華氏32(前編)

 この冬最強とささやかれる大寒波が列島に忍び寄る中、京の冬の旅・前半戦決行のタイミングがやって来た。まったくうまくしたもので、この毎年のイベントは青春18きっぷシーズンの終了とともにやって来るよう設定されているらしい。従って今回は、ごく普通に電車賃を出しての京都行となった。通常考えられる京都行ルートだと、ただでさえ積雪量が多く雪に弱いとされる関ヶ原を通過しなければならないので、危険回避の意味で近鉄利用の奈良県周りを考えないでもなかったが、朝のんびり出発しようとした結果、何のひねりもなく東海道線で京都に向かうことになった。場合によっては名古屋脱出も虚しくなるのではないかと危ぶまれたが、案の定の関ヶ原前後で積雪が見られた以外は大きなトラブルもなく、京都にたどり着くことができた。

 今回の的にするのは、妙心寺、壬生寺、島原角屋、建仁寺、西福寺、高台寺の6ヶ所8施設である。妙心寺は、大庫裏・経堂と塔頭二つが別々に公開されている。一日目に洛西寄りの妙心寺~島原を辿り、二日目に洛東南部の建仁寺~高台寺を回る計画である。なお、洛東のうち知恩院より北側のエリアでも金戒光明寺や聖護院に興味をひかれたのだけれど、この時点ではまだ特別公開が始まっていないとのことだったので、次の機会に持ち越しである。

 ごく単純に妙心寺を目指すのであれば、京都駅で山陰線に乗り換え花園駅で下車するのが最も素直だと思われる。が、それだと面白くないように感じられたので、京都駅で電車を降り、そこからはバスで妙心寺北門バス停まで移動した。過去、この系統のバスに乗ったことはないのかもしれない。最終的には妙心寺や御室仁和寺と言った観光エリアにたどり着く路線ではあるけれど、経路としては四条通沿いに阪急西院駅あたりまで進み、そこから一気に北上する感じのコースを走るらしい。コース沿いには、並みのガイドブックに紹介されるような有名寺社も名店も文化施設もなく、普通の地方都市としての町並みが広がっているだけで、あまり観光地京都らしくはない。それが逆に新鮮と言えなくもない。

 京都の街には、積雪こそなかったが、小雪が舞っている。京都の冬は底冷えがすると言うが、まさにそんな感じの、凍てつくような気候だった。

画像 京都市内には建仁寺とか相国寺とか、広大な境内地を持つ寺院が珍しくないが、妙心寺もその例に漏れない。と言うか、ここに関しては広い上に塔頭が多過ぎて、どこに何があるのかよく分からない。入り組んだ路地の寺町のような様相を呈している。それでも、京の冬の旅ともなれば目的の施設までの案内くらいは出ているだろうとたかをくくって歩き出した。

 まずは大庫裏へ。日和も日和だからなのだろう、思ったよりは拝観客が少ない。おかげで?ガイドの人にマンツーマンで案内してもらうことになった。妙心寺に来るのは初めてかと聞かれたので、初めてではないと答えた所、ちょっとハードルを上げられてしまった感じがあった。以前に来たことがあるとは言っても、基本的に見たことがあるのは雲竜図と明智風呂なので、今回の大庫裏に関する予備知識はほとんどない。ただ、幸いなことに知ってる前提で話されたのは妙心寺が臨済宗のお寺であること、花園天皇に所縁であること、関山慧玄が開山であること程度で済んだので、事なきを得た。

 庫裏とは、台所のことである。今回の妙心寺大庫裏は、その名の通り規模が大きい。本来の用に使われなくなって久しく、かつては煤けていた内壁を塗りなおしたりして、中は大分きれいになっている。生活臭はほとんどない。ただ、建物の一画に残る巨大な飯炊きの釜が、ここが何のための建物だったのかを物語る。一つの釜で何人分の飯を炊けると思うか聞かれ、何十人単位だろうかと答えた所、実際には一つに付き100人分以上の飯を炊けるのだそうだ。そんな釜が四つか五つほどもある。これをフル稼働させるほどのお坊さんがいたのだろうか。先に触れたとおり、ものすごくたくさんの塔頭があるので、それらも含めれば何百人の人はいそうだが、この施設がそれらすべてをカバーしていたのかどうか、今になって疑問に思う。何ならその時に聞いておけばよかったのだけれど、その時はそこまで考えが至らなかった。

 次いで、塔頭の一つである大雄院に向かった。尾張藩家老・石河家の菩提を弔う寺なのだという。時代はだいぶ下るが、明治時代初期の画家が描いたという、中国の武将に材を取った襖絵などが公開されている。庭は、もともと最高級とされていた杉苔が剥げたため、新たに苔を移植しなおしているという話だが、全体として緑色が映える美しい庭となっている。

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 最後に足を運んだのが、大雄院近くの養徳院だ。酒と茶のどちらが良いかのを議論を掛け軸にしたという酒茶論、白黒二羽の鷹を描いた掛け軸、枯山水にしては珍しく、多くの花が咲くという庭園がある。公開内容が大雄院と似通っているのでインパクトは弱く感じられたが、本当に書画や庭園が好きな人は、二つを比べることで新たな感動があるのかもしれない。

 公開施設を回るとスタンプを押してもらえる。スタンプ3個1セットでお茶一服サービスまたは記念品がもらえるという企画だが、妙心寺内を回っただけで、スタンプラリーの1枚目が完成してしまった。ただ、すぐに行けるような場所に一服サービスを受けられるような場所はなさそうだ。いや、もしかするとあるのかもしれないが、店舗名を見ただけだと、どこにあるどんな店なのかが分からない。いよいよ冷えてきたので温かいコーヒーなど飲めると良かったのだけれど、とりあえず次を目指す。島原・壬生方面へ徒歩で移動。せいぜい3~4㎞程度の移動でしかない。

画像 ただ、これが良くなかった。受付時間を見誤っていたのもあるが、次に来るべきはずの角屋、壬生寺とも受け付けは16時で終了。せめて、壬生寺から角屋の順で回っておけば、壬生寺だけは見られたはずなので傷は浅かったのかもしれないが、実際にはその逆に回ったため、タッチの差で角屋に間に合わず、取って返した壬生寺もアウトと言う惨憺たる結果に終わった。まあ、このエリアは次回までの宿題にしよう。それに、角屋自体には行ったことがあるので、壬生寺だけを取る方針に切り替えることも考えられる。何なら鉄道博物館と抱合せても良い。

画像 一日の最後、魔法も解けそうな凍てつく寒さの中、ギオンコーナーへ。前々からそういう施設があるというのは知っていたのだけれど、舞妓さんの舞などを間近で見られるところだということだ。たいそう格式高いのかと思っていたら、個人の客は特に予約もなく色々な伝統芸能を鑑賞できるらしい。といった事情もあって、17時半の開場を前に、建物の入口に集まった入場待ちの客は、大半が外国人である。西洋人主体で、中には東洋系の顔も見られるが、どうも中国人か韓国人のような雰囲気である。だからかどうか、日本人の入場料は3150円に設定されているが、外国人は幾分か安く観覧が可能となっているようだ。もともとこの施設、昭和の東京オリンピックの頃に、日本へやって来る外国人向けに日本の伝統芸能を見せることを目的に設立されたのだそうだ。

 そして、近々また東京でオリンピックをやるからとかで、現在は改装工事に入っているのだそうだ。その関係で、いま公演の会場として使われているのは、ギオンコーナー本来の建物ではなく、隣接する八坂会館の建物なのだそうである。そのため、内部構造が劇場風にはなっておらず、ちょっとした舞台のある広間に緋毛氈を敷き詰め、そこにパイプいすが並べただけという、急造の演劇場というか地方の公民館のような状態になっていた。

画像 難点は、客席がフラットなのに対して舞台の位置がさほど高くないため、後ろの席からだと演者が見にくいこと。私の入場は早くもなく遅くもなくというタイミングだったけれど、それでも各種演目を見るには不利な条件となってしまった。ちなみに、この日の演目は茶道、雅楽、狂言、京舞。通常なら文楽も見られるところを、今回に関してはこれに代えて舞妓さんとの写真撮影が行われるとのことだった。ちょっと写真撮影会には参加しづらいし、文楽も見たかったので少し残念だったが、後の出し物になるほど、外国人観客の反応が芳しくなって行ったのが印象的だった。意外なのが狂言で、入り口で配布される各国語のパンフレットにあらすじは書いてあっただけれど、日本語で演じられる劇を見て笑い声が上がっていたのが印象的である。そして、雅楽・狂言はともかく、観光舞妓でない本物の舞妓さんはもっと間近で見たかった気もする。

 ギオンコーナーは花見小路沿いにある。建物を出て四条通まで歩けば左手に間もなくルーマプラザがあるという立地だ。泊まりは相も変わらずルーマなのだけれど、食事をとるのも何とかの一つ覚えみたく三条の王将なので、食事のための往復に30分程度費やした後、カプセルホテルの方にチェックインした。道の上にはまだ積雪は見られなかったが、屋上露天風呂は雪に覆われて真っ白になっており、雪見風呂状態。明日の天候が大荒れとならなければ良いが。

つづく

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