山登って外伝【京都一周トレイル・完結編】

 近年、京都を訪れる観光客は、年間で5000万人を超えるのだという。しかし、かの京都一周トレイルが、その実京都を一周していないことを知る人たちは多くはあるまい。由々しき事態である。京都一周トレイルは、その名に反して東山、北山、西山と言う盆地の三方を経巡りこそすれ、南側に蓋をする形になっていない。コース自体が存在しないのである。私も長らくその点を気持ち悪く思っていたのだが、もしかするとこれはアレなのだろうか。漫画なんかで自分の力不足を痛感した主人公とかが、師匠筋のキャラクターにもっと力が欲しいと言った時に、「案ずるな、お前はもう十分に強い」みたいな感じで諭される、アレ。つまり、京都一周協会は正規のコースこそ設定しなかったけれど、艱難辛苦の末に三方を踏破した京都一周ウォーカーなら、銘々で最後の区間を繋ぐコースを生み出すことができるに違いないと考えているという、そんな風なアレだ。要するに、京北コース以外は歩き通した私が、お仕着せのコースがないからと言って南を歩かないというのは、怠惰でしかない。

 そんなこんなの背景に、餃子の王将が配布する餃子倶楽部カードをもらいに三条木屋町まで行こうとする思惑が加わったことで、京都一周トレイルが本当の大団円を迎える機会を得た。今回の目的をごく端的に言うと、阪急上桂駅と京阪伏見稲荷駅の間を歩くということになる。距離を測ってみると、意外にも10㎞ちょっとしかないことになる。

画像 上桂駅は、京都・大阪方面から嵐山に向かう途中に位置する駅だ。ただ、乗換駅となっている桂駅とは違い、単なる通過点でしかないため、例のゲームに残る記録を見てみても、アクセス回数はわずかに5回しかない。この種の用途も、あのゲームに期待する働きの一つなのだが、思えば西山コースを歩き終えた時点では、まだこのゲーム自体をインストールしていなかった。サービスすら開始されていなかったのではないかと思ったが、一応配信開始から半年余りと言う時期に、私の京都一周トレイルへの挑戦は一区切りを迎えていたようである。そのゲームが今や4周年記念イベントなんかをやっているのだから、一応のゴールを迎えてから再びこの駅にやってくるまで、3年以上の歳月が流れたことになる。

 上桂駅にたどり着いたのは12:15のこと。駅周辺の様子は、何となく記憶の中にあったのとほぼ変わりがない。同じ京都市内とは言いながら、古い言葉で言う洛内地域とはずいぶん雰囲気が違う、古くからの田舎町と言った街並みが広がっている。駅のすぐ北側には道幅の狭い府道が通っているが、痩せても枯れても府道なので車の通行量は多い。歩道はない。今日はまず、この府道を東に向かうところから始める。少し行くと国道9号に出合うため、とりあえずそこまでは車に注意しながら歩かなければならない。何となく警戒感のあった府道区間は、実際歩いてみるとあまりにあっけなく終わった。まあ、長く見積もっても1㎞歩かない程度なので、そんなものなのかもしれない。加えて今日は街歩きで、足取りが鈍る要因もない。

画像 国道9号と言うと味もそっけもないが、古式ゆかしい名で呼びならわすなら、山陰道と言うことになる。国道1号から分岐する形で始まり、文字通り山陰地方を貫いて山口県下関市に至るこの道が、古くからの山陰道をどれほど忠実になぞっているのかはよくわからないが、どう歩いても自然美には恵まれなさそうな今日のコースに色どりを添えるためには、歴史の道と言うパワーワードが必要だった。でも、実際に歩いてみると、やっぱり普通の国道である。この道を車で下って下関を目指そうというのなら長大な旅路の幕開けと言う高揚感もあったかもしれないが、今日はこの先数㎞にある起点まで歩くだけなので、ドラマ性もいまいちだ。そして間もなく、桂川を渡った。左手、気持ち後方にうっすらと白くなった山が存在感を誇っている。愛宕山だ。京都市郊外の登山対象としてはまずトップランナーと言って良いほどの山である。そう言えばあの山に登ったこともあったのだなあと、少し昔のことを思い出した。

 桂川を渡って少しのところに、西京極総合運動公園がある。大きな公園なので、この辺りで腹ごしらえでもしようかと、京都駅前バスチケットセンターにある進々堂でパンを買ってきたのだが、実際たどり着いてみるとまさに運動公園と言う感じである。スタジアムがあって、駐車場があって、人もいっぱい集まってきているが、ベンチに腰掛けパンをぱくつくという感じの場所ではなかった。失敗したと思ったが、植え込みの中に埋もれるようにしてピロシキとメロンパンを食べた。誤算と言えば、ここまでの進展は拍子抜けするほど早かった。このままだと中途半端な時間にゴールすることになりそうなのが気がかりだ。

 と言って、無為にのんびりしている気にもならない。再び歩き出した。面白いもので、桂川の右岸は幹線道路沿いも少し引っ込んだところも普通の地方都市の顔をしているばかりだったのが、公園のわずかに東を流れる小さな川・天神川を渡った辺りから、京都らしさが顔をのぞかせてきた。別に街並みが古いというわけではない。学校などを中心に今風のビルが続いてはいるが、いかにも京都らしい美意識や矜持を感じさせる、瀟洒な雰囲気が印象的だ。さらに言えば、京都市の中心に向かって歩く形になるので、街並みは少しずつでも確実に都会的になっていく。

画像 京都市内でもこのエリアは、観光施設の類が絶無と言って良い。京都駅から郊外の観光地に行く経路上にも当たらない。本当に京都市民の生活の場以外の何物でもない。私もまともに脚を踏み入れたことのない街区が2㎞ほど続いたが、JR山陰本線の高架が見えてきたあたりで、今日最初のそれらしい立ち寄りスポットに差し掛かった。国道9号のすぐ南側、丹波口駅の東西に京都市中央卸売市場があり、さらにそれに隣り合うようにして京都青果センターと言うビルがある。そしてそのワンフロアに京の食文化ミュージアム・あじわい館という資料館が営まれている。無料施設らしく、前から気になってはいたのだけれど、主要観光地からも外れているので、なかなか足を運ぶ機会がなかった。強いて言えば島原に近いのだけれど、島原もそうしょっちゅう用事があるものでもない。どうせこっち方面に来るのならと、立ち寄ってみた。

 一般的な集客施設ではないので、何となく中に入りにくい雰囲気はあったが、思い切って入館してみると、なかなか面白い展示施設ではあった。一年を通じての京都の行事食や、京野菜に代表される京都の食材、内陸部であったことことから醸成された食文化など、無料施設ながら、ビルのワンフロアを使って広く浅く、様々な情報を提供してくれる。もちろん、卸売市場とは関連のある施設なのだろうから、食品を中心に結構な面積を割いて土産物が売られていたりもする。ちょっと残念だったのが、事前に調べた情報で出汁の飲み比べができるというのがあったのでこれに期待していたのだが、飲み比べセットも有料販売の一部だったことだ。産地による昆布だしの違いと言うのを、、私の舌が区別できるかと言うところには興味があったのだが。

画像 20分ほどあじわい館を見学した後、再出発。暖かい屋内の気温に慣れてしまったので、外気の冷たさが肌を刺すようだが、今日のコースはまだ折り返しと言ったところ。まだ折り返し?もう折り返し?国道9号の起点となっている堀川五条の大きな交差点を歩道橋で渡り、国道1号の範囲に入ってくると、沿道の風景も見覚えのあるものに変わってくる。さらに地下鉄五条駅の上を通り過ぎて数百メートルで、牛若丸と弁慶の昔話で知られる五条大橋が見えてきた。五条大橋は鴨川に架かる橋で、今日のゴールとなる伏見稲荷駅は鴨川の左岸側に位置しているため、いつかはこの川を渡る必要が出てくるのだが、まだここでは渡らない。左岸側は小細い道が多いという事情もあったが、まだ右岸の方が見物していくに値するものがあるように思われた。

画像 五条大橋西詰から南の路地裏に入ると、ほどなく五条楽園だ。五条楽園跡、と言うべきなのだろうか。平たく言えば赤線跡だが、わりかし大っぴらに風俗営業を続けている我らが中村遊郭と違い、半ば地下に潜伏する形で旧態依然の赤線営業を続けていた。と言うか、10年ほど前まではその入口に「五條楽園」という看板が掲げられていたというから公然の秘密だったようだが、2010年に関係者が売春防止法違反で逮捕されて以降は、その種の営業は行われなくなったと伝えられている。もちろん、こうした出来事はわずかに10年前の話に過ぎないので、遊郭式の家屋もまだ少なからず残されている。そうした建物の中には旅館に商売替えしたものも少なくない。遊郭の建物は現代の日本家屋と比べてもやや暗い造りになっているという話もあるようだが、近年のリノベーション技術の進歩もあってか、そうした旅館は外国人観光客を中心に好評を博しているらしく、近隣にはキャリーバックを引きずる欧米人観光客の姿も多い。日本人が泊まるにはやや辺鄙なエリアと言うのはわかるのだが、他エリアでうんざりするほど見かける中国人・韓国人をほとんど見かけないのは面白い。ちなみにこの辺り、そういう道の事務所があったり、花札屋さんの古い社屋があったり、様々な要素のごった煮状態がなかなかカオスである。

画像 ここからは一気に南進。鴨川に沿って平清盛終焉の地とか石川五右衛門を茹でた釜が流れ着いた釜ヶ淵とか、どこまで真実でどこから伝説なのかよくわからない史跡?の類が点在はしているが、川やら入り組んだ路地やらに阻まれて効率的にすべてを見て回ることができなかったので、清盛の終焉推定地の方をたどることにした。まあ、京都市内ではよく見るような、石碑が立っているだけのものだった。むしろ、市営住宅の敷地内に立っているので、この種の石碑としては新しすぎるほどに新しいのだけれど、いったいどのようにしてここを清盛の没した土地と比定したのかは気になるところではある。

画像 地下鉄十条駅のわずかに東、河原町十条の交差点まではまっすぐ南下し、ここでついに鴨川を渡った。河原町も四条のあたりは良く歩くのだが、十条まで河原町の筋が続いている扱いになっているとはなんだか不思議な気もする。ともあれ、左手にこの旅でも越えた比叡山、右手に阪神高速を見ながらわずかに行くと、師団街道と呼ばれる道に行き当たる。

画像 師団と言う言葉自体が近代軍隊の用語なので、大昔から続く道と言うわけではないのだが、同時に現代日本では日常的に使われるような言葉でもないあたりにこの道の出自が垣間見える。京都の街中と帝国陸軍第十六師団の司令部を結ぶために指定された旧国道であるとのことだ。そのため、道幅はそんなに広くなく、一応歩道はあるが、大路と言う感じでもない。沿道に立ち並ぶのは昭和の頃からの民家が多い。この道は伏見稲荷駅のわずかに西側を南北に貫いているが、どうしても伏見稲荷の門前駅と言う性格の強いのが同駅である。伏見稲荷の反対側に当たる師団街道からだと、至近距離に近づくまでゴール間近であることに気づかなかった。線路を越え、京都一周トレイル東山コース最初の指導標の前に立ったのは15:15のこと。あっけない幕切れであったが、とにかく終わった。

 何かに導かれるように伏見稲荷の方に歩く。外国人人気ナンバーワンの神社と言われる伏見稲荷は、今日も盛況だった。たぶん、年が明けての初もうでシーズンともなれば、もっとすごいことになるだろう。それを思えば、今日の人出はまだおとなしい方なのかもしれない。道中、伏見稲荷まで来たら、名物ともなっている雀の焼き鳥とか団子の類とか、あれこれ食べようと考えていたのだけれど、どうも半端な時間である。今から量を食べると夕食に障りそうだ。結局、暖を取る目的で缶コーヒーを買っただけで済ませた。

画像 空は、底冷えのする京都盆地の冬の夕暮れを体感させる、冷たく青い色をしている。今日はまた一段と寒いのだけれど、それでも時間が時間なので行く当てもない。境内の片隅に腰掛け、今日の道のりとそこに至るまでの京都一周トレイルを歩いた日々を思い返す。京都市一周はこれにて一巻の終わりである。ただ、京都一周トレイルブランドを冠するハイキングコースは、まだ京北の山奥に存在している。決して歩きやすいとは言えないが、ここまで来たらそちらも制覇しなければならないか。そんなことは思う。

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