令和最初の九州旅・その3

画像 長崎の短い夜は明けた。この種の旅としては比較的遅い6時半過ぎに宿を出て、まずは少し西側に位置する浜町アーケード駅に向かう。繰り返しになるが、ここは駅というよりも電停である。駅舎はもちろん、ホームといった普通の駅のような施設はなく、路面電車が走る道路上の一画に、小さな乗降所があるだけの場所だ。長崎最後のひと駅としては誠につつましやかではあるけれど、とにかくここにチェックインして長崎制覇は成った。ちなみに、駅としては後発で、しかも規模が小さいと来ている浜町アーケードだが、その名が表す商店街は国道沿いに営まれている。ナンバリングで言うと国道324号に該当するのだが、このアーケード区間は、日中は歩行者専用道路となっており、車で通行することができない。それだけに、国道マニアたちの熱い視線を集めている。

画像 国道324号は、やがて海を渡って天草に至る。私も本来なら海を渡って福江島に行くつもりでいたのだが、ゴールデンウィークを甘く見ていた。頼みの綱のジェットフォイルは、当てにしていた便に限って予約で満席、それ以外の便で島に渡ろうとすると後の日程がまるで成立しなくなるため、諦めざるを得なくなった。港洋館で手を打ったのは、ここが港に近いこともあったのだが、その利点を生かすこともかなわず、今日の私は至極素直に、鉄道で福岡方面に向かう。ただし、長崎福岡間の移動で第一選択に上がるであろう長崎本線は利用せず、大村線、佐世保線と移動し、肥前山口駅でようやく長崎本線に合流する。長崎本線が有明海沿いに走る路線であるのに対し、このルートだと大村湾沿いに北上し、ハウステンボスを横目に見た直後、佐賀県西部の内陸地域に入る。鉄道路線的にも未踏の地ではないが、筑肥線の取りこぼしを回収するためにこの地までやって来た。上有田駅を通過し、三間坂(みまさか)駅が迫ってくる頃が、決戦の狼煙が上がるときである。ただ、実際やってみると決着はあっという間についてしまった。取り残しと言っても上伊万里駅、金石原駅の二駅だけ。筑肥線に属するこれらの駅を佐世保線側からレーダーを使って取るという、最近とみに増えてきたパターンのミッションを自分に課していたのだが、簡単すぎて拍子抜けした。まあ、勝算があればこそ、ここまでやって来たのだけれど。

 今日はこの後、久大本線に入って豊後森駅まで進む。九州北部では、交通の結束点の一つとなっているはずの久留米駅を、実に昨日まで取れていなかったのは意外といえば意外な展開だったのだけれど、やっぱり久留米は交通の要衝なのだ。昨日の今日でこの地を踏み、ここから久大本線に入る。以前に西鉄その他に乗車した際や、昨日新幹線に乗った時から気になっていた久大本線所属の駅をどんどん回収していく。久大本線は、久留米と大分を結ぶ路線なのでその頭文字を並べている。昨日、間近まで迫った由布院駅、久住山から繰り返しアクセスした豊後中村駅も、この久大本線に属する。九州の旅で東西の移動をする機会はまれながら、この路線には乗ったことがある。今日の目的地、豊後森駅から近い、否、やや近いところにある角牟礼城を以前取り損ねている。今日はその雪辱のために豊後森を目指すというわけだ。

 前回は、大分から豊後森に向かい、豊後森から久留米まで抜けているのだけれど、特急を使わない場合の乗り継ぎに難があるため、真っ暗になった久留米駅にたどり着いた記憶がある。そんな昔語りもしつつ、過去すでに乗車したことがある駅だから、今回のゲーム上はアイテム回収を可とするマイルールにより、昨日のうちに由布院駅前にいたころから、豊後森の一つ大分方の恵良駅まで、レーダーで対応した。今日、実際に列車に揺られて豊後森駅までやって来たことにより、久大本線はめでたく全通した。

 前回の豊後森以西の区間は、冬の夕暮れなど悪条件重なる中で通過したこともあって、これという印象も持っていなかったが、初夏も近い日中にやってくると、なかなかどうして旅情豊かな路線のようである。河童みたいな駅もあれば、温泉もある。そして、レトロ調に整備された豊後森駅周辺も、これという産業もない過疎地の山村とは一味違った味わい深い町並みが広がっている。それに伐株山(きりかぶ)山や大岩扇山など、特徴的な山容をした山も良く目につき、自然の風景も印象的だ。ただ、伐株山などは昔地理の授業で習ったメサ、つまり卓状台地らしいので、一般に言われる山とまったく同列に並べて良いようなものなのかどうかはわからない。また、目指す角牟礼城がある角牟礼山はメサの浸食がさらに進んだビュートの地形に該当するのだという。

 時に角牟礼城だが、続日本百名城の一つに選定されている。べ、別にそういったタイトルを獲得したからすり寄っていったのではなくて、初回の訪問は続日本百名城の選定より前の2013年末のことなので、前々からちゃんと注目してたのである。以前ぶ来たときは、昼の短い季節だったのせいか行動時間に制約を受けたのに加え、天気もさえなかったので、それが途中退却につながったものと記憶している。城があるのが同名の山であるという事実が物語るよう、この城は山城なので、悪条件下での攻略はなかなか厳しい。

画像 国の史跡にも指定されている角牟礼城は、良好な保存状態の遺構を残すことでよく知られている。だからこその百名城なのだし、むしろ、都合があったにせよ第一弾で百選に入れなかったのが腑に落ちないほどのものである。ただ、歴史的に有名な城かと言えばそうでもなく、古くは在地の領主であった森氏の城だったのが、戦国時代の戦乱において、要衝の城として重要さを増していったものと考えられている。この城が、その名望を高めたのは島津氏による豊後攻めの時のことで、北九州の太守であった大友宗麟が島津氏の攻勢の前に風前の灯火となる中でも、ついに陥れられることはなかったと伝えられている。豊臣秀吉による天下の統一が成った後は、その配下であった毛利高政によって更なる改修を経たが、関ケ原の戦い後に村上水軍の一派として知られる来島長親がこの地に封じられた際に、廃城となった。来島氏が立藩した森藩の表高は1万4千石に過ぎず、城持ち大名の格ではなかったとされている。

 とはいえ、現在も見られる角牟礼城の遺構には、廃城とするには過分とも言える石垣が含まれている。その石積みは穴太積の技法が用いられているとされ、織豊系の大名であった毛利氏による支配時代の特徴が良く表れているのかもしれない。石垣の規模は大きく、本丸、二ノ丸、三ノ丸と配された曲輪の周囲を巻くようにして、今も十数カ所ほども残存している。このほか、土塁や切岸といったより古い時代の城郭遺構も残されており、来島氏時代に表向き役割を終えたものとは言っても、どうやら徹底的な破却は免れたものと見える。森藩においては、角牟山の麓に陣屋が置かれたが、この陣屋も実態を見れば石垣を備えた城のような構えのものだったため、有事の際に廃城を運用しようという発想もわずかながらあったのかもしれない。なお、陣屋の方は森陣屋あるいは久留島陣屋などと呼ばれ、現在まで残された庭園などは、国指定の名勝となっている。ちなみに、角牟礼山は前述した通り、ビュートに分類される独立丘の形状をしているため、標高は600mに届かない程度ながら、九重方面に対してよく展望が利く。

 海の向こうの福江城が新たな宿題になってしまった感はあるけれど、数年来の宿願だった角牟礼城は落とすことができたので、今回はこれで良しとしよう。満足しながら豊後森駅に戻ろうとしたとき、田舎町だからと油断したせいか道を間違えた。迷子になるほど入り組んだ道ではないので事なきを得たが、そんな中、この駅の近くにはSLを展示する施設があるらしいことを知った。鉄道使いは、城よりもこちらを目指すのだろうか。ともあれ、この玖珠町は全国的には無名に近い町ながら、やはり味わい深い観光資源は多そうである。

 来た道を引き返し、今度は博多駅まで進む。次の目的地はJR筑肥線で新たに開業した糸島高校前駅。中途半端に一駅だけを取り残す形になっているため、放っておくといつまでも福岡制覇ができないことになる。これは、さっさとつぶしておきたかった。筑肥線に進むにあたって、博多駅でいったんJRを降り、地下鉄空港線に乗り換えて姪浜駅まで進む必要がある。地下鉄と筑肥線は相互乗り入れを行っているが、博多駅に収れんするJR各路線と地下鉄はつながっていないので、一度JR博多駅の改札を出る必要がある。そんなときでも九州満喫きっぷがあれば、改札は文字通りきっぷを改める場所でしかなく、切符を買いなおす必要がない。何となく得した気分になる。

 糸島高校前駅は、福岡県でも西のはずれに近いところに位置しており、いくらか進めば佐賀県に入ってしまうようなところらしい。果たして一駅取るためだけにそこまで進む価値があるのかどうかは、悩ましいところがある。悶々と思い煩いながら筑前前原駅まで進むと、糸島高校前駅がレーダー射程に入った。腹は決まった。ここでレーダーを使って糸島高校前駅を取ってしまおう。なんだか、名前からして沿線住人の生活の場、というか高校生の通学用に使われる駅という感じがするので、観光客が行って面白そうな駅には思えない。筑肥線自体はすでに何度か通しで乗っているので、その途中に一駅が後からできたからと言って、わざわざ現地まで行く必要はなかろう。そういうことにし、折り返す。

 天神駅まで戻り、そこから天神南駅まで移動。ともに福岡市営地下鉄の駅だが、近接していながらつながっておらず、地下鉄空港線と地下鉄七隈線の乗り換えのためには地下街を5分余りも歩く必要がある。七隈線を走る列車は、一般に実用本位のイメージが先行する地下鉄の列車としては異色とも言えるほどに、近代的なムードをまとっていた。JR九州にしてもそうだが、九州の電車はやたらデザインの凝ったものが多く、土地柄なのだろうか。鉄道事業者同士で、デザインを競おうという発想が生まれるのかもしれない。残念なのは、地下鉄なのでどこまで行っても景色が変わらないことだが、約30分で終点の橋本駅まで行った後、再び天神南駅まで折り返す。七隈線を取って、今日の行程は終了である。この後は、例によってラーメンスタジアムでラーメンでも食って宿に引き上げることにする。

 ところで、博多駅に着くまで全く知らなかったのだが、ゴールデンウィーク中は、かの有名な博多どんたくの開催期間に当たるのだった。博多駅の構内に、以前どこかで見かけたことのあるどんたく仮面(仮称)が捨てられているのを見てピンと来たのだが、幸か不幸か、私が福岡市の中心部に戻る頃には博多どんたくの主だった催しはほぼほぼ終了していた。無論、数日にわたるお祭りなので、明日は明日でまた新たな催事が始まるのだけれど、私はそれらの催事が開始される前に一度博多を離れることになる。今回の宿は、ウェルビーが抑えられなかったので、博多駅からほど近いところにある古めかしいビジネスホテルになったのだが、その割に宿泊料が高かったのは、ゴールデンウィーク料金であるというのみならず、どんたく料金だったのだろう。私の旅程ではそのどんたく料金の元を取れないのだが、チェックインの際フロントで早発したい意思を伝えると、幾分若作り風だが気の良さそうなフロントのおじさんは面食らったような反応を見せたが、すでに金はもらっているので、出がけに部屋の鍵だけフロントに置いていってくれればそれで良いというようなことを言ってくれた。

 ホテルの館内は、外観相応に古色を覆い隠すべくもなかったが、客室内は思っていたよりはずっと綺麗だった。通りの物音や館内の物音が良く響くのも安いホテルにはありがちな特徴ではあったが、普段、おそらくは安価だとするなら、値段相応と我慢できる程度のものなのだろう。博多駅に近いことを加味すれば、たぶんコストパフォーマンスはいい宿ということになる。今日は思いがけず高い宿となってしまったが、人の良さそうな主に免じて、不平を言うのはよそうと思った。

つづく

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  • 令和最初の九州旅・その2

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