見ながら続いていく。駅から紫香楽宮跡を目指すのは造作もないが、東海自然歩道を正確にたどろうとなると、早くも雲行きが怪しい。都市部とは言い難い紫香楽宮跡周辺ながら、住宅地となっており、曲がり角が多いわりに指導標が少ない。さっそく余計な回り道をしたと見え、ぐるっと遠回り紫香楽宮跡にたどり着く。5分に満たない迷走ではあったけれど、何となく幸先が悪い。滋賀県の東海自然意識はあまり高くないので、道が分かりにくいのは仕方がないか。

画像 スタート直後だし、紫香楽宮跡にちょっと寄り道して行く。国の史跡に指定されている紫香楽宮跡ではあるけれど、首都機能の拡充も半ばのうちに廃され、しかもそれから1300年近くが経過しようとしているため、都城の明瞭な痕跡を探すのは難しい。平城京跡ですら何もないことを思えば無理からぬところか。小さな祠のようなものがあるほかは、疎林の中に礎石などが残されているようだが、それだけと言えばそれだけだ。ちょうど何かしらのライトアップイベントが催されるタイミングだったのか、それらしき飾り付けの痕跡が史跡のあちこちにあったのだけれど、昼の日中にそう言ったものを見せつけられても鼻白むだけだ。

画像 寄り道は、大して時間もかからずに終わった。史跡公園と言うほどの整備もされていないが、その片隅から、隣接する森林の方に道が伸びていた。車も通れる程度の地道は、マンション駐車場の横と言う妙に生活感のある場所を見ながら、先へと続いて行く。それだけ人家に近い位置でありながら、草はぼうぼうで、あまり状態が良い道と言う感じではない。今日のコースは、中盤で太神山(たなかみやま)に登る以外は、なだらかな丘陵歩きになると見ている。特に、最序盤は郊外地のようなところを歩く区間となるはずだ。そう思って歩いて行くと、案に違わず、林はあっさり終わった。強いて言えば、木々の間を抜けた先がちょっとした高台になっていたのは意外だが、その先しばらく、民家が立ち並んでいるのが見渡せる。その向こうには低い山も見える。真っ向勝負とはならないはずだが、丘陵地歩きなだけに、二万五千図を見ても東海自然歩道の表記が一定せず、進むコースにつかみどころがない。

 10分ほどで民家は途絶え、砕石敷きの道が始まった。ここも、自然豊かと言うか、草も木も鬱蒼と生い茂る感じの、どちらかと言えば手入れが行き届いていない林道と言う雰囲気だ。道すがらには「松茸山期間中立入禁ず 黄瀬区」と書かれた看板が目につく。実はこのコースに突入するにあたって気になっていたのがこの部分で、東海自然歩道歩行記他、周辺山行記の類をネットで調べていて、この種の情報がしばしば目についた。が、結局のところ東海自然歩道として通しで歩くことができるのかできないのかはっきりしない。大抵の記録は、松茸シーズン以外にこの界隈を歩いたというものだった。おそらく、道を逸れて山林に入り込むことを咎める趣旨のものだと思うが、何となく気分の良いものではない。

 よりによって、この滅多に人と行き会わなさそうな道で、第一市民に出くわした。杖を突き、腰に鉈を携えた、いかにも山仕事をしそうな感じの老人である。もしかして松茸泥棒として取り押さえられやしないか。そんな私の後ろめたい気持ちを見抜いたか、老人はすれ違いざまに誰何してきた。ここ甲賀市周辺は、関西弁という以外それほど訛りの強いエリアではないが、それでも何と言っているのかはわかりにくい。ただどうやら、「甲南の方から来たのか」と言われているようだ。紫香楽宮跡の駅から来たと答えた。続けて「田代まで行くのか」と聞かれた。どうやらこの老人、東海自然歩道というものがあるのをちゃんとわかっているようだ。石山寺まで行くと答えたら、3時間くらいで行くのかと返された。なかなか話し好きな人らしい。さすがに3時間でゴールできるとは思えなかった。5時間くらいはかかる予定だと言った。東京の方から、休みのたびに少しずつ歩いているのかとも聞かれた。よくよく東海自然歩だーの生理が分かっているらしい。あまり人気のありそうなコースには思えないが、ちょくちょくこの辺りを歩く者もいるということだろうか。ちょっと気になったので松茸山のことについて聞いてみたが、「大丈夫」であるとのこと。何が大丈夫なのかよく分からないが、せっかく遠くから来て歩けないと言われても、そんなもの聞き分けるわけにはいかんわな、と。答えになっているような、なっていないような、どうとでもとれるやり取りだったが、とりあえずトラブルとなることもないまま、この邂逅は終わった。

画像 やがて、舗装道に出た。それ以外、風景の単調なことには変わりがない。迷うほど複雑な道順でもないが、東海自然歩道の指導標も、道沿いから姿を消してしまった。まあ一本道だしなと思いながら、この単調な道を歩き続ける。30分ほどその状態が続いた頃、だんだん不安を覚え始めた。滋賀県に入り、持参できるコースガイドの類はいよいよ貧弱なものとなってしまったので、山間以外ではスマートデバイスを頼りにしたいところなのだけれど、間の悪いことにこの界隈は電波が入らない。嫌な予感しかなかったが、前方に山肌を削られた小山が見えてきた。ガイド本に見える工事現場のことか。それにしても、このガイド本自体がもう十数年ほど前のものなのだけれど、10年以上工事を続けるものなのだろうか。疑念を抱きながらも歩いていると、本にあるとおりに指導標が姿を現し、舗装道を外れた地道の方へと導かれた。腐って穴が開いたらしい怪しげな木橋を渡った先は、久方ぶりで自然歩道らしい、気持ちの良い森の中の道となっていた。山道と言うほどではなく、アップダウンもほとんどない。谷間と言うほどには深くはない、山間の平坦な窪地みたいなところをしばらく歩き、1時間半ぶりの集落に出た。11:34、信楽高原バスの田代バス停を通過。鉄道もそうだったが、この辺りは高原と言うことになるのだろうか。標高にしてみれば300mを少し出るくらいなので、高地の印象はないけれど、山間部なのはまあ違いない。

つづく




テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(2件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
東海自然歩き旅の扉
 東海自然歩道シリーズがそれなりの数になって来たので、各区間へのリンク記事を作成。私の東海自然歩道旅は、夏山も18きっぷ旅もお休みの期間の遊びと言うニュアンスが強く、必ずしも順繰りに一方向へ流れるものでもないので、今のところ抜けの区間もあるが、基本的には定光寺から最寄りのエントリーポイントである定光寺から東については西→東。定光寺から西については東→西の順で歩くものとなっている。記事固有の名前は必ずしも下記の通りではないが、ご愛嬌。 ...続きを見る
ディープ・ダンジョン〜夕庵〜
2016/10/26 21:44
山登ってみよう【縦走東海自然歩道・柘植〜紫香楽宮跡・後編】
 伊勢廻寺通過後も、周囲を取り巻く状況には以前改善が見られなかった。中間地点を過ぎてリスタートしたい気分なのに、相変わらず道順が分かりづらい。スタート直後こそ、ガイドにある通り狭間の田園地帯を歩いていたが、行けども行けども茶畑が見えてこない。仕方がないので、確実に東海自然歩道を踏んでいたといえるところまで引き返すことにした。最悪、伊勢廻寺から広域農道伝いに歩いて行けば複雑な道順を踏まなくても先には進めそうなのだから。 ...続きを見る
ディープ・ダンジョン〜夕庵〜
2017/06/09 21:59

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
山登ってみよう【縦走東海自然歩道・紫香楽宮跡〜太神山〜石山寺・前編】 ディープ・ダンジョン〜夕庵〜/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる