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zoom RSS 山登ってみよう【東海自然歩道アナザー・伊勢神峠〜大正村・前編】

<<   作成日時 : 2017/06/11 21:30   >>

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 愛知県に住んでいても、昔でいう旭町だとか小原村だとかのあたりにはトンと縁がない。そこで、東海自然歩道恵那コースを歩くときは、矢作ダムまで歩いた後においでんバスに揺られ、加茂郡界隈を流しながら豊田市街に戻ろうと思っていた。岐阜県側に踏み込むと途端に交通の便が悪くなるので、この辺りが引き際だろうというのもあった。しかし、もとより槍向けに企画していたのがこの歩行でもある。どうやら飛騨沢を諦めて上高地から攻めることになりそうだというのが見えてきた今、奥矢作で歩行を打ち切るのでは鍛練にならないと思い、明智まで歩くことに方針転換した。

 まずは伊勢神峠まで移動。名鉄浄水駅からおいでんバスを使い、かつ足助で1回の乗り継ぎを挟むため、結構遠い。遠いだけならともかく、乗り継ぎの都合で歩行開始時間が遅くなるのがネックだ。9:53、国道153号上のバス停から、登り下り合わせてたぶん3回目になるのであろう峠までの道を歩く。現在の国道、古い隧道のある旧道、往古の街道と高度を上げ、峠道まで上がった時にはすでに10:16となっていた。

画像 意外なことに、私以外にもう一人ハイカーらしきおじさんがいた。たぶん、寧比曽岳へ向かう人なのだろうと思っていたけれど、考えてみれば様子がおかしい。単に寧比曽目当てなら大多賀峠から登ればよいのだ。と言うことは東海自然歩だーか。そこまでは良いのだけれど、おじさんは奥矢作湖方向を目指して歩き出した。ただでさえ珍しい、東海自然ほだーなのに、さらにマイナーと思われる恵那コース歩だーとは。しかし、一人で歩きたい気分なのでなんとなくありがたくないのも事実。そんなことを思っていたら、おじさんはすぐに足を止め、地図を確認している。さもありなん。ここはあなたの戦場ではない。回れ右して寧比曽岳を目指しなさい。なんて思いながら、一応おじさんをまくべく、少しの間走る。とりあえず、これで一人旅は保証されたのだと思う。

 峠からわずかの間、東海自然歩道はまさに古道のたたずまいを見せていたが、間もなく普通の舗装道路に接続。とはいえ山の中だから、林の中を行く雰囲気の悪くない道だ。当面の目的地として足助旭町境が示されているが、今となっては足助町も旭町も豊田市の一部となってしまったので、さほど意味あるポイント設定ではない。いや、かつてここが二町の境だったのだという事実を伝えるものとしてはそれなりに意義があるのか。旧町境までは伊勢神峠から30分ほど。

画像 さらに少しで、東海自然歩道は舗装道路を外れ、土の山道に入っていく。猿が城跡と呼ばれる城跡に向かう道のりらしい。もっとも、地元城郭史の面からはほぼ話題に上ることのない城跡なので、遺構らしきものは何もないのだろう。しばらく愛知県コースらしい手堅い山道が続く。道中、割と開放的な展望が得られるポイントもあるけれど、あくまで部分的なものだ。ちなみに、見えるのは山また山。割と低いが、見渡す限り山が続く。旧加茂郡と設楽郡を分けるあたりの山並みから見る展望がこんな感じになるというのは、少し意外な気もする。まあ山ばかりとは言いながら、送電用の鉄塔が何十本と建てられる山塊なので、人も通わぬ深山に続いて行くという雰囲気でもないのだけれど。そして11:26、猿が城に到着。やはり城跡らしい痕跡は何もない。代わりに、鉄塔の脚部がある。なお、
 
 猿が城は日下部(松井)佐渡守の居城と伝えられ、典型的な山城で室町時代に築城されました。本城のあった駒山から申(さる)の方向(南西)にあたるため、猿が城の名がつけられたといわれています。
 元亀二年(1571年)武田信玄の西三河侵攻で落城しました。城跡は送電線の鉄塔付近です。


 だそうだ。山城跡と言っても、本当に規模の小さな砦程度のものだったのだろう。「本城のあった駒山」は、気が向いたら的にしてみようと思っている西三河の里山のことだと思われる。それにひっかけて、本城を見に行くのも良いかもしれない。

画像 当然と言えば当然かもしれないが、猿が城は、準平原みたいな周辺山地の一ピークである。城跡を踏んだ後、東海自然歩道は下りはじめ、弘法杉のある辻で再び車道と交わる。京都コースにあるような意匠の案内図を頼りに先に進むと、もう少しだけ地道が続くのだけれど、間もなく車道に出た。伊勢神峠直後とは雰囲気が違う、高規格道だ。つまり、頭上を木々によって覆われる感じではなく、真夏日の強烈な日差しによってじりじりと頭上をあぶられる。アスファルトからの照り返しも厳しい。我慢の歩きが続く。これまた部分的に見える矢作湖の展望を慰めに進む。そう言えば、先週は鳳来湖を見たくて宇連山に行ったのに、結局見られなかったのだった。やがて目につく「旭高原元気村 あと900m」の看板。大型バスが何台も山道を下っていく。中高生が学校行事で元気村に来ているのだろうか。

画像


画像 12:09、旭高原元気村に到着。やや草臥れてはいるが、「WELCOME!愛知高原国定公園 旭高原元気村」の看板が観光地らしくてまぶしい。周辺にはキャンプ施設のロッジなどが立ち並び、バーベキューを楽しむグループらの嬌声が響き渡っている。さらに少しで、元気村の核心部らしい駐車場に到着。思ったより規模が大きく、設備内容も充実した施設らしい。売店などもある。小洒落たリゾート地と言う雰囲気でこそないけれど、山上なのに平坦な地形は、確かに高原の名には恥じないし、家族連れが一日遊ぶにはちょうど良さそうな雰囲気ではある。思った以上に上がる気温に、今日はこの辺りでもやもやした後、奥矢作湖に下ってゴールにしたいような気分になってきたが。が、妄念を振り払い、牛が草を食む牧場を見ながら先に進む。そう言えば、東海自然歩道沿いで牧場を見るのは、なんだかんだと言ってこれが初めてではないか。勘八牧場をはじめ、廃業したらしき牧場跡を歩いたことは何度かあったけれど。

画像


 やがて、山道に復帰。奥矢作湖に向かい、一気に下る感じの道のりだ。けれど、その矢作湖はほとんど見えない。一か所、矢作ダムの諸元について解説した看板の立つ区画があった。たぶん、その昔はここから奥矢作湖を一望のもとにできたのだろうけれど、今では木々が成長し、その歴史に感心するほど、その湖面が見えない。

画像 13:08、閑羅瀬(しずらせ)町の集落まで下る。矢作川に面する小さな集落で、対岸はもう岐阜県恵那市と言う場所だ。その岐阜県側にも閑羅瀬と言う集落がある。それにしても、ここまで下ってみて初めて気づいたのだが、眼前にそそり立つ岐阜県の山は、まるで壁のような圧迫感がある。これから、この山を越えるのか?もうちょい、マイルドな斜面までまいて登るのだと良いのだけれど。なんだか嫌な感じがする。

画像 ここが考えどころだ。一番最初の計画通り、豊田市側に引き上げようというなら、ここから矢作川伝いに2qほど下って小渡町まで歩くことになる。逆に言えば、次回の再開時には東海自然歩道でもない道を5qほどは歩くことになる。5qは許容範囲という気もするが、まあここまで来たのだから最後まで歩いてみようか。残りの距離はざっと15q。4時間コースと言ったところか。ふっと頭をよぎるのが、ブラタモリまで家に帰れるかと言うこと。ただ、幸か不幸か今日の放送は名古屋がテーマのはず。あまり食指も動かないので、間に合わなかったら間に合わなかったまでのことか。割り切ることにして攻め継続。橋を渡って岐阜県側に入る。

つづく




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