令和最初の九州旅・その2

 九州横断バスは、別府と熊本の間を行き来している。起終点の位置関係だけに注目すると、都市間高速バスが走っていてもおかしくなさそうな距離となるが、実際には交差点も多くはない九州中央部の山地を走る時間が長く、高速道路上を走るものではない。それだけに、土地勘がないとどこをどのように走るものなのかほとんど見当がつかない。主要停留所のうち、それがどこだかわかるのは別府と熊本以外だと、由布院のバスセンター、今回利用した牧ノ戸峠、阿蘇駅くらいのものである。そんな九州横断バスは、やまなみハイウェイを下ると三愛レストハウスというドライブインに停車した。水着の販売でもしていそうな名前だけれど、いたって普通のドライブイン、いや規模の大きさや施設の充実度で言えば大型の道の駅と同等と言っても過言ではなさそうだ。どうやらここは、単なる停車バス停の扱いではなく、休憩場所も兼ねているらしい。まあ、最初から最後まで乗り続けるとなると4時間前後の長丁場となるため、休憩も必要になるか。バスはこの後、もう一度阿蘇駅でも休憩を取るらしい。

 この観光路線の中で、クライマックスとなるのが阿蘇くじゅう国立公園のエリアということになるのだと思う。このうち、九重地域はすでに終わったことになるはずだが、この先にはまだ阿蘇が控えている。長らくあこがれてきた阿蘇。あこがれているうちに地震が発生し、鉄道は不通になり、国道も寸断された。いつかまた落ち着いてやって来たいところだが、今日は下見くらいのつもりで通り抜けようかと思う。一応、バスが阿蘇駅前を経由する以上は、最低限の交通経路は復旧しているということにはなるのだろうが、今当地がどのような状態になっているのかは不勉強でよくわかっていない。

 再び走り出したバスは、黒川温泉といういかにも観光地っぽい地名の地域を抜け、南小国町役場を経由し、草生す丘陵地を走っていく。有名な草千里ヶ浜などは、ちょうどこんな雰囲気の場所なのだろうかとは思うが、無論ここは草千里などではなく、名もない草原である。観光地としてはまるっきり無名の地域にこれだけの美観が広がっているというところに、国立公園の底力を感じる。やはり、愛知とかその近辺にある国定公園とは格がまるで違う。やがてバスは、カルデラ盆地の向こうに中岳をはじめとする阿蘇の主要山岳を見ながら盆地の底へと下っていく。

画像 車内放送では、俗に阿蘇山と呼ばれるものが単一の山のことを指すのではなく、阿蘇五岳と呼ばれる中核的な山々と外輪山からなるものであるということを説明している。バスが走っているのは、まさにその外輪山の内側、カルデラ底なのだが、外輪山によって形成されるカルデラの外縁部の大きさに圧倒される。かつての火山の成れの果てがこれだけの規模を誇っているとなると、元はどれほどの山だったのかと空恐ろしくなる。よく言われる阿蘇山が本気を出したら、九州のほとんどは瞬く間に焼き尽くされ、それ以外の日本国内の大半の地域も、都市インフラが壊滅的な打撃を受けて緩慢に死んでいくことになるというシナリオがにわかに現実味を帯びてくる。本気の阿蘇山からは逃げも隠れもできないので、ダメな時は何をやってもダメなのだからと、腹をくくって周辺観光してみるのも一興なのではないかという気にもなってくる。

画像 そんなやばい思考に陥りかけ始めた頃、バスは阿蘇駅に到着した。豊肥本線は、大分駅からここ阿蘇駅までは現在も走っているのだけれど、阿蘇駅から熊本方の肥後大津駅まではいまだ不通の状態が続いている。九州横断バスを使えば、この不通部分の駅を取ることは可能だと思われる。それは良いとして、阿蘇駅の南の中央火口丘のさらに南側を走る南阿蘇鉄道は、普通では取れない。というか、豊肥本線不通区間に位置する立野駅から、日本一長い名の駅として知られる南阿蘇水の生まれる里白水高原駅の区間はいまだ復旧しておらず、2~3年はこの状態が続きそうだ。ということで、節を屈して阿蘇駅周辺からレーダーを使ってみたところ、一応全駅を取ることができたので、アイテム頼りながらコンプリートを達成した。ということにしておく。実際のところ、バスの経路上のいろいろな地点から少しずつ切り崩さなければ南阿蘇鉄道の全駅は集められないのではないかと踏んでいたが、たまたまイベント時期と重なってレーダーの射程が伸びていたのに加え、スキルだのドーピング用のアイテムだのを併用できたのが大きかったのかもしれない。そしてこれは、後日近くを通ることになる日田彦山線の攻略に向けた曙光になるかに思われたが、それはまた別の話。

画像 とにかく、この日最大の難所になるかと思われた南阿蘇鉄道の攻略が完了したので気を良くしていたのだけれど、落とし穴はこの後に控えていた。阿蘇駅を出た後、バスは国道57号沿いに西へ向かい、赤水駅の北側から外輪山を越える道に入って肥後大津駅に至ることになっていたのだが、この国道部分で大渋滞が発生していた。何しろゴールデンウィーク、しかも前代未聞の10連休の中日なので、そういうことが起こるのも仕方がないと覚悟はしていたのだけれど、遅れは順調に拡大していく。遅れが生じると、この後の計画が厳しいことになる。当初の予定では、熊本から鳥栖までは在来線を使い、鳥栖から長崎まで特急を使うつもりでいた。虎の子の旅名人の九州満喫きっぷは、この日熊本~鳥栖間でのみ使うつもりでいたのだが、もとよりバスからの乗り換えにそれほど余裕がない接続となっていたので、10分20分と経過しても渋滞が終わらなかった段階で、誠に遺憾ながら九州満喫きっぷの使用は諦めざるを得なくなった。

 しかし、事態の悪化はそれだけではとどまらず、結局ボトルネックとなる区間を抜けて肥後大津駅にたどり着いたときには、1時間余りの遅れが生じていた。この頃には、挽回のために新幹線を使う覚悟は決めていたのだけれど、今度は新幹線を使っても、長崎着が22時を回るスケジュールが見え始めていた。一応、これが最終というわけではないが、今きわどいことになっている新幹線への乗り継ぎをきめられなくなると、長崎行きは最終の特急に望みをつなぐことになる。よもやそれにさえ間に合わなくなることはないにせよ、最終特急だと長崎駅に着くのは23時になる。今日の宿のチェックインは、かかる事態がうっすらと想定されたために23時として予約してあったのだけれど、だからと言ってこの時間にようやく宿に入れるというのはうれしくない。何とかして遅れが挽回されないかと祈る私の思いを知ってか知らずか、バスは肥後大津駅に到着したのだった。

 全くうかつだったのだが、この時肥後大津駅に熊本行きと思われる列車が止まっているのが見えた。熊本までバスを使うという発想から脱しきれなかったのが敗因だったのだが、この熊本行き列車を使えば、次善のプランとして考えていた終電より一本早い特急に乗り継げる新幹線を確実に捕まえることができたのだ。ここで九州横断バスを切っても、鉄道利用分の運賃はどのみち満喫きっぷで賄えるので、ここでは追加出費は発生しないし、実費負担となってもその額は知れていた。が、現実には、最後までバスに乗り続けることを選択してしまった。結果、長崎入りは最終の特急によることが避けられない情勢となった。

画像 怪我の功名というのか、九州横断バスはおおむね熊本市電B系統に沿って熊本駅に至ったので、丸々取り残していたこの路線をコンプリートすることはできたのだけれど、その代償はあまりに高くついた感が否めない。今日の夕食は、何ならチェックイン後に宿で食べることも考えていたのだけれど、寝床に入るだけで日付の変わる時刻が間近に迫りそうな情勢となると、熊本駅で食事を済ませてしまおうと思った。昔、熊本駅がまだ古い駅舎で営業していた時、この駅にはホーム側から入れる吉野家があって助かったものだったが、九州新幹線が開業し、それに合わせて新たに生まれ変わった駅舎には、吉野家が見当たらず、ましてや安易に踏み込んだ新幹線の改札内には小さなセブンイレブンがあるだけだった。暖かいものは望むべくもなさそうだったし、わびしい夕食になったなあと思いながら、パンをかじり、新幹線を待った。巨大なくまモンの頭部が、人影もまばらになった構内で虚空を見つめているのが、何とはなしにわびしかった。

 しかし、皮肉なもので、今日九州新幹線を使ったことにより、鹿児島本線で取りこぼしていた久留米周辺の駅を回収でき、さらに新幹線専用駅で当面回収の見込みがないと思われていた新牟田駅も拾うことができた。これなども怪我の功名パート2と言ったところだろう。

 新鳥栖駅は、長崎本線の駅に後付けで新幹線のホームを作り足したのが明白な駅だった。古くからのターミナルの役割は、一つ隣の鳥栖駅が担っており、駅としての格も鳥栖駅の方が明らかに上なのだと思う。特に何もない新鳥栖駅のホームでさらに1時間近く待ち、やって来た最後の特急かもめに乗って、長崎駅を目指す。この長崎本線の旅で、これまた取り残していた長崎本線所属の駅を全て回収できた。前回は海路島原に渡り、島原鉄道で諫早へと抜け、さらに福岡方面への戻りへは松浦鉄道を使ったので、この区間が抜け落ちていたのだった。最後には、泥のような眠気と戦いながら、夢うつつでスマホをいじりつつのゴールとなった。考えてみれば、今日は朝が早かったのに加えて登山を一発決めていたのだった。眠くなるのも当然だ。

 長崎の宿は、前から存在は知りつつも使う機会のなかったサウナ&カプセル港洋館。昭和のオールナイトサウナの風情を色濃く残す宿ではあったけれど、値段は安いし、館内は古いなりにきれいに保たれていて、そんなに悪い宿ではなかった。これまでここを使うことがなかったのは、長崎駅前の路地裏にやたら安価な昭和のビジネスホテルがあったためだが、今後の長崎旅行では選択肢の一つに加えてみるのも悪くはない。ちなみに今回は、年が改まる頃から宿を押さえにかかったのに、くだんのビジネスホテルを押さえられなかったのでこちらの宿を使うことになった面もあるのだけれど、明日の行動を見越してここをチョイスする価値もあるだろうと思ったのもまた事実だ。明日は、朝一番でここからほど近い浜町アーケード駅(駅というか実態は路面電車の電停だが)を取って、長崎県制覇としたい。以前長崎に来た時、この駅はなかったのだけれど、1年ほど前に新設されたらしい。多くの場合、廃止された駅も廃駅というカテゴリーでゲームデータ上に残り続けるのだけれど、新しくできる駅は嫌でももう一度取りに行かざるを得ないので、こういう場合にちょっと上がりが遠のくのだった。

つづく

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