山登ってみよう【京都一周トレイル・東山コース・完結編・後編】

画像 10:03、ねじりマンボを通過。らせん状に積まれたレンガが、他にはないマンボ感を出していて、異界への入口のようでもある。前回のセクションウォークでは、ここから第2回目が始まったのだ。ここまでの歩行時間はまだ2時間半に少し足りない程度なのであまり疲れたと言う感じはないが、新品の足でないのもまた確かだ。今日のメインは比叡山ではあるけれど、大文字山も登って下って2時間前後の山なので、今日ここまで歩いてきた山に比べれば格段に長丁場に違いない。ブラタモリでも紹介されていた気がする線路跡を右に見ながら日向大神宮の看板が出ている方へ。

 京都近郊ではメジャーな登山対象の一つであるためか、神社直下当たりの広場には大勢のハイカーがたむろしていた。十中八九、大文字山を目指す人たちなのだろう。銀閣寺の裏山というニュアンスが強い大文字山は、その通りに銀閣寺側から登るとかなり短行程の、遠足登山でも通用するレベルの山のはずだが、蹴上側から進もうとするといくらか回り道になる上、アップダウンも加わって来るので、足回りのあまり強くない大人が登るのにも手ごろな山となるのだろう。私は、こんなところでもたもたしていられない。一気に決着を着けるぜ。勇んで歩き始めたが、本日最も急な登りがあるのが、実は日向大神宮をやり過ごして東山の主稜線上に出るあたりの坂なのだった。そう言えばこんな急坂もあったなあと思いだしながら、それでも歩調は緩めず、先を目指す。

 入山者の多い山だ。どんどん、追い越していく。別に彼らと競っているわけではないのだけれど、今日は天気があまり良くなく、曇り時々雨、しかも遅い時間帯になるほど降水確率が上がると言う予報になっている。できれば雨が本降りになる前に、この山行をし遂げたい。大文字山は、山頂近くの尾根筋で展望を得られる。たぶん、京都市民のハイキング対象として親しまれる一因はここにあるのだろう。が、蹴上からスタートして大文字山を目指す場合、道中ほとんど展望に恵まれない。しかも、京都一周トレイルはその大文字山山頂を踏まずに、大文字山四つ辻辺りから一気に霊鑑寺へ下る。11時ちょうどに、大文字四辻に到着。

画像 前回は、この部分だけコース本線を外れて歩いた。大文字山頂のその先には、送り火の際に使用される火床があり、これを見物してみたかったのだ。これらの事情を鑑みても、ハイキングコースとしては山頂を通って火床の中を下って行った方が面白いと思うのだけれど、そうなっていないのは、この付近、送り火当日には立ち入り禁止となるためか。対照的に本線コースには、史跡と言うのも侘しい俊寛僧都忠誠の碑があるだけだ。鹿ケ谷の謀議のイメージがあるため、忠誠の二字が何となく腑に落ちないけれど、結果的に平氏が悪者となって討伐されたので、敵の敵は味方式の論理か。まあ、後白河法皇と言う皇族に忠義を果たそうとした結果が打倒平氏の謀議だったのは紛れもなく事実である。なお、碑のすぐ近くには楼門の滝がある。今日のコースで滝を見られるのはここだけだ。見方を変えれば、滝ができるほど峻嶮な地形なのが鹿ケ谷と言うことになる。

画像 一気に高度を下げ、11:28、霊鑑寺前を通過。さらに5分で哲学の道に至る。何度来ても、なんてことのない川沿いの道だと言う印象しか抱かないのは、私に哲学者としての素養がないと言うことか。意外なことに、銀閣にひっかけたのであろう外国人観光客が、哲学の道界隈を流している。実は大文字山で休憩に適当な場所が見つけられなかったので、川沿いにあった石のベンチに腰掛け、軽く昼食をとる。この先、銀閣寺が近くなると夥しい数の観光客がいるだろうし、さらにその先の比叡山への取りつきは、どちらかと言えば陰気でじめじめとした谷あいの道だった記憶がある。あんまり昼飯向きではなさそうだ。

 時期も時期だったのだろうが、前回の東山シリーズは毎度毎度天候に恵まれなかったと記憶している。仕切り直しとなるはずの今回も、天気はパッとしない。ただ、意外と言えば意外なことに、これまでのところ雨には祟られていないし、天気ももうしばらくは持ちそうだ。ことによると、雨に降られるより先にゴールできるのではないか。そんな見通しも立ち始める中、11:50に浄土寺橋を渡る。ちなみに、先ほど哲学の道の下を流れていた川が白川だ。流れ下って、やがて祇園のあたりで鴨川に注ぐ小さな川である。比叡山と縁のある川で、行者が知恩院あたりの一本橋でこの川を渡って比叡山に入る習わしがあったのだそうだ。また、祇園新橋の近傍にある辰巳大明神の近くでは、良く結婚を控えたカップルが写真を撮っているのを見かける。いつ行っても割といる。

 なぜか思い出深いサントハイム北白川の前を通り、バプテスト病院敷地の片隅から比叡山に入る。時刻は12:01。比叡山に入るという表現が適当かどうかは難しいが、南方に大きく裾を広げるこの山の取りつく。すでに一度登ったことのある山だ。コースは違えど、東海自然歩道歩行の時にも滋賀側から登ったことがある。手の届かない相手ではない。それが自信となる一方、低山の中では決してお手軽に登れる部類の山ではないということも知っている。その事実は重い。進捗自体は順調すぎるほど順調だが、さすがに疲れてもきた。公式マップで確認すると、浄土寺橋から標高600m、距離にして約7㎞の登りをこなさなければならない。いっぱしの軽登山である。 今日のコースを検討する際、比叡山スタート稲荷山ゴールにすることも考えた。この場合、比叡山へはケーブルカーで登ることになる。全体行程は格段に楽になる道理だが、それでは完全決着とはならない。その時の気持ちを思い出しながら歩く。

画像 道は、思い出の中にある通り、谷間の沢沿いの、足元がじくじくとぬかるむ陰湿な雰囲気である。それを抜け、尾根筋に出ても今ひとつ単調なのは否めない。実際歩く距離以上に道は遠いかもしれない。木々の合間から比叡山の山頂が見える。本当の意味での山頂である大比叡と言うより、ガーデンミュージアム比叡がある四明岳付近のようにも見えるが、すぐそこまで来ていると言う感じではない。しかし、あと2時間ほどで決着するはずのところに位置する山が、そんなに遠くであってたまるか。歩いてみれば意外に近いのかもしれない。だんだん疲労が蓄積して行くが、黙々と歩く。幸い、この区間に激登りの坂はない。どちらかと言えばダラダラ坂が続く感じである。

 13:05、石鳥居を通過。そして13:17、水飲対陣碑を通過。あまり特徴のない道中だったためか、前回歩いた時はこんな様子だっただろうかと、首をかしげたくなる。水飲み対陣碑からゴールまで、距離にすれば2㎞あまり。ただ、なお300mを登らなければならない。この間の東海自然歩道歩行よりは余裕があるが、ペースがガクンと落ちた。千種忠顕碑付近で道が分岐する。新コースである行者道ではなく、旧コースを取り、ゴールまで最後の力を振り絞る。大した理由はない。ただ、そこそこ広くて路面も良い行者道を猛スピードで駆け下ってくる自転車を見て、今の披露した状態で歩いていたら、よけきれずにはねられていたかもしれないなどと考える。と言うか、あのスピードで対面するハイカーを見落としていた場合、気づいてからでは止れないような気がする。

画像 やがて、ケーブルカーの軌道が見え、そこを登って来るのであろうケーブルカーの駆動音も聞こえてきた。14:02、まるでケーブルカーとシンクロするかのように、ゴールとなるケーブル比叡駅に到着。雨は、降っていない。前回はガスガスの中この地を踏んでいるため、麓の展望も何もではなあったものではないゴールとなったが、今日は曇天下ながら京都盆地の様子を見渡すことができた。厳しい戦いとなったが、最終ブロックである比叡山登山は、前回歩行のタイムより10分遅れてゴールする形となった。そこまででそれなりに疲労していたことも加味すれば、まあ御の字と言える成績なのだろう。

画像 しばし待ち、ケーブルカーで下山。登るときは2時間かかった山も、機械の力にたどれば10分とかからずに下ることができる。文明の利器の力と言うのは偉大だなあと、つくづく感じる。もっとも、ケーブルカーが走る斜面の斜度はかなりのものだ。機械に頼らずとも、生身で転がり落ちれば同じくらいの時間で山を下りられそうな気がする。八瀬まで下ると、地面はしっとり濡れ、小雨がそぼ降っていた。

 予定より2時間近く早い決着となってしまったので、夜までの時間の潰し方には難儀した。かなり疲れたのであまり観光しようと言う気にもならないが、荷物と言い格好と言い、あまりお茶をするのにも向いていない。それでもあちこちをふらふらと漂泊し、とにかく京都泊りの方針は変えなかった。宿はもちろん?ルーマプラザ。発見があった。疲労していると、サウナを使う際の耐久時間まで短くなる。疲労回復に効果ありと言うサウナだけれど、とんでもない矛盾である。おかげで、ロウリュウを楽しむ事すらままならなかった。

 ルーマの屋上には露天風呂がある。夜に使っても暗い夜空が見えるだけだが、朝方ならば、東山の峰々が見える。決戦を終えた翌朝、薬風呂につかりながら、昨日辿った稜線を眺める。ルーマは、祇園の一画、大体将軍塚の西方向に位置する。逆にそちら方向を眺めてみても、丘みたいな低い山並みが見えるだけだけれど、祇園のビルの上からでも比叡山の存在感が際立っている。この先も、私は幾度となく京都を訪れるに違いない。そしてその度、かつて自分はあの東山の峰々を歩き切ったのだと振り返ることになるのだろう。

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    Excerpt:  このご時世に不思議な気はするのだが、京都一周トレイルの歴程は、ネット上で見つからない。wikipediaに関しては、京都一周トレイルのページすら見つからない。ただ、何となく東山コースが核となって成立.. Weblog: ディープ・ダンジョン~夕庵~ racked: 2017-03-30 21:16