旅に病んで(前編)

 先の週末は、ついに東海自然歩道を高槻から箕面に向かって歩くつもりでいたのだが、ままならないもので体調を崩してしまった。先日の恵那コースが祟ったのか、風邪気味である。喉が痛い。もちろん病気の兆候を感じた時点ですでに計画はあったので、病院に行って薬をもらったのだが、治りきらなかった。というか、抗生物質をもらって服用していたのだが、その副作用でお腹が緩くなってしまった。これではよくない。とても30㎞近い道のりを歩くことなどできなかった。けれど、宿もまた押さえていたので、とにかく西を目指す方針だけは変えなかった。

 もともと、箕面の森にゴールできれば阪急電車で彼の地を跡にすることとなるため、その余勢をかって嵐山花灯路を見物しに行くつもりでいたのだが、この部分だけは生かすことにする。それ以外、即興的に用意したプランは、宇治の源氏物語ミュージアムに行くこと、石清水八幡宮に行くこと、水間観音に行くことだった。

 源氏物語ミュージアムと、前回の東海自然歩道歩きはつながっている。御嵩宿のあたりには和泉式部の墓があり、どうせ出どころの定かではない伝説なのだろうとネットの情報を漁っていたら、「素行はよくないがいい歌を詠む」とした紫式部の和泉式部評に行き当たった。かくいう紫式部の文学的素養はいかばかりのものかと思って、今度はそちらの線を洗っていたら、今さらながら、今日においてさえその評価が高く、しかも源氏物語が激賞されていることを再確認することになった。興味の方向は、徳川美術館に所蔵されている源氏物語絵巻にも向かったが、まあそれは今度見に行くこととして、まずは宇治に行ってみようではないか。

 石清水八幡宮も、源氏物語と高校古典レベルの話でつながっている。例の、吉田兼好の徒然草、仁和寺にある法師の段に出てくるので、ずっとその存在は気になっていたのだが、肝心の所在地が京都市内ではなく、その名も八幡市なのが問題だった。京都観光の延長で行くにはちょっと距離があるが、宇治からならそんなに離れていないので、一度見ておこうと思った。

 とまあ、ここまでは何となくうまくとりつくろえた感はあるけれど、水間観音とは何事か。大阪辺りでは有名なお寺なのかもしれないが、名古屋で暮らしていて普通ではまず興味を持つことなどない。ここに、悪魔のソシャゲが絡んでくる。水間鉄道線というやつの、水間観音駅という駅がイベント対象駅なのだそうだ。どうも、マイナー私鉄ながら水間鉄道が鉄道むすめのキャラクターを擁しているらしく、そのコラボイベントだということである。というか、なぜか京阪のケーブルカーの男山山上駅なんてのも京都府内の駅の頭数に入っているし、京阪宇治線をコンプリートしてないしで、とにかく一切合切とってやろうと思ったのだった。

 まずは宇治を目指す。多分、ゲーム最優先で考えるのであれば関西本線で奈良から北上し、宇治で用事を済ませた後で京阪線に乗るのが取りこぼしの回収のために一番効率的なのだけれど、名古屋駅の自動券売機は、京都行乗車券を特別に販売してはくれても、宇治行きの切符は窓口までいかないと購入できない。これが鬱陶しいのと、そもそも亀山―加太間が復旧したのかどうかが定かではないので、おとなしく京都周りで行くことにした。それにたぶん、この方がそもそも所要時間が短い。ちょっとだけ気になるのが、この券売機で買った京都行切符、宇治駅で不足分の清算が必要になるのは間違いないのだが、それが簡単に済むものなのかということだ。経験から言ってこの切符、京都駅より一つ手前の山科駅の自動改札を通ることができない。有人窓口を通せば問題なく外に出られるのだけれどJR東海と西の境をまたいでいる関係で、何らかややこしい制約がありそうな気がしないでもない。尾籠な話だが、どのみち京都駅でトイレ休憩を取らざるを得なかったので、いったん京都駅の改札を出て宇治までの切符を買いなおした。

画像 宇治駅には、過去二度ほどは降り立ったことがある。一度は平等院鳳凰堂を目指して、一度は槙島城を目指して。宇治の観光資源というと、基本的には平等院と源氏物語が両輪となるのだが、源氏物語のうち、宇治が舞台になっているのはいわゆる宇治十帖と呼ばれる巻だけで、巻数でいえば全体の三分の一に満たない程度だったように記憶している。主人公は、光源氏の息子に当たる薫の君で、源氏物語の中でも異色のシリーズという気がしないでもない。

画像 まずはミュージアムを目指す。宇治の観光地は駅からほど近い比較的狭い範囲に固まっているのだが、源氏物語ミュージアムがあるのはそのあたりからは少し離れた住宅地の一角みたいなところである。施設は新しく、見るからに新興の観光地という感じはする。内部で行われている展示は、平安王朝の暮らしに関するものに始まり、源氏物語のあらすじを追うものが多いが、中盤までの重要人物である光源氏や紫の上といった人たちの顛末については型通り触れているだけといった印象が強く、やはり展示の中心は宇治十帖に寄っているようである。ずばり考古資料が陳列されているというよりは、あくまで平安貴族はどのように暮らし、源氏物語とはいかなる物語なのかを説明するためのレプリカ展示が主ではあるけれど、映像展示に心打たれるものあったのも事実だ。源氏物語というと、光源氏の放縦な性遍歴の話という印象はあったが、くだんの映像資料は、出演していた女人が美人だったことも相まって、いかにも悲恋悲恋していた。



 宇治市は、京都府内でもかなり南寄りの自治体である。ここからだと大阪府内に入るまではさほどの時間もかからない。のだが、八幡市の位置がよくわからないので、京阪宇治駅を出発してから八幡市駅に着くまで、中書画像島での乗り換えもはさみつつ、思いのほか短かった印象である。八幡市駅自体は特にどうということもない小さな駅だったが、改札を出てみると独特の雰囲気がある。派手な観光地という感じではないが、石清水八幡宮のおひざ元という頭があるためか、小さな茶店風のお店の存在も相まって、質朴な門前町のように見えなくもない。もっとも、八幡市駅があるのは石清水八幡宮の裏参道側に当たるようで、仁和寺にある法師もこちら側からアプローチしていれば、悔やんでも悔やみきれない誤りを犯すこともなかったものと思われる。ケーブルカーの駅は京阪本線の駅の並びにある。入口に自動改札があるが、切符を入れると改札口が開く代わりに、切符そのものは回収されてしまうという独特の仕組みとなっている。ちなみに山上から下ってきた時は、山麓駅の改札の手前で切符を購入し、やっぱり自動改札に挿入するとそのまま機械に飲まれる仕組みとなっている。

画像 徒然草でほのめかされている通り、石清水八幡宮は山上にある。由緒ある神社のある山としてのみならず、自然散策の対象としても近隣ではそれなりに知られた山のようだが、比高自体は大したものではない。ケーブルカーにしては緩やかな斜面を5分ほども登っていくと山上駅に着き、そこからさらに歩いて10分とかからない。平安の昔から近隣に鳴り響いていたものと思われる社殿は、現在でもかなりの豪奢さを誇っている。それだけに往古の建物がそのまま残っているという古刹にありがちなパターンではないような気はするが、それでも最近国宝に指定されたという建物はいくつかあるらしく、七五三の時期にかかっていることもあって、参拝客は決して少なくない。ちなみに、そんな境内で七五三の家族写真を撮ってほしいと頼まれた。なんだか風も強い。ここまでお膳立てされたら、大事故待ったなしという予感しかないのだが、それでも知らない人に七五三の写真を頼もうなどとは剛毅な家族よと思っていたら、例のCMは東海地方ローカルのようである。



 ここから水間観音までが少し遠い。京阪本線を大阪まで行くのは間違いないのだが、その後は北浜という聞きなれない駅で地下鉄に乗り換え、さらに南海線に乗り換え。貝塚駅からようやく水間鉄道線が始まる。東京の路線は複雑怪奇だが、駅名から自分が大体どのあたりにいるのかの見当はつく。それに対し、大阪の路線網は比較的素直なのだけれど、地名になじみがないので、かえって今自分がどこにいるのかがわかりにくい。水間鉄道線は、全線で10駅に満たない程度の路線で、典型的なローカル鉄道の風情がある。二両編成の車両は、やたらに揺れる。かくてたどり着いた水間観音駅は、結構山深いところのような印象こそ受けるが、大阪府域全体でみれば、むしろ海に近いとすら言える、和歌山県寄りの南部地域に位置する。

画像 水間観音というのは通称名みたいなもので、正式名称は龍谷山水間寺と言うらしい。もともとの目的を果たすのなら、水間観音駅に到着した時点でミッションはクリアしたということになるのだが、普通ならばまず足を運ぶことなどなかっただろうこの場所に、奇しき縁でやって来たのだから水間寺にも行ってみようかという気分になった。駅から寺までは、割と素直な一本道をまっすぐ歩いて10分とかからない。歩道もないような道なのが頼りないが、距離の近さには拍子抜けしたほどだ。

画像 たどり着いた水間観音は、どういういわれがあるのかは知らないが、恋人の聖地だか何だかのという触れ込みになっているらしい。室戸岬の時に、私に似合いなのは変人の魔窟だと言ったのに、またしてもこんなところに来てしまった。ただ、お寺自体は、「ゆく年くる年」に出てきても遜色のないような、味のある古刹である。もう半月余りもすれば、実際に初もうでの参拝客でにぎわうようなところなのだろう。とりあえず、お参りだけは済ませておいて、引き上げる。目指すは嵐山。



 全く意外なことだったのだが、最前利用した大阪市営地下鉄には、京都河原町行きの列車が走っていた。もちろん、カラーリングは阪急電車のそれで、相互乗り入れということなのだろうが、大阪方面からだと梅田を経由しないことには京都に行けないと思っていただけに盲点である。とにかく、天下茶屋駅で地下鉄堺筋線に乗り換える。残念ながら河原町行きは時間帯を外すと本数が減るらしく、まずは高槻市を目指すことにするが、どうやら直接阪急京都線に入れるのは間違いなさそうだ。聞いたこともないような駅を経由しながら、桂駅まで進み、そこから嵐山駅へ。

 阪急嵐山駅にやってくるのは、もう何度目となるだろうか。京都市内北西部の一大観光地である嵐山だが、桂川右岸に位置するこの駅は、観光地嵐山の核心部からは少しく外れており、その核心部に移動するには渡月橋で桂川を渡らなければならない。すっかり日も落ちた川べりを歩く。気温がかなり下がっている。一座の山であるところの嵐山はライトアップされており、花灯路に対する期待感も多少は高まっていくのだけれど、ただ、それよりも温かいお風呂への飢餓感のようなものがそれに勝りつつある。正直なところ、せっかく来ておいて何だが、適当に花灯路を流した後は、さっさとルーマプラザにしけこみたい気分である。花灯路の催しが行われているのは竹林の道近辺が中心のようだが、人出の多さも相まって、なんだか期待したほどにはパッとしない。同じ花灯路なら、東山の花灯路の方が親しみやすいというのが偽らざる感想だ。

 いよいよ河原町だの三条だのの方角を目指すことになるが、そこまでの足は阪急や京都バスなどが考えられる中、嵐電に乗り込む。しかも目指すのは大宮でも太秦天神川でもなく、北野白梅町駅。日中、石清水八幡宮を見たので、御室仁和寺駅を通ろうと思った。それだけの話なのだが、北野白梅町に行くと、その先の移動にひと手間かけなければならない。状況次第では歩いていたかもしれない道のりだが、地下鉄の今出川駅までバスに乗り、地下鉄で烏丸御池駅まで移動した後、三条通を流して食事を摂った。思えばここ数回の京都行は、その度に台風に祟られ、通りを流すなどといった余裕もなかったので、その分を取り返したかった。念願、というほどのものでもないが、一応望みがかなったので後はお決まりのコースをたどり、熱い湯に浸かることができた。

つづく

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