アイアンカムイ・その3

kamuy10.jpg 朝方の光の中にまどろむ釧路駅は、思っていたよりは大きな駅だった。道東地域の要となる駅なので、それは当然なのかもしれないが、意外なことにまだ入口が解錠されていないらしく、駅前には十数人ほどの駅の戦士たちが集結しつつあった。なんだかかつて博多駅でも似たような光景を見た記憶があるが、釧路駅前にいる者は、どこからどう見ても完全無欠の駅戦士たちである。前夜遅くまで飲み歩いて、始発で家に帰るというような者は全く目につかない。皆が皆、花咲線奪取の野望に燃えている。かのように見える。

 根室行きの列車は5:35に釧路駅を出る。べらぼうに早朝の列車というわけではないが、駅の入口が開かれたのは10分余り前のことだったような気がする。ここから根室まで、2時間半程度の時間を要する。一応快速という触れ込みの、快速はなさきの力をもってしてもこのありさまである。漠然と、根室などは釧路のちょっと先の半島の付け根程度の認識でいたのだけれど、改めて地図を見てみると、数十kmほどは離れている。思っていたよりは釧路が西寄りに位置しており、根室駅は根室半島の中ほどにある。前にこの地域に来たときは車で、納沙布岬を回って帰ってきたのだが、その際にも根室駅近くまでは肉薄している。そして、駅を行き過ぎてほどなくすると根室市街は果て、ヒグマが闊歩する自然豊かな地域に突入したことは強く印象に残っていた。ところが、今日花咲線に乗ってみると、こちらもたいがい自然豊かな路線であることに気づいた。別保駅を過ぎたあたりで線路は原生林みたいなところに突入していく。そう言えば、以前の旅で根室から釧路方面に戻る際にもえらく緑濃い地域を走っていたような気がするし、そこには鉄道も存在していた。

 北海道らしいと言えば北海道らしいのだが、こちらの自然豊かさは釧網本線とはタイプが違い、森が深い以外は際立って珍しい自然美があるわけでもない。タイミングが良ければエゾシカやヒグマくらいは車窓から見られるのかもしれないが、私の時はそう言ったものも見られなかった。やがて、尾幌のあたりで海沿いに出る。海は昨日の日高本線でも結構見ているので感動も薄れがちだが、海辺の町というロケーションにはやはりパワーがある。花咲線の、自然豊かな地域を走る列車を俯瞰の構図で撮影すれば、青春18きっぷのポスターにでも使えそうな、何となく絵になりそうな雰囲気はある。乗っていて楽しいかと言われれば単調なのだが、まあ一応は駅を取るという作業があるので、何となく時間は持てあまさずに根室駅までたどり着いた。

kamuy11.jpg ちなみに、日本最東端の駅は終着の根室駅ではなく、その一つ手前の東根室駅である。文字通り根室市の玄関口となっている根室駅に対し、東根室駅は、そこが日本最東端の駅であることを示す標柱以外は何もない。駅舎もない。典型的ローカル線の無人駅だった。にしても、一つの記念碑的な駅であるにもかかわらず、この質素さがいかにもJR北海道管内らしい。ターミナルの稚内駅や佐世保駅(と言っても稚内の方はどん詰まりだが)は別として、無人の最南端駅・西大山駅ですらも、もう少し賑々しく飾り立てられていたではないか。なお、ここで言う最南端・最西端はJRの端の駅を意味している。対象を日本の全鉄道駅に広げると、最西端は沖縄のゆいレールの那覇空港駅、最南端は同じくゆいレールの赤嶺駅となる。ゆいレールは那覇市民の足として敷設された後発の都市内交通だが、それだけに今風の駅の華やかさがあるし、那覇市はなにげに都会である。総人口こそ図抜けたものではないが、見るからに人口密度が高いので、都市化の程度は下手な県庁所在地程度なら軽く凌駕しており、そこを走っているゆいレールの駅の佇まいと言えば、御察しの状態である。端っこの駅の隅に追いやられたかのようなひね媚びた雰囲気は全く感じられない。そう言えばゆいレールは10月には延伸・新駅開業が予定されているという。また沖縄に行くことになるのだろうかという思いはある。まだ沖縄の旅ネタはあるから良いのだけれど。

kamuy12.jpg 話が脱線したが、とにかく花咲線全21駅の取得は完了した。「朝日に一番近い街!」と鼻息も荒くPRする根室駅に後ろ髪をひかれながら、今まで乗ってきた列車が折り返し運転するのに乗り込む。乗客の顔ぶれを見ると、同じことを考えていた連中が少なからずいるようで、見たような顔が並んでいる。朝一番からこんな辺境の駅までやってきて、何をするでもなく引き返すとは、まったく正気の沙汰とは思えない。

 10:53、釧路駅に着。ここからは再度特急おおぞらに乗り込み、新得駅まで進む。特急おおぞらが走るような区間の営業成績は優秀な部類に入るようだが、そこから外れる新得駅から先は、廃止の二文字すらちらつくような赤字路線だという。ともあれ、釧路駅でちょっと時間ができたので、駅構内にあったセブンイレブンで軽食と飲み物を買う。前回この列車に乗った時、車内販売はないので駅で飲み物食べ物は買っておくように言われた経験からの行動だった。実際、列車に乗るとやはり今回も同様のことを言われた。ただ、売店の類が改札の外にしかないのはいただけない。

 釧路から新得までは、特急で一気に進む。北海道内を走る特急は、カムイやライラックが別格級に速い以外は鈍足のものが多く、根室本線から石勝線に入るおおぞらも例外ではない。北海道を走る列車は軒並み足の遅いディーゼル車なので、電車と言うものの偉大さを感じずにはいられないが、そんな特急でも在来線に比べればずっと速い。新得までは、花咲線の道のりをを思えば、あっという間の時間で着いた。ここからまた、代行バスの旅が始まる。もとをただせば2016年の台風に起因して鉄路がつかえなくなっているのだそうだが、日高本線とは対照的に山深い路線だからか、数駅進むだけの割には結構な時間がかかるらしい。
 
kamuy13.jpg 新得駅というのは、一応ターミナルということにはなるが、こんな旅でもなければ省みる機会はなかったに違いない。バスを待つ駅前は、それなりに開けていたが、都市化が進んでいるというよりは、奮わない観光地のようなムードがある。そんな中に「秘境トムラウシ」の看板を掲げた施設を見つけた。全く意識していなかったのだが、あのトムラウシまでそれなりに近いか、さもなくばアクセスの拠点になるような場所なのだろうか。実は意識し出すと、新得という地名は山界隈とわりに縁が深く、福岡大学ワンダーフォーゲル部事件の記事でも新得の派出所の名が出てくるようである。確かに改めて地図で見てみると、北海道の脊梁日高山脈に抱かれるような場所ではある。もちろん、駅自体は平野部の街中に営まれている。

 バスは走る。期待通りに山道を駆け登り、明らかに鉄道駅とは無関係の鉄道施設に違いないサホロリゾート立ち寄った後、現在は鉄道駅として休眠状態に入っている落合駅、幾寅駅、東鹿越駅と進んでいく。特に何と言うこともないような駅が主だが、幾寅駅については、映画鉄道員のロケに使われたこともあるのだそうだ。実名で出てきたわけではないけれど、いかにも北海道っぽい架空地名の駅として出てきたらしい。駅前には同じ映画で使われた列車の一部が保存されている。

 東鹿越から先は、再び鉄道の旅に戻る。ここで思いもかけない出来事に遭遇した。やってきた列車にはエアコンが着いていなかった。というか冷房の機能がなかったという方が正しいのだろう。今日は、全国的な猛暑日で、北海道とて例外ではない。電車の中は蒸し暑かった。仕方なく窓を開ける。今時嵌め殺しの窓でないというのもある意味驚きだが、まさか21世紀にもなって、令和の御世にクーラーの効かない列車に乗るハメになろうとは。まあ、そこは一応北海道なので、風を入れれば暑くて凌げないということもなくなるし、トンネルに入ると恐ろしく冷たい風が吹き込んで来たりもする。長時間吹かれていると寒くなって来そうだが、この冷風が車内の熱気を吹き飛ばしてくれるかもしれないと思えば、我慢もできるというものだ。

 列車はやがて富良野駅についた。富良野地方を走り抜ける観光路線、富良野線はここから分岐するのだけれど、私は乗り換えず、そのまま滝川駅まで根室本線を乗り通すつもりである。が、その一方で富良野線も未取得の路線である。どうするか。アイテム頼みである。一度乗った路線ならアイテムを使ってもよいというルールもどこへやら、この余りに利便性の低い路線との決着を急いだ結果、こうなった。作戦としてはこうだ。今回は、過去に阿武隈急行の時に使ったルートビューンを採用する。富良野駅は、根室本線の駅であると同時に、富良野線の始発駅でもある。そこで、この後富良野線の終着駅になっている旭川駅まで進み、旭川を基点に、富良野を終点にしてルートビューンを使い、間の駅を総取りする。理論上は、富良野から旭川、滝川と進んで、滝川で根室本線富良野から滝川間にルートビューンをつかってもおなじことなのだが、富良野線の乗り継ぎに難があったため不採用とした。

 しかし、富良野駅の到着予定時刻を何気なく見たときにひっかかった。富良野駅到着から旭川駅到着までに2時間2分かかりゃしないか、これ。実はルートビューンには仕様上の制約があり、まとめて取れる駅の数に上限があるほか、自分が今いる駅を基点に、基点駅と同路線に属しかつ2時間以内にチェックインした駅を終点に、使用しなければいけない。2時間2分前に通過した駅は、ルートビューン終点候補から脱落し、結果富良野線に対する使用は不能となる。

 ここまで来て計画破綻の危機である。やむを得ず、保険をかける意味で富良野駅付近から富良野線の南半分に位置する駅にレーダーを打ち込む。後は旭川から北半分に対してレーダーを打ち込めば、上下から全駅を取れるという展開を期待したいところだけれど、そもそものプランでこの方針を採用しなかったのは、路線中央付近の駅に対して射程が不足する恐れがあったからだ。可能ならルートビューン作戦を本線としたい。

 富良野駅へのチェックインをぎりぎりまで遅らせ、駅出発後に富良野駅を取る。幸運にも、富良野駅より一つ旭川寄りの学田という駅が根室本線上から取れたので、さらに時間を稼ぐことができた。旭川-学田間を繋いでも、私の目的は達せられる。あとは、旭川駅へのチェックインを可能な限り早くする必要がある。学田駅を取ったのが14:54のこと。旭川駅入線より早く旭川駅を取れれば勝算はあるが、北海道の列車は容易に遅れる。それが気掛かりである。滝川駅までは多少遅れても問題ない。函館本線の特急が鍵となる。思いがけず、予断を許さない展開となって来た。幸い、滝川駅には大きな遅れもなく到着し、旭川に向かう特急カムイも、定刻通りに滝川駅にやって来た。これに乗り込み、道中で新たに追加された神居古潭駅(廃駅)を取り、旭川駅に向かう。

 白面の者の破片があったことでおなじみのカムイコタンは、旭川の西に位置する峡谷地帯で、列車は何度もトンネルを通過し、旭川の市街地に入った。このトンネルというやつがスマホの位置情報を狂わせるので、まかり間違えばトンネルが災いして旭川駅が奪取か遅れることも考えられだが、16:54、旭川駅へのチェックインに成功した。すかさず、アイテム・オモイダースを使用する。2時間以内にアクセスした駅で新しいものから20駅のうちのどれかに、現在地問わずもう一度アクセスできるというアイテムだか、細かいところでいろいろ副次的な効果があり、プレイヤーの現在地を、オモイダースでアクセスした駅に置き換えることができる効果もある。思い出すのは限界時間ぎりぎりの学田駅。これで学田駅を基点に、旭川駅を終点にルートビューンを使う準備ができた。無駄行動のようだが、ルートビューンは使用のためにいくつかの条件指定操作が必要になるので、二手三手と操作しているうちに、学田駅さえ賞味期限切れになる可能性はあった。その点、オモイダースの使用は簡単である。満を持し、ルートビューンを使う。富良野線が取れた。

 とにかく薄氷を踏むような戦いだったが富良野線コンプリートは成功した。今日残された最後のミッションは夕張支線奪取だけである。まあこちらは、いかにもゲーム的な複雑なプレイングが必要になるわけではなく、ただ列車に乗れば良い、それだけの話である。無論、夕張支線は現存せず、宮之城線の時のように駅の痕跡をたどるのも厳しいのだけれど、石勝線新夕張駅まで移動し、レーダーを打ち込めば解決する。新夕張駅は幸い特急停車駅だ。強いて難を言えば駅自体が辺鄙なところにあり、行って帰ってくるだけでもそれなりの時間がかかるくらい。が、ジョルダンの教えによれば、特急で向かって特急で折り返せば22:30を回る頃に今日の宿すすきのに辿り着けると出ている。

 一応宿にチェックインが予定より遅れる旨の連絡を入れる。当初の計画にはなかった動きだが、まあ何とかなるだろう。実際的な意味もなく旭川に行って帰る行為。同じく新夕張に行って帰ってくる行為。何をしているのだろうと思わなくもないが、旅をできれば動機付けは何だってよいような気がする。それにしても思うのは、北海道フリーパス様様だなということ。特急乗り放題はやはり大きい。これがなければこんな馬鹿見たいな動きはできなかった。北海道自体が特急社会なのでこういうフリーきっぷが売り出されるのは必然なのだろうが、ここはありがたいものだと感謝しておく。値段もそれなりだけれど。

 釧路行の特急に乗り込む。車内放送で聞こえてきた声は、今朝がた釧路駅を出るときに聞こえてきた車掌氏の声のように思われた。まさか、一日中列車に乗り続けていたわけではないだろう。仕事でそんなことはやっていられまい。

kamuy14.jpg 20:45、新夕張駅に到着。かつてターミナルだったことを辛うじて物語る、やたら長いホームに降り立った客は、私のほかは一人きり。今のこの駅は、単なる途中駅と化している。特急が止まるのも、もはや次の占冠駅(しむかっぷえき)までの距離が34.4㎞と異様に長いためだけのような気がする。それほどに何もない駅である。光源すらも乏しく、駅前のターミナルが街灯に照らされている以外は、少し離れたところにある高速道路上を行き交う車のヘッドライトが明滅している程度だ。結果、新夕張駅のホームは、漆黒の闇の中にぼーっと仄白く浮かび上がる舞台装置のようになっている。

 今は廃駅になっている夕張駅方に向かって、数発レーダーを撃ちこむと、後は何をする用事があるというでもない。それでも一応は改札の方に行ってみる。駅舎はすでに無人となっている。一応、夕張市が誇る観光施設を案内する標識の類は出ているが、この時間ではそこに行くための足がない。バスがいないのはもちろん、特急駅の駅前だというのにタクシーすらもいない。石炭博物館という、たぶん夕張の炭鉱の歴史に触れるらしい博物館の存在には興味を惹かれるが、どうやって行ったら良いのか皆目見当もつかない。想像以上にすることもなかったので、そのままホームの方に引き返す。自動改札でもなく、駅員がいるわけでもないので、素通りである。先ほど私と一緒に降りたおばさんが、怪訝そうな顔でこちらを見ている。おばさんの思うところはわからないでもないが、こっちだって不思議に思うことはある。おばさんはこんな何もなさそうな駅でどこに向かうというのか。迎えの車がいるというわけでもなさそうな駅前の闇の中に、おばさんは消えていったようだった。

kamuy15.jpg たぶん夕張支線用のものだったのだろうホームに向かう通路は閉鎖されている。おそらくはもう、使われることのない通路とホームに物悲しさを感じながら、現在生き残っている石勝線のホームに上がる。札幌行きの特急がやってくるまではあと10分余り。闇夜の中、ここだけが明るいホームに立っていると、魔界の入口をのぞき込んでいるような不安な気分になってくる。まあ魔性の者が現れることはないにしても、その辺からヒグマが出てきたりしやしないか。一度そういうことを考え出すと、悪い考えはとめどもなくあふれてくる。一番恐ろしいのは、特急に乗りそびれること。列車自体が遅れる、何らかの事情で運休するといったことも考えられなくはないが、現在の新夕張駅の境遇には不釣り合いなほど長いホームの変な場所、列車が止まらないような場所に立っていて置いてけぼりを食うような展開は避けたい。

 そんな私の不安な思いを知ってか知らずか、列車はやって来た。どうにか置き去りにされるようなこともなく、この旅で最も無理の多い一日は、なんとか無事に幕を下ろしそうだった。

つづく

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