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zoom RSS 寺巡ってみよう【知多四国八十八箇所・37番〜39番】

<<   作成日時 : 2017/07/24 22:10   >>

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 去る冬の終わりから春の初めにかけての時期、知多四国を歩いていたことがあった。もう4か月もほったらかしの状態になっている。べ…別に忘れたり面倒くさくなったりしたわけじゃないんだからね!ってなもんであるが、ちょうど島編に突入しようかと言うタイミングで止まったままだ。日間賀島や篠島は、冬の時期にはフグを目玉にして観光客を呼び集めているイメージがあるが、それでも冬の海辺は寒々としたイメージがあるし、そもそも知多四国巡拝自体、山が休みの時期のつなぎとして始めたというのもある。が、夏と言えば海である。ふと思い立ち、ついに島に渡ってみようという気になった。ちなみにミズダコは夏が旬、マダコは冬が旬なのだそうだ。日間賀島は冬にフグで売り、夏にタコで売っているらしい。

画像 二島に向かう船は前回の最終地点となった師崎からも出ているが、河和からのものもある。詳しくは調べていないが、師崎はフェリー、河和は高速船の出航地と言うことになるのだろうか。身一つで歩くだけの私は、河和からの船で十分だ。ただ、二島内の霊場を巡った後はそのまま知多半島に戻るのではなく、渥美半島にわたって豊橋周りで戻る計画とした関係上、えらく早く家を出ることになってしまった。河和の港を午前7時半過ぎに出る船に乗る必要があった。そこから20分ほどかけて日間賀島にわたる。

画像 この時間の船便だと船は日間賀島西港に接岸する。ホテルや旅館、民宿に加え海産物を食べさせる店が並ぶ街並みにはいかにも観光地の風情があり、夏場の客寄せなのか、イルカが日間賀島にやってくるなんて言うイベントも行われているようだ。ただ、意外にも「海水浴場でござい」というような浜辺は広がっていない。海水浴場があるのは上陸地点とは反対の東港側、日間賀島唯一の霊場となる37番大光院までは歩かなければならない。そんなに大きな島ではない。島の中心部の丘陵地帯を突っ切ってだらだら歩くこと30分ほどで東港にたどり着き、大光院はそのすぐ近くにあった。それにしても原付のノーヘル率は優に90%を超え、もしやと思って注意してみるとシートベルトの着用率も著しく低い。離島文化のすさまじさを感じる。

画像37番 大光院(8:30) 日間賀島西港より1.7q
 大光院の近くには鯖弘法なんて言うものもあり、何かにつけてこの地と弘法信仰の結びつきが深くあることを感じさせる。こちらはこちらで興味をひかれるが、並びのような場所にある大光院も、鯖弘法ともども質朴な構えのお寺である。土俗的と言うのか、土地の人たちの素朴な信仰を集めながら今まで続いてきたお寺と言う感じがする。境内敷地も建物も決して大きくはない。
 お堂でお参りをしようとしたところ、堂内で内装品を整えていた女性を驚かせてしまった。と同時に私も人の存在に気付かなかったのでびっくりしてしまったのだが、ともあれ狭い意味でのお寺の人と言う感じはしない。どちらかと言えば近所の人と言う雰囲気に見受けられたが、いまだ生活の一部としてお寺の世話があるのならば、単なる葬式宗教としての仏教とは違った形で人々に受け入れられているのだと思う。



 篠島への船は東港から出るけれど、出航まで1時間近くを待つことになった。そして、日間賀島から篠島までの船旅はわずかに10分ほど。篠島は、ぱっと見で日間賀島より人口密度が高そうだ。割と起伏のある地形をしているので、人が生活の場とするにふさわしい範囲が限られているということなのかもしれないが、こうした地勢が影響し、細い路地が入り組む中で次の霊場を目指すことになった結果、37番霊場の次に39番を辿ることになった。まあ、順番はそんなに大事なものではないという。

画像39番 医徳院(9:56) 篠島港より1.5q
 港から見える、壁面に大きな卍を描く建物のある高台のお寺が医徳院である。もちろん、昔からのお寺の堂宇にペンキか何かのペイントが施されているわけではなく、たぶん寺務所かなにかの後背に書かれたものだと思われるが、これだけ主張の強い寺院にたどり着くのにも少なからず苦戦してしまった。ちなみに徳川家康はかの神君伊賀越えの後にこの島に泊まっているのだという。
 そんな医徳院も境内に入ってしまうとまるで高台感がない。割と小ぢんまりとした印象はあるけれど、最前の大光院と比べると半島側のお寺に近い風情があり、時間があればゆっくりしていきたい気もしてくる。が、予想に反して篠島では与えられた時間が少ない。目的のお寺はかなり狭い範囲に集中しているのでお参りをして先を急ぐ。


 
画像番外 西方寺(10:02) 医徳院より0.3q
 対照的に、かなり小さなお寺と思われるのが番外霊場西方寺だ。知恩院につながるお寺なのだそうだが、知多四国霊場のお堂としては、何十年か前に建てられた感じのものがあるだけで明らかに規模は小さく、歴史や格式と言ったものを感じさせない。この辺りは猫が多いらしく、戸を開け放っておくと勝手にお堂の中に入り込んだりするとのことで、普段は戸を閉ざしているので余計プレハブ風の雰囲気がある。まあ、建物の古い新しいで貴賤を語るのもおかしな話である。気を取り直してお参り。
 このお寺がるのは斜面に臨んだ見通しの良い場所で、篠島の中心部を一望のもとにできる。お遍路と生臭がなじむものなのかどうかはよくわからないが、本当は一泊しながらうまい魚介でも食いつつのんびりと島を歩く中でお寺を回った方が良いのかもしれない。



画像38番 正法禅寺(10:07) 西方寺より0.3q
 最後に正法禅寺だ。篠島三か寺の中ではもっとも整然とした雰囲気のあるお寺で、家康の帰依すること厚かったという逸話が伝わっている。知多半島は尾張に属し日間賀島や篠島も知多郡に含まれるが、三河にも近い。三河の大名だった時代の家康にちなむ逸話が多く残されているのは、この地の地理的な特性をよく現したものなのだろうか。
 ちなみに、お寺としては袋井市にある可睡斎と言うお寺に連なると、ものの本にはある。



画像 港に取って返すと、伊良湖行の船が出るまで残り10分と言うタイミングだった。大阪南港などから出る大型フェリーとはわけが違うので、出航の何十分も前に港にいなければならないというものでもないが、割と余裕のない篠島滞在となってしまった。篠島から伊良湖までは意外にも30分ほどがかかる。だんだんと、道の駅クリスタルポルトが近づいてくる。道の駅とはいいながら、事実上海港の役割を果たしているポルトはportで港のことだろうと思っていたら、フランス語で門の意味らしく、全体で「ガラスの門」を意味する名なのだそうだ。

 伊良湖にわたってからは、大山登山の時に使った路線バスで三河田原駅まで移動し、豊橋鉄道渥美線に乗り換え。なぜわざわざこんなことを考えたかと言うと、くだんの「駅メモ!」のせいだ。日本各地の駅にアクセスしスコアを稼ぐという趣向のこのゲームだが、旅鬼と言っても差し支えないほど日本各地を鉄道で旅してまわる私にしてみれば、かつて行ったことのある駅が未チェックのまま残るのはなんとなく面白くなく、そんな妄執にとらわれてそうそう足を運ぶ機会もないだろう渥美線を取りにかかろうなどと思ってしまった。
 
画像 さらに、幼少のみぎりに幾度となく乗った豊橋の市電もこの機にチェックしておこうなどと思い至り、端から端まで乗り倒す。それにしても、昔は結構長い路線だと思っていたこの市電が、今乗ってみるとさほどに遠い道のりでないことに気づかされ、子供の頃の思い出はやはり子供の思い出でしかないのだと気づかされた。

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寺巡ってみよう【知多四国八十八箇所・27番〜36番】(後編)
 大井五ヶ寺を巡った後、いったん海側に出、うわさに聞く上陸大師を見に行く。その名の通り、海の中に立つ弘法大師像は、昭和59年に建てられたものなのだそうだ。ごく最近に建ったものではないけれど、かといってものすごく歴史が古いわけでもない。ところで弘法大師空海は本当に尾張にやって来たことがあるのか。彼の伝説は枚挙にいとまがなく、それこそ日本各地に残されている。知多に霊場があるということは、全くの土俗的な伝承とは一線を画するもののような気がしないでもないのだが、ここまで歩いてきてもそこのところは今... ...続きを見る
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