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zoom RSS 山登ってみよう【縦走東海自然歩道・柘植〜紫香楽宮跡・後編】

<<   作成日時 : 2017/05/17 22:06   >>

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画像 伊勢廻寺通過後も、周囲を取り巻く状況には以前改善が見られなかった。中間地点を過ぎてリスタートしたい気分なのに、相変わらず道順が分かりづらい。スタート直後こそ、ガイドにある通り狭間の田園地帯を歩いていたが、行けども行けども茶畑が見えてこない。仕方がないので、確実に東海自然歩道を踏んでいたといえるところまで引き返すことにした。最悪、伊勢廻寺から広域農道伝いに歩いて行けば複雑な道順を踏まなくても先には進めそうなのだから。

 ところが、わりと分かりにくい地形のところ漫然と歩いていたこともあって、来た方向に引き返すだけの作業もなかなかはかどらない。やがて、朽ちかけた指導標が雑草に埋もれるようにして立っているのを見つけた。と言うか、今日のこれまでのコース全般について言えるところだが、このあたりの指導標は大阪から東京を目指す歩行者の助けにはなるかもしれないが、東京から大阪を目指す場合には、ひどくわかりづらい場所に立っているパターンが多く、しかも進むべき道を読み取りにくい。これまで感じたことのない種類の苛立ちを覚える。三重・滋賀両県とも、これまで歩いてきた各府県の中で、東海自然歩道の整備水準は最低ランクにある気がする。

画像 やがて、待望?の茶畑に行き当たる。くだんの広域農道を再度渡り返した後なので、ガイドの記述も何かおかしいような気もするが、とにかく道を間違えていないことだけは確かなようだ。エコパレット滋賀の工場を見ながら進むと、再び広い道に交差した。目の前には「滋賀県」「甲賀市」の看板。考えてみれば今日のコース、滋賀県と三重県を目まぐるしくいったり来たりしている気がするが、道が分かりにくい一つの要因はそのあたりにもあるのかもしれない。東海自然歩道は、「従是南三重縣管轄」と書かれた年代物の石柱を見ながら、薄暗い林の中へと進んでいく。にわかには信じにくいが、この細くて暗い道は、一応県道133号と言う位置づけなのだそうだ。10分ほど歩いて、舗装の有無以外は県道と大差ない雰囲気の林の中の道に入り、少し進んで明王寺へ。古刹を想像していたのに、妙にこぎれいなお寺だ。若干面食らうが、ガイド本によればトイレも貸してくれるそうなので、東海自然歩道の旅人にとってはありがたいお寺なのかもしれない。

画像 道は、磯尾の集落を抜ける。相変わらず、わかりにくい指導標の配置である。もはや懐疑に近い気持ちをもって、ただ鵜の目鷹の目状態で往来を見渡しながら歩いていたのが奏功したか、どうにか道を外すことなく、迷いようのない山道に入ることができた。今日初めてと言って良い、山道らしい山道。さほど長くもないが、最後に延々続く木段をこなして甲賀展望所へ。13時半到着。高台ではあるけれど、木々の丈が伸びてしまったこともあって、大展望が得られるというほどではない。それに、昨日が雨だったせいもあるのか、大気が霞を帯びているのも悪条件である。靴擦れの悪影響もあり、ややペースが遅い気がする。しばし足回りの養生した後、すぐに出発。いくつかの池を見ながら、さらに30分ほど歩いて新田集落にたどり着いた。

画像 暑い。天気予報でも言っていたが、今日はかなり気温が上がっていそうだ。気が付けば、命をつなぐ水分も底が見えてきたのもあるし、何より冷たい飲み物が欲しい。曲がりなりにも人里だ。近くに自販機でもないかしらん。そんな思いで道すがらを注意深く観察するも、そういったものは全く見当たらない。ふいに、道沿いの民家のおじさんから声をかけられた。「東海自然歩道を歩いているのか?」と。歩きながらではあるけれど、少し会話を交わす。私の腹の底を見透かしたのか、おじさんは最後に、缶コーヒーでも飲んでいくかと言ってくれたのだが、深い意味もなく遠慮してしまった。後からしてみれば、ここで厚意に甘えておけば後の展開もだいぶ楽になっていたのかもしれないが、すでに暑さでだいぶ頭が茹っていたのかもしれない。よくよく考えて見れば、おじさんとのやり取りも最後の方は微妙に意思疎通に齟齬があったような気がする。ただその時はそんなことは思わず、やっぱり東海自然歩道沿道に暮らす人はハイカーの姿を見慣れているのだろうかなどと考えていた。そう言えば、岐阜市の郊外で若奥さんに声をかけられたこともあったなあなどとも思い出す。不審者だから声をかけたのかとも思っていたが、土地の人にしてみれば割りとありふれた光景なのかもしれない。そうしたとき、都市生活者たる自分の態度は褒められたものなのかどうか、しばし自嘲する。

画像 新田集落を通り抜けると、道は紫香楽方面を目指す。一応は舗装された山道である。もっとも、山道とは言いながら例によってさほど傾斜した道ではないので、だらだら歩いているうちに進捗を稼げてしまう程度の道のりなのだけれど、ある意味今回最大の山場がここだった。やがて舗装道は終わり、道の片隅には「東海自然歩道 車両通行止め 徒歩による東海自然歩道の通行は可能です」という看板が立てられていた。この看板は見たことがある。例の、滋賀県のホームページでアナウンスされていた。本来はこの先はと歩道であるという程度の意味を持たされた看板だったのだろうが、数年前の台風被害により人の通行にも支障が出てきてしまっているのがこの先なのだった。まあ4年前の災害だし、だいぶ復旧も進んでいるのではないか。そんな風に考えていた時期が私にもあった。が、15分ほど歩いて道が下り坂に差し掛かって間もなく。惨状がそこにあった。ホームページで使われていた写真に比べればいくらか状態はましになってるような気もするが、一面の倒木が道を埋め尽くしていた。ホームページ写真だと倒木によって道がふさがれているだけのようにも見えるが、実際にはその下が小川になっている。想像するに、かつて東海自然歩道だった谷間の道は、台風による鉄砲水のため文字通り川と化し、斜面を流れ下る水によって周囲の土砂が洗い流され、結果として道沿いの木がことごとくなぎ倒されたのではなかろうか。

画像 その様子に一瞬ひるむ。気が付くと、少し前にいかにもハイカーらしい人影があった。様子を見ていると、こんな調子で先に進めるのかどうか思案している感じである。やがて私に声をかけ「この先進めるんでしょうかねえ」。私が何となく答えて曰く「たぶん行けると思います」。確証と言うほどのものはないが、滋賀県をして注意して通行してくださいと言わしめる程度に、道は確保されているのだろう。もちろんそれは東海自然歩道の平均整備水準には到達していないのだろうが、普通の山歩きの中ならなくはない程度のものだと期待したい。と言うか、ここから引き返すのはかなりの難事業だ。柘植まで戻るわけにはいかないので、考えられるのは春の旅行で利用した甲南駅を目指すという逃げ手だが、できればそれは採用したくない。意を決し、倒木地帯へ突き進む。いや、倒木を避け、少し山側に回り込む。そういうコースを取ってみて初めて分かるのだが、なんとなく踏み跡のようなものは見て取れ、先行者が過去何人もここを突っ切ったことがわかる。悪条件があるとしたら、昨日が雨だったせいか足元を流れる沢水の流量が多いのかもしれないことだったが、ちょっとした渡渉程度で済んでいる。今回、靴擦れで私を悩ましている新しい靴ではあるけれど、防水効果とか、靴底のグリップだとかはこういった場面で無類の強さを発揮する。たかが登山道の荒廃一つ、新しい靴で突っ切ってやる。ニュー靴は伊達じゃない。

画像 歩いてみてもっとも厄介だったのは、結局のところ倒木ではあったのだけれど、事実上歩道が沢みたいなっているのにも閉口させられた。時として立ち止まり、渡れそうな場所を探さなければならないので、ペースはさほどにはかどらない。それに洗堀は下の方に行くほどひどくなっていて、ところによっては1mほども道がえぐれていたりする。人が歩くところは、わずかに30〜40p程度残された、土橋のような道端の部分。雪庇じゃないけれど、変なところに乗ろうものなら踏む抜く羽目になったりしないかと、そこだけは気がかりだった。結局、この大惨状地帯を抜けるのには15分ほどかかった。普通の道が残存していたら、半分ほどの時間で済んでいただろう。今となってはこの道の本当の意味での復旧などおぼつかない気がする。整備された自然歩道の体裁を保とうとするのであれば、いつかは廃道・付け替えの決断を迫られる時が来るのではないか。同じ山中には、造林公社営林地が広がっており、一般の立ち入りは禁止されているようだけれど、この範囲に存在する別の山道を使って被災箇所を回避することはできそうな気がする。

画像 ともあれ、最大の難所を越え15:15に新名神の高架をくぐって隼人川河岸の道に出た。古い東海自然歩道の歩行記を見ていると高速の建設工事真っただ中と言う時期のものもしばしば目につくが、今は工事も完了し、高速自体の供用も開始されている状態。川沿いの東海自然歩道は静けさを取り戻している…とはいかず、通過交通が発するエンジン音やロードノイズ、その他諸々の轟音が響き渡っているが、少なくとも遊歩道風に再整備は行われている。川の向こうには信楽高原鉄道の線路も見える。しばし川に沿って歩き、もう一度高速の下をくぐった後、道は紫香楽宮跡駅の間に横たわる最後の山地に向かって登り始めた。これも大した高さはないが、いやに急な登りを強いられる。それにここも土砂崩れの被害を受けているようで、旧道が崩落地に消えているような個所もある。ここは一応巻道がつけられている。と言うか、進退窮まった歩行者がつけた踏み跡みたいな道だけれど、とにかく崩壊地をパスして進むことができる。

画像


画像 15:50に、この丘の頂上部に到達。眼下に紫香楽の里が見える。が、先に踏んできたはずの紫香楽宮跡をはじめ、かつて自分がどこをどう通ったのかも判然としない、目印となるものの乏しい山間地と言う印象だ。

 ゴール地点となる紫香楽宮跡駅まで、あとは山道を下るだけ。普段の歩行なら極めて容易な行程のはずなのだけれど、今回だけはそうもいかない事情があった。靴擦れがいよいよ耐え難い痛みを発するようになってきていた。と言うか、靴の形状の関係で下り坂を下るときこそ痛い。勢い任せで駆け下りたいほどの坂道を、よたよたとしか下れない。やむを得ず、靴の履き替えを決断する。勿怪の幸いと言ったところで、明日は京都観光に当てるつもりでいた都合上、普通の街歩き用の靴も持っていた。ハイカットの口の部分がくるぶしの上あたりを刺激するのが痛くて仕方がないので、普通のウォーキングシューズに履き替えれば、何の苦痛も生まない道理だった。実に快適。今日の歩行でこれほどまでにッ!絶好調のハレバレとした気分はなかったなァ…。最高に「ハイ!」ってやつだアアアアア。一気に山道を下り、16:05に紫香楽宮跡駅に到着。山道が終わるなり駅があるという、実に唐突な幕切れだった。

画像 単線に対応する一つのホームしかない小さな紫香楽宮跡駅で、貴生川行きの列車を待つ。本数は少ないが、あと10分ほども待っていればそれはやってくるようだ。静かな駅で一人待つ…ことになるかと思っていたら、にわかに老人集団が狭いホームに結集し、少し前なら想像もできない騒々しさとなった。

 ところで、これは後の話となるのだが、無事に東海自然歩道歩行を成し遂げ、京都の宿で一夜を明かした後の5月15日朝、テレビのニュースを見ていると、にわかに信じがたい話が聞こえてきた。信楽高原鉄道を語る上で、残念ながら不可分のものとなってしまった平成3年(1991)の列車衝突事故が発生したのが、ほかならぬ5月14日のことで、昨日は時間帯こそ事故の発生した午前10時半だったようだが、事故26年目の追悼法要が紫香楽宮跡駅から北に数百メートルほどの距離にある慰霊碑の前で営まれたのだそうだ。漠然と記憶している限り夏休み中の事故だと錯覚していたので、5月14日と言う日に紫香楽宮跡駅まで歩いたのはまったくの偶然と言うよりほかにない。思えば過去には、飛騨川バス転落事故の慰霊碑・天心白菊の塔を事故の当日に、やはりそうとは知らずに訪ねたこともあった。天の配剤ではないけれど、運命みたいなものは確かに存在するのかもしれない。

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