ディープ・ダンジョン〜夕庵〜

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zoom RSS 栄の竪琴

<<   作成日時 : 2008/08/14 21:26   >>

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 1年以上前、丸の内・伏見・国際センターエリアに出没する謎の男「伏見太郎」のことを書いた。素性はわからないのだが、ホームレスとも何ともつかない、身なりの小汚いおっさんのことである。最近のホームレスは垢じみたなりであってもさほどぼろは着ていないので、単に身なりに頓着がないだけのオヤジと区別がつきにくくなっているのだが、最近栄で見かけた男は違った。もはや元が服であったとも想像しにくいボロ布をまとったその姿は、インドあたりの苦行僧を髣髴とさせ、また、昔見た「ビルマの竪琴」のイメージとオーバーラップする。名前がないと不便なので、仮に彼のことを「水島」と呼ぶことにする。言うまでもなく水島上等兵のことである。

 前述のとおり現代日本では、たとえホームレスとして生きていく道を選んだとしても、それなりの服を着、それなりのものを食べることができる。住む所は少々不自由を強いられるが、衣食住に事欠くということは滅多にあるものではない。しかし、水島氏の風体はそういう次元ははるかに超越してしまっている。もはや元が何色だったのかもわからないほどに汚れた上着は、どうやら本来は冬服であった名残があるのだけれど、大きく破れて袈裟懸けのようになり、かろうじて体にまとわりついているばかりである。ズボンも大同小異で、もちろん靴などは履いておらず裸足である。私はしばしばホームレスの集会や炊き出しを見ることがあるし、早朝の笹島あたりに屯する日雇い労働者の姿も知っているが、これほどの者を見たことがない。

 そんな男が、昼の日中の栄えの真ん中、サンシャイン栄前の大津通りに立ちつくしていた。朝な夕なに栄のその場所を通るのだけれど、水島が立っているのは決まって昼時である。水島はいつもバス停の前に立っている。栄のバス停なので乗降客は多い。時には、バスを降りた先に突っ立っている異様な風体の男にギョッとした表情を見せる女性客などもいるが、すぐに彼のことは見なかったことにしてその場を立ち去ってしまう。昼休みに三越あたりをうろうろしていると良く見かける光景だ。ちなみに、私は水島のほうをかなり凝視ているのだけれど、一度も彼と目が会ったことがない。水島は、ずっとサンシャインのほうを向いたまま、呆けたように立ち尽くしている。目の前にバスが止まろうが、そこから客が降りてこようがそれを意に介している風ではない。

 言ってしまえば、明らかにただ事ではない。空き缶の回収やビッグイシューの販売で食い扶持を稼ごうとしている他のホームレス諸氏とも、生きようとする意志において雲泥の差があるようにさえ思える。何と言うか、まったくの虚心だとしか思えない。そう書くと何やら危ない人のように思われてしまうかもしれないが、他人に害を与えようとする意思の力すらも感じられない。水島の心の中はまったくのがらんどうなのではないかとさえ思う時がある。

 彼がそこで何をしているのかは一向にわからないのだが、誰かが何とかしなければならないのだろうかと思うこともある。

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