華氏32(後編)

 偶然か必然か、嫌な予感は的中し、翌朝目を覚まして食堂で飯を食べようとしたところ、窓の外が吹雪いているのが見えた。今日の行程は波乱含みとなることが予想された。

画像 今日見て回る予定なのは、建仁寺久昌院、西福寺、高台寺。ルーマプラザを起点にした半径1㎞ほどの範囲に収まる寺ばかりだけれど、建物の中から見た荒れ模様の印象とは対照的に、道端に積もっているのはグズグズの腐れ雪である。靴の中まで水が染み渡ることこそなかったが、靴の生地が濡れて変色しているのを見るにつけ、やがて中にまで冷たい水がしみ込んでくるのではないかと、あまり良い気はしない。

画像 三か寺のうち、建仁寺と西福寺は10時から受付が開始されるのに対し、高台寺は9時には中に入れるようになるようだ。偵察方々、建仁寺、西福寺を抜け、雪をかぶった八坂の塔を見ながら高台寺へ。高台寺には、何度か来ている。格式の高い寺と言うより、観光寺院として有名だ。見様によっては通俗的と言うことになるのかもしれないが、親しみやすさのあるお寺ではある。もっとも、雪との相性は今ひとつといった所か、白一色に塗りこめられた庭はどうも単調に見えるし、それに東山の斜面に建っているため、ところによっては積雪のため足元がおぼつかない。なお、京の冬の旅に同調しては臥龍廊と北政所の廟所である霊屋が公開されていたが、ここも初見ではない。

画像 天気が良ければ、清水三年坂美術館も覗いてみたいところではあったけれど、気がかりは帰りの時間である。あまり遅くなると、電車が運休と言うこともあるかもしれない。美術館はまたの機会にして、建仁寺と彩福寺を速攻で取りに行くことにした。

画像 建仁寺久昌院は、奥平信昌の菩提寺である。ここでもガイドの人が着いてくれたが、妙心寺の時とは対照的に奥平氏の知名度が低いものとして説明してくれる。もちろん、そんなに遠くない同郷の者として、彼がどういう人物なのかはちゃんと知っている。長篠の戦いで武勲があった人なので、お寺に残る襖絵の題材には、ズバリその戦の様子が描かれている。この合戦の様子を伝えるものとしては、徳川美術館が所蔵する長篠合戦図屏風が有名だが、それとはもちろん別物で、余白の取り方や人物などの描き方は、デフォルメの利いた屏風絵に比べると写実的な印象である。この他、「高松軒」という書院が公開されていた。こちらの襖には徳川の三つ葉葵の紋と共に奥平家の家紋が描かれており、その家格の高さが偲ばれる。長篠の戦功あってのことだが、信昌は、徳川家康の娘婿にあたる。

画像 最後に西福寺だ。それほど大きなお寺ではなく、六道の辻と呼ばれた地にある。一般には隣接する六波羅蜜寺の方が有名だと思われるが、鳥辺野の入口と言う場所柄もあってか、檀林皇后九相図や地獄絵図といった、ある種独特の雰囲気を漂わせる寺宝が公開されている。地獄絵図は、やっぱりこのすぐ近くにある六道珍皇寺で見たことがあるので、その時と記憶が混濁しかかり、もしかしたらここには以前来たことがあったのではないかと錯覚しかかったが、九相図はどこにでもあるものではなく、かつ簡単に見られるものでもないので、はじめての訪問だと考えて間違いない。九相図とは人が死んでから土に還るまでの様子を九段階に分けて描いたもので、どんな貴人も佳人も死ねば儚いものとなるというのを表すものだと言われる。檀林皇后も美女だったと言われるが、他には小野小町なんかも題材に選ばれて、死に臨み、死体が腐り、野獣や鳥のえさになり、白骨化して行く過程が描かれている。名前そのままの地獄絵図と合わせて、いやでも幽冥の世界を思わざるを得ないような画題である。

 ここまででひとまず今回の目的は達した。やり残しはいくつか出てしまったけれど、巡り合わせが悪かったのかもしれない。特に痛いのは天候に恵まれなかったことで、早々に引き上げないと、今日のうちに名古屋に戻れなくなるかもしれない。そんな心配はあったので、おとなしく京都を後にすることにした。一応、京都駅にある京なびでスタンプラリーの引換券を記念品に交換しておく。もらえたのは、小サイズのクリアファイルだった。

 リスクを負うことになるかもしれないという思いがある一方、それでも高速バスでの帰還に未練を残していたが、大方の予想通り昼行便の大半は運休状態。仕方がないので在来線で帰ることにしたものの、こちらはこちらでダイヤが大混乱している。十数分から1時間以上の遅れが出ているようだ。もっとも、特にどの列車に乗りたいという予定もなかったため、20分遅れだろうが1時間遅れだろうが、とにかく米原方面に向かう列車に乗れれば良い。幸い、60分遅れの新快速が間もなくやって来るようだ。そんな風に暢気に構えていたら、その新快速は、京都駅直前の西大路駅を少し過ぎたあたりで、信号異常により足止めを食ってしまったらしく、いつ到着するかわからないような状態に陥ってしまった。弱り目に祟り目…と言うよりは、雪によるダイヤの混乱が信号の挙動に影響したのかもしれないし、積雪で電気系統に異常をきたしたのかもしれない。結局、新快速に先行した5分遅れの普通で米原に向かうことになった。それが13時半近くになってからのこと。ダイヤの定時性は崩壊し、もはや何が何だかわからない。

つづく

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  • 華氏32(前編)

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