城崎にて

画像 青春18きっぷの残り2回の使い道を考えていた時、例のゲームが城崎イベントを開催するという情報が舞い込んできた。ゲーム内報酬がもらえるのに加え、城崎温泉駅近くの観光案内所か何かに行くと、特性タオルがもらえるのだそうだ。ちなみに、タオルにあしらわれているイラストはなぜか鉄道むすめらしいので、どうも一貫性のないイベントのように思えなくもないが、別にタオルはさほどほしいわけでもないのでそこはどうでも良かった。ただ、イベントの舞台が城崎というだけで充分である。何度も伊豆に足を運ばせたり、いまいちなじみの薄い足柄エリアに誘導したりするのではなく、こういう王道観光地でイベントをやってくれれば良いのだ。京都とか、良いよね(ただし、地下鉄を除く)。

 しかし、一つ悩ましい問題がある。山陰本線に属する駅のうち福知山くらいまでは鈍行を乗り継いでも比較的容易にたどり着くことができるが、城崎温泉までは結構乗り継ぎに難があることを、私は経験的に知っている。いろいろ考えた結果、京都までは新幹線を使い、京都からは普通列車に乗り換える方針を採用した。まったく、18きっぷ旅にあるまじき堕落ではあるけれど、せっかく城崎まで行くのだから、観光して、地の物を食って、温泉に浸かるくらいはしたい。そんなことを考えていた。

画像 というわけで、城崎温泉駅に到着したのが11時半過ぎ。新幹線と特急を乗り継げばもっと全然早くつくことができるのだが、18きっぷ利用を織り込むとこんな時間の到着となる。考えようによっては昼飯時よりちょっと早くに駅に着けるのでちょうど良いということもできた。ただ、運の悪いことにこの日は、朝から腹の調子が良くなかった。城崎温泉駅近くの通りには、海鮮や但馬牛、出石そばを食べさせる店など、それなりにバラエティに富んだ店が立ち並んでいる。狙いは海鮮だったのだが、そのあまりの観光地お値段ぶりにも慄き、結局は昼を抜くことにした。普通の喫茶店もあったので、単に高いのを敬遠するだけならやりようはあったのだが、お腹が緩いのだけは良くなかった。

画像 しかしまあ、花より団子というのなら逆もまた真なりということがあるのかもしれない。ちょうどこの時は、桜が満開の盛り。どうもテレビのニュースなどを聞いている限りだと、その前1週間あたりから桜の花は日本各地で咲き誇っており、むしろこの週末まで花を散らさずに持ちこたえたのは幸運とも言えるような状況らしかったのだが、桜がそんなことになっているとも知らずにいたことを知り愕然とする。4月第1週は、珍しく仕事ばかりしていた、灰色の一週間だったということになる。そのことからは極力目をそらしながら、何となく満ち足りた気分で、情緒ある城崎の町を流していたのだが、不意に差し込むような腹の痛みに襲われた。非常に危機的な状況と戦いながらトイレを探していたら、外湯の一つ御所の湯の外部に公衆トイレがあったので事なきを得た。

画像 これは何かの導きなのかもしれない。もともと、狙いの外湯はまんだら湯だったのだけれど、現地に行ってみたら午後三時開湯という妙な営業時間となっていたので、これにフラれた直後のことだった。ならばここは御所の湯に入るべきところだろう。なんだか、無性にお腹を温めたくなってきた矢先でもあった。城崎の外湯の中では高い方の料金設定グループに属する800円を支払い、入湯。実は外湯巡り券を買えば1200円で入り放題なので、2カ所以上狙うならそちらの方がコストパフォーマンスが良いのだが、それほどの時間はなさそうだったので一点豪華に徹することにした。鎌倉時代に後堀河天皇の姉に当たる安嘉門院が入湯したことがあったので御所の湯というらしいのだが、御所の名に恥じず、建物も浴場も立派な施設だった。やや熱めの湯に浸かり、蕩ける。これでお腹の具合も上向くというものだ。

 その後は、城崎文芸館に足を延ばした。ここは、以前にこの温泉地にやって来た時に行きそびれた因縁のある場所で、志賀直哉が「城の崎にて」という作品を残したゆかりで開設されたものだということだ。志賀は、山手線にはねられたのだけれど、城崎の湯に浸かったら奇跡的に本復したというから、城崎の湯は電車傷に効くのかもしれないし、そういう意味でも殺伐とした駅モチーフのゲームのイベントが開かれる地として、城崎は好適だったのかもしれない。ちなみに、この間の太宰治同様、私は「城の崎にて」を読んだことがない。生きた時代は大分違うのだけれど、太宰治の「人間失格」、島崎藤村の「夜明け前」、そして「城の崎にて」といったあたりは一度くらいは読んでみるべきなのかなと思わないでもない。なお、文芸館の展示内容自体は、濃密に志賀直哉感を漂わせるものではなく、どちらかというとライトに、志賀直哉作品の背景や、同時代の作家、文学作品を俯瞰するような趣向の物だった。当地に逗留している時に、気軽な気持ちで足を運ぶくらいでちょうど良いのかもしれない。

 その後、鳥取に抜け、智頭急行を経由して上郡まで南下した後、岡山へ移動。城崎行きが確定する以前、姫新線をはじめ岡山の難物を片付けるつもりでいたことの名残だった。同日から翌日にかけて、おかでん、宇野線、加古川線、福知山線を片付けたが、桃太郎線や因美線といった厄介物が積み残される結果になったので、まだまだ岡山制覇への道のりは遠そうである。

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