山登ってみよう【縦走東海自然歩道・棚山~鳳来寺山】

画像 愛知県内を対象にしたハイキングガイドの本には、新城市の北部に位置する山として、棚山を紹介する物も多い。隣接の山としては、宇連山鳳来寺山があり、いずれも愛知県ではメジャーどころの山である。これら二座とは、両方と東海自然歩道によって結ばれる棚山だが、その東海自然歩道のルートガイドで見られる「棚山」の表記は、専ら棚山高原というものだ。高原の名そのままに、この周辺には山と言って一般に想起されるような顕著なピークはなく、ほとんど平坦な高地が広がっている。棚山とされるものは、標高点の存在する周辺最高地点のことで、その標高は760m。なお、東海自然歩道はこの760m地点を通らない。

 この夏山シーズン中、白山立山西穂高と、高山ばかりを相手にしてきた。そろそろ秋を迎えようかという時期になって、里山相手に文字通りの里心がわいてきたため、三河の低山である棚山を目指すことにした。1000mに満たないこの山のこの時期は、錦秋と言うにはまだあまりにも早い。ようやく盛夏の過酷さがなりを潜めてきたと言う程度の物だが、「とりあえず歩く」と言う部分が主眼となる私の山行でにとっては、蒸し暑くないだけでも御の字である。前述したとおり、東海自然歩道の途上に位置する山であるため、今回は新城市海老から東海自然歩道に入って、鳳来寺山に抜けるコースを歩いてみる。

画像 飯田線に揺られ、8時過ぎの本長篠駅に着。そこからわずかばかりの待ち時間を経て、田口行きのとよてつバスに乗り、20分ほどで海老の集落にたどり着いた。かつての街道筋に位置し、昭和40年代に役目を終えた田口鉄道の駅もあった町で、周辺の商店にはそのくらいの時期から続いていると思われるところも目に付くが、現在は国道257号沿いの静かな田舎町となっており、街並みは決して今風でない。バスを下車後、国道沿いに少し歩くと、東海自然歩道への道順を示す看板が立っているので、これに従い、国道を外れる。一応、この海老の町を今回のスタート地点とする。8:50の登山開始である。

画像 車で豊川市街から設楽町方面を目指す時でさえ目に付く国道沿いの看板だが、歩いてみると東海自然歩道までの道のりが遠い。海老集落を外れ、もはや山村集落となる川売(かおれ)を抜け、林道棚山線を1時間近くも歩く。ほぼ完全に舗装された、自動車向け規格のだらだらとした登りが続き、ようやく登山口にたどり着く頃には、眼下はるかに川売の集落を望み、「愛知の130山」に紹介されるマイナー山・高畑がすぐ近くに見える。こうして見ると、わりとさまになる山容だが、私が登ることはおそらくあるまい。そしてこれから目指すことになるであろう稜線はすぐ近くにまで迫っている状態だった。時に10:15。1時間半も舗装道路を歩き続けた計算になる。登山口には、東海自然歩道への案内が出ているが、本線に直接接続しているわけではないため、少し荒れた印象の山道が続く。

画像 林道歩きで必要な高度の大半を稼いでいるため、ほとんど平地の棚山高原に出るまで、大した時間はかからない。つまり、山道を登る時間は非常に短い。10分あまりで、これぞ東海自然歩道という、広い、整備された道に合流する。その道幅は車も通れそうなほどで、よくよく見ればわだちのようにも見える部分もあるが、実際車が乗り入れているのだろうか。東海自然歩道への合流点付近には廃墟化したバンガロー村の跡があり、往時にはこの辺りまで車が入っていたのかもしれない。林道終点からバンガロー村跡までは、キャンプ目的で色々荷物を担いで歩くには億劫な距離感があり、どこからか車で至近まで入り込めていたとしても不思議ではない。あるいは、車で近づけなかったとして、その不便さが時流に合わず、バンガロー村は廃業を余儀なくされたものとも解釈できる。ただ、建物群は基本的に旧情を留めており、しかもかなりの数がある。まだ周囲の自然と調和するまでには至っていない。実際のところ、そのような状態になる前に、廃屋の群れは撤去されることになるのだろうか。

画像 ちなみに、棚山高原キャンプ場が閉鎖されたのは昭和50年前後のことだったようである。もはや40年近く朽ちるに任されているということは、この先もこのままか。ただ、現地で現物を見る限り、そんなに長い間打ち放置されているようには見えなかったのも事実だ。建物のうちの一棟に付けられていた「告 本年は都合により棚山高原キャンプ場は休止しますので利用できません 鳳来町観光協会」という看板があるところを見ると、最初から廃止を意図していたのではなく、一時休業のまま凍結されてしまったと言うのが実情なのかもしれない。

画像 それにしても、愛知県内にこんなところがあったのかと思わせるような、まさに高原である。長野県だとか山梨県だとかの山岳県の高原には到底及ばないものの、自然豊かで空が近く、しかも開放的な空気がある。そんな道を歩いて、少しの寄り道となる瀬戸岩へ。棚山の山頂とされる760mピークは、ほとんど展望がないため、そういったものを求めるのであれば瀬戸岩が好適、休憩もこちらの方が良いと、ガイド本にも書かれている。眼下には、海老集落の南側に位置する玖老勢(くろぜ)の街並みが見える。晴れた日には三河湾も見えると言う触れ込みだが、大気の状態はともかくとして、山々に囲まれた箱庭のような玖老勢集落を見ていると、本当に見えるのだろうかという気がしないでもない。

画像 本線に復帰し、少し鳳来寺山側へ移動。左方向に分岐する道が目に入ってくる。東海自然歩道は直進方向で、左手へのこの道は踏み跡程度のものなのでともすれば見落としそうだが、これが棚山尾根で、760mのピークもこのルート上にある。東海自然歩道からは外れる道なので、その入口箇所にはその旨を記した簡素な看板もあるが、鳳来寺山方向から来た場合の宇連山へのショートカットコースである。こちらを行く場合は棚山高原をパスすることになるが、結局は宇連山山頂付近で東海自然歩道本線と合流することとなる。高原の南東端に相当する尾根道であるものの、立ち木に遮られ展望はない。多少のアップダウンがある中で、顕著なピークとしては2番目に控える高みが、棚山最高点だ。11時到着。やっぱり展望はなく、これと言って目印になるものもなく、地味な山頂だ。あまりの凡庸さに、そもそもここが本当の山頂なのかどうかすら怪しい。今回に限って二万五千図を持参しておらず、東海自然歩道のコースガイドや、登山ガイドの概念図から、どうやらここが最高点らしいと比定した。別になんと言うこともない道端みたいなものなので、ほとんど足を止めず、踵を返して鳳来寺山を目指す。

画像 鳳来寺山の山頂は700mにわずかに届かない。つまり現在地より少し下がるので下り基調となる、と言いたいところだが、棚山との間には玖老勢峠があり、ここに向かって一旦大きく高度を下げることになる。その標高差はおよそ300m程度になると思われるが、鳳来寺山の頂が思いのほか近くに見える間の鞍部だから、わりと急な下りである。また、巨岩の卓越する鳳来寺山への道らしく、道中には岩場も目立つ。下り始めてから30分ほどで、最低鞍部に到着した。東海自然歩道でよく見る木製のベンチとテーブルが設置されただけの場所だが、モータリゼーション時代の到来以前には、山麓集落の人たちは、この峠を歩いて越えていたのだろうか。当然のことながら現在、この場所に自動車道は通っていないが、以前なら伊那街道(国道257号)と別所街道(国道151号)をショートカットする道として、それなりに需要があったとしてもおかしくはない。少し北方の海老峠などは、まさにそのように利用されたと聞く。

 少しの休憩の後、鳳来寺山頂への登りに取り掛かる。ここで初めて人と出会った。棚山方面に向かう人とすれ違う。どちらに進むにしても、このあたりは急な登りである。途中には、犬戻りなどと言ういかにもそれらしい難所もある。「犬も尻尾を巻いて引き返す急坂」ほどの意味だろう。

画像 全区間を通し、ごつごつとした硬い坂道で、基本的に展望はない。三河のこのエリアの山は、約1500万年前の火山活動の名残を残している。気温が上がってきたこともあり、なかなか厳しい登りだ。時折足を止め、跡にしてきた棚山方向を眺めてみるが、どうも樹林に遮られてその姿ははっきりしない。高度が上がるにつれ、宇連山方向への見通しは利くようになっていくが、棚山のスカイラインが鮮明に見えるようになったのは、ほとんど山頂近くになってからだった。道中、「名勝天然記念物指定地境界」と書かれた石杭を通り過ぎており、完全に鳳来寺の領域に入っていたことになる。一般的に言う山域としてのみならず、景勝地として、寺域としての鳳来寺山の核心部なのだから、ほとんど山頂のような場所だ。12:37、鳳来寺山頂に到着。玖老勢峠から300mほど登り返すのに、1時間ほどを要したことになる。早くはないが、遅くもない。そんなペースである。

画像 鳳来寺山には以前に南側から登ったことがあり、ここから先はどのようなコースを行ったとしても歩いたことのある道と言うことになる。景色に変化があるのは自然探勝路と言う位置付けになる、鷹打ち場などを経由する道だが、初志貫徹で、東海自然歩道本線ルートを歩く。道中には鳳来寺奥の院などがあり、前回の山行ではその印象を「破れ寺」と記しているが、今回に至っては建物が完全に崩壊していた。朽ちて倒れたと言うよりは、大きな力により壊された感じで、破壊の状態にはまだ生々しさがある。修理どころか、破損した部材の片付けも進んでいない。先日の台風で壊れたのだろうか。

 山頂からさらに40分ほどをかけて、鳳来寺パークウェイの終点に位置する駐車場に到着。ここから先どのようにするか、方策としては三つが考えられる。
1,さらに東海自然歩道に付き合って三河槙原の駅まで向かう。
2,パークウェイから路線バスで湯谷温泉駅まで下る。
3,少し戻って表参道を下り、朝に使ったのと同じ路線のバスで本長篠駅まで戻る。

 東海自然歩道を歩き抜くことにこだわるのであれば1であろう。2なら、温泉で汗を流せるメリットがある。3なら、前回パスした鳳来寺の表玄関を歩く機会が得られる。どれもそれなりに意義はある。帰り時間は、結局のところ大差なさそうだ。この中で、まず当初の計画に無かった1を切った。後は2か3かの選択だが、2はバスの本数が少なそうだとわかり、3の方針で行くことになった。表参道が通じている鳳来寺本堂まで、パークウェイ駐車場から意外と距離がある。パークウェイまで来ているということは、すなはち一度ここを通り過ぎているということなので、無駄足を踏んでいる気がしないでもないが、10分ほどかけて戻る。

画像 この表参道は、千四百段以上もあるという石段で知られる道だ。長い石段と言うと香川のこんぴらさんが思い出されるが、鳳来寺山のそれは、こんぴらさんに比べて傾斜がきつく、一つ一つの石が不整形で歩きにくい事もあって、なかなか厄介な道である。今回は下りだけなので体力を削られることはないのだが、そこそこ長時間歩いてきていることもあって、しばしば足をとられそうになる。なかなか趣のある道で、脇にはお寺の建物もあったりするのだが、基本的に自由に立ち入りできるようなものではなく、淡々と下り続ける。台風の影響はここにもあったのか、途中の石段が小規模ながら崩れている箇所があり、補修の真っ最中だったりもした。なお、こんなところでもクマの目撃例があるのだという。

画像 普通の参拝者や登山者が最初にくぐることになるであろう、赤い立派な山門を通り抜け、鳳来寺の門前へ。仲見世などがあるでもなく、ところどころに渋めの史跡が点在し、歴史と風格を感じさせる家並みが続いている。比較的近年になり、お寺とさほど関係もなさそうなオブジェが次々と沿道に建てられているようで、そういうところはいかにも通俗的である。道中にはコノハズクの泣き声を録音したものが聞ける鳳来寺山自然科学博物館もある。これはこれでかなり古い施設だと思うが、科学という寺院と直接結びつかないようにさえ思える施設でありながら、不思議と鳳来寺山とは調和しているような気がする。

画像 バス通りまでは意外とあり、20分ほどの距離だった。たどり着いたのが14:20。もともと本数の少ない路線なので、1時間近い待ち時間が発生してしまった。バス停付近には駐車場があり、これが田口鉄道鳳来寺駅の跡なのだという。また、その向かい辺りには、長篠の戦いとのゆかりが深い奥平仙千代の墓があった。どちらも過去の歴史を物語るものとは言え、両者の間には四百年近い時の隔たりがある。しかし山間のこの場所には、それらを一つに融和させる何かがあるようだ。西に傾く秋の日を眺めながらバスを待っていると、そんなことが思われた。

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    Excerpt:  東海自然歩道シリーズがそれなりの数になって来たので、各区間へのリンク記事を作成。私の東海自然歩道旅は、夏山も18きっぷ旅もお休みの期間の遊びと言うニュアンスが強く、必ずしも順繰りに一方向へ流れるもの.. Weblog: ディープ・ダンジョン~夕庵~ racked: 2016-01-24 17:36