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zoom RSS 山登って外伝【伊勢山上】

<<   作成日時 : 2017/07/10 20:57   >>

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画像 単純に一つの山としてしまって良いのかどうかは微妙なのだけれど、三重県松阪市の奥地に伊勢山上と言うのがある。山岳修行の行場である。その麓にある飯福田寺(いぶたじ)の山号が伊勢山上だとされているのも見たことがあるが、山号が普通「〇〇山」と言う感じになっているのを思えば、風変りである。飯福田寺は真言宗のお寺らしい。明確に言及されているのは見たことがないが、「山上」と言うのは多分山上ヶ岳から来ていて、「伊勢の山上ヶ岳」くらいの意味のような気がする。大峰山の一画を成す山上ヶ岳は、もちろん山岳修行の場としてあまりにも有名だ。

 山岳修行の行場なので、険しい岩場が続くような場所だ。ハイキング風に歩行時間でいうと、全部歩いて2時間くらいのところに、岩を攀じるような個所が何か所も連続する。もともと興味はあったのだが、交通が非常に不便なところなので、計画がずっとペンディングになっていた。が、例によって例のごとく、槍ヶ岳の予行演習のつもりでこの伊勢山上に取り組んでみることにした。

 マイカー利用でない場合、伊勢山上までは最寄りの三重交通バス停から30分ほど歩かなければならないが、そもそもこのバスの本数が一日に何本もなく、一番早い便でも正午間近に松阪駅前を出るものでしかないので、現地に着けるのは午後1時過ぎになってしまう。そしてこれだと、帰りの足が厳しいことになる。思い悩んだ末、そんなに多くはない選択肢の中から、最寄りバス停にさらに遠い辻原バス停から伊勢山上を目指すことにした。アプローチの歩行距離は11q以上、歩行時間は2時間ほどになるだろうが、普段の東海自然歩道歩行のことを思えば何ほどのこともないだろう。辻原を通るバスは結構多い。懸念があるとすれば、湿度の高い真夏日に2時間も屋外をだらだら歩くことくらいだった。途中からは何度かの山越えを挟んでどんどん山村地域に入っていくらしく、補給にも支障がありそうだったので、水分だけは多めに持参していった。

画像 午前8時過ぎに松阪駅に着き、少しバスを待つ。そこから30分ほどバスに揺られ、辻原バス停から歩き始めたのが8:50。最初のうちは緩やかな傾斜の道だったけれど、次第に峠越えの舗装道に変わっていく。一つだけ助かったのは、日が雲に隠れてカンカン照りにならなかったことだ。逆に目論見違いだったのは、携帯電波が県外となる区間が思いのほか長かったこと。阪内町から宇気郷までの山越えと、宇気郷を外れてから伊勢山上までの間、携帯電話はものの役に立たなくなる。万が一の場合の緊急避難手段としてタクシーを呼ぶことも考えてはいたのだが、どうやらこれは儚くなったらしい。腹を据えて伊勢山上まで歩く。結局、飯福田寺に到着したのが11:10。

 伊勢山上は有料の行場である。山内に入るには500円が必要となり、これを飯福田寺の受付で払わないといけない。まずはその手続きに入る。お寺の一画を利用した受付には人の気配がなさそうだったので、受付を済ませるまでに意外と手間取るかしらと思ったが、境内に入るや建物の奥の方から住職と思しき人が出てきたのでまずは一安心。ところが、このご住職?が私の汗だくの風体を見とがめた。もしかして、神聖な行場に汗で穢れた世俗の者が足を踏み入れてはいけないということになってしまうのだろうか。万事休すかと思われたものの、どちらかと言えばそんなに消耗した状態で行場に足を踏み入れて大丈夫かと言うところに懸念があったらしい。聞けば、いまだかつて辻原バス停から歩いてきた者はいないとのこと。彼も行場を歩くことは珍しくないが、遠い国道から延々山道を歩き続けてくるなど想像もできない、とも。どうやら門前払いとなることはなさそうだけれど、額から違う汗が噴き出してきそうな心持になる。

 気を取り直して、行場に入るにあたってのご住職の説明が始まる。危険な個所も多いので基本的に自己責任で入山することから始まり、行場全体の構成、山中に存在するいくつかの難所、その越え方や迂回路の存在などについて説明があった。手ごわい岩場が連続するようだが、本当にどうにもならなさそうなのは、岩屋本堂のあるあたり一か所だけとなりそうだ。とにかく、やってみようではないかと言う気になる。

画像 まずは普通の山道と言った風情のところを、石の仏様に見守られながらジグザグに登っていく。するとほどなく、最初の難関・油こぼしに到着。わりとのっぺりした岩場に鎖がかけられている。高さは10mほどか。一応迂回路があることにはなっており、見ると脇の方に若干凹凸のはっきりした道らしきものもつけられているが、結局こちらも鎖付きの道だ。正面突破でも大差なさそうなので、迂回路は使わない。鎖は補助に使うにとどめ、岩のくぼみを手掛かり足掛かりに進む…と行きたいところだけれど、この岩場はなかなか厄介だ。岩登りに長けた人なら鎖なしでも登れそうだけれど、そうでもない者にとってはこの凹凸が頼りない。一応、足がかりは岩に求めながらも、ある程度体重を鎖に預けながら登っていく。いざ登り始めてみると、決してひょいひょいと登り切れる高さではない。足の運びを決めるために視線が下を向くが、知らず知らずのうちに岩の下部はかなり遠ざかっている。なんだか心穏やかではいられない光景だ。鎖につかまって岩場を登るだけなら大して難しい話ではないが、恐怖心に飲まれそうになるのが厄介だ。

画像 油こぼしを行き過ぎると間もなく岩屋本堂に行きつく。まだまだ気の抜けない岩場で、本来ならまともに歩くのも危なっかしい極狭路に鉄製の手すりがつけられているが、さほど本格的なしつらえとはなっていないので、どこか頼りなさは感じる。慎重に歩を進めてお堂の前へ。とりあえずお参りをする。その右手奥に鐘掛と名付けられた岩場がある。ボルダリングジムでいうところのホールドみたいな突起が特徴的な岩場だ。差し当たり登らなければならない高さは3〜4mと言ったところと見立てる。

画像 しかしその先、岩屋の名そのままにお堂の上部を覆う形になっている巨岩の上までよじ登らなければならないのだけれど、住職の説明によればここには寸足らず気味の鎖がつけられているだけで、ここにとりつくのはかなり難易度が高いのだという。数人パーティーで来ている場合には補助ロープも使われるというそんな場なのだそうだ。到底私の手に負えるものとも思えないので、それなりにおっかない迂回路を選択。

 この後、抱付岩と言う岩も姿を現すが、迂回路を通ってもそれなりに険しさを感じるのは、ここ岩屋本堂までと言って良いだろう。と言うか、抱付岩の傍らにある看板は迂回路ならぬ回路表記となっている。この後幾度か目にする回路の表記は、順路ほどの意味なのだと思われる。つまり抱付岩はその名の通り抱きつくようにしてよじ登り越えていくことが推奨されるものではないのかもしれない。その後、ちょっとの間だけ歩きにくい岩の道が続いた後、道は平たんな尾根道となった。その割に、この間の三ツ瀬明神と同様、体力の消耗がはなはだしい。これはやはり夏の気温のせいなのか。11:44に小天上を、12:03に大天井を通過。北アルプスに大天井だけと言うのがあるが、同語源のなのだろうか。こんな調子でプレ槍である蝶ヶ岳に通用するのか。何となく減が悪いが、上高地スタートの1000m登山なら、暑さの心配はそれほどのものではないのかもしれない。

画像 尾根道を40分ほど歩いて後半の岩場に突入。鞍掛岩に始まり、こういう行場ではよく聞く蟻ノ戸渡り、どういう形状なのかよくわからない智恵の輪、住職も推薦する展望スポット飛石と続く。受付で説明を受けた時、このあたりの岩場は登るに易いが下り方が分かりにくいので、迂回路を使って下り側に回り込んで概念をつかんだ後、もう一度引き返して登るのが良いと勧められた。おっしゃることはもっともである。往々にして登りよりは下りのほうが難しく、危険を伴う。が、絵図とともに行場の説明を受けた時は割と小さめの岩の連続かと思われたこのエリア、実際には割と大きな岩盤が一体をなしており、迂回路を使って下り側まで進むとそれなりに時間がかかる。鞍掛岩の下部をまいて反対側まで進んでみたは良いものの、悪癖が出て反対側に戻るのが億劫になる。まあ夏の暑さによる消耗のせいもあったのだろう。気候が良ければここまで2時間あまり歩いたとしてもまだ元気はあっただろうし、たぶん引き返すという選択肢はあった。今日はむしろ、次の岩場への挑戦に向け爪を研ぐ。

画像 そして飛石に至る。鎖も梯子も何もなくても登れる程度の、傾斜した岩場なのだけれど、両サイドが断崖になっている割に足がかりが乏しい丸まっちい岩なので、なんとなく頼りなさはある。たぶん、アルプスの岩場は、こことはまるで雰囲気が違うのだろうなと言うのは分かってきた。あちらの岩場は、たぶんメリハリがついている。割とはっきりそれとわかる足がかりがある代わりに、足を踏み外せばストンと何百mかを滑落する感じになっているのだろう。修験系の行場は、客観的にはそこまで危険度の高い岩場ではないのだが、ひとたび臆病風に吹かれたら足が前に出なくなりそうなところばかりだ。克己。飛石はまさにそんな感じである。登山靴のグリップが利いていれば良し、何かの拍子に足を滑らせたらそのまま真っ逆さま…と言う感じである。なんていう思索にふけっていたら、住職推薦の展望を堪能するでもなく、なんとなく岩場を下ることになってしまった。ちなみに飛石からは鎖で下に下るのが正規ルートのようなのだが、一見歩きやすそうな方に辿って行ったらいつの間にか迂回路に合流していた。

画像 最後に岩屋本堂を遠望した後、苔むした長い石段を下る。なんだか滑りやすそうなのに加え、一段一段の幅がごつい登山靴をはいた足の長さに足りず、どうかすると踏み外してしまいそうだ。違う意味で怖い道だが、何とかアクシデントもなく下りきった。後、受付で無事下山したことを伝える。どうも、私より後に行場に入った者はなさそうだ。出迎えてくれたのは、住職の奥さんかと思われる女性だった。帰りのバスの心配をしてくれた後、まだ時間があるので裏行場に行ってみてはどうかと言われた。裏行場…そういうのもあるのか。ひとしきり境内に憩った後、勧められた裏行場に行ってみた。

画像 こちらは無料で入れる場所のようだったが、それだけにか、表の行場ほど押し出しが強くはなさそうだ。しょっぱなこそやっぱり油こぼしの名をつけられた鎖場から始まるけれど、その先の道のりはなんだか普通の山道みたいだし、それがどのような経路をたどってどこまで続いているのかつかみどころがない。細君は20分ほどで行けるといっていたが、適当なところで折り返した。油こぼしを下る動きは、これはこれでいい経験になったのだと思う。

 時計を見る。13:29。お寺や数軒の民家のある飯福田集落だけれど、携帯電話は使えない。総合的に考えて、うきさとむら前バス停まで引き返した方が都合がよさそうだ。とぼとぼ引き返す。登り坂道だけれど、そんなに急坂はない。ただ、人の生活の気配がわりに濃密なためか、自販機の類を探してしまう自分がいる。バス停まで付くと14時を少し過ぎていた。幸い、この近くには自販機がある。雨風と直射日光を避けられるバスの待合所がある。そして携帯の電波が通じる。それだけと言えばそれだけなのだが、これだけあればどうにか1時間余り先のバスを待つことができる。

画像 それにしても、時々地元の車が通り過ぎるだけの道らしい。そして時々、土地の人が目の前の往来を通り過ぎていく。ついこの間のケンミンSHOWでやっていたが、田舎ではよそ者の車は一目見ればわかるのだという。まして見慣れない男がバスを待っている風なら、すぐそれとわかるのだろう。中には松阪行のバスを待っているのか、何なら乗っていくかと声をかけてくれるおじさんもあった。東海自然歩道の時に缶コーヒーをくれると言った甲賀のおじさんもそうだけれど、農山村地帯の人は、たとえ相手が見ず知らずの人間だったとしても、心理的ガードが低いのかもしれない。それに相対する私の方は必ずしもそうではなく、申し出を断ってしまいがちなのが心苦しいような気もする。今回、所定のコースを自分の足で歩き切るのが目的ではないのだから車に乗せてもらうという選択肢もないではなかったのだが、一瞬躊躇して遠慮してしまった。松阪駅まではバスでも40〜50分ほどはかかる、そんな山中の一集落だった。

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