九州完結の旅・その1

 私のような、とりあえずどこかに出かけられれば良いというタイプの人間にはさしたる問題にはならないのだが、例のゲームがある程度進捗してきて全駅制覇を真剣に考えだすと、旅行のついでにゲームをするのではなくて、ゲームのために旅行をするようになってくる。私はすでにこのステージにまで進んでおり、そうした甲斐もあって地方制覇も順次完了するような状況になってきた。単体でもでかい北海道のほか、四国制覇も済んでいるが、次に目標としたいのは九州である。福岡、大分に少しずつと、熊本の駅を半分強残すだけになっているので、この冬は九州にケリを着けることにした。

 最初に、状況を俯瞰してみる。九州全体で残しているのは、まずJRで豊肥本線の大分~阿蘇間と肥後大津~熊本間。肥薩線の八代~人吉間。篠栗線(桂川~筑前山手)、福北ゆたか線の小竹~桂川、原田線の桂川~筑前山手、後藤寺線の新飯塚~筑前庄内である。そして三セク線のくま川鉄道湯全線。前回の福岡旅行後に発生した令和コスタ行橋駅と言ったところである。これを踏まえて旅程を組み立てるのはある意味で簡単な作業だった。

 初日はまず、夜行バスで小倉入りする。小倉からは特急で大分に移動。ここから豊肥本線の旅が始まる。豊肥本線自体は、さすが本線格と言ったところで、列車本数自体は日に数本というレベルまでに少ないわけでもないのだが、効率よく移動することを考えると、大分から阿蘇まで一手で移動できる列車に乗りたい。もう一つ、このタイミング特有の問題なのだけれど、先の熊本地震によるダメージが未だ残っており、阿蘇から肥後大津までの区間は不通のままとなっている。一応代行バスは存在するが、基本的には地元の人が生活の足として使うことを想定して運行されているものなのだそうで、旅行者が使うのにはいろいろな意味でなじまない。そこで阿蘇から肥後大津までの移動には、前回の旅の時に使った九州横断バスを使うことにした。九州横断バスと接続する列車は、9:14に大分駅を出発する。

oita1.jpg これに間に合わせようとした結果、18きっぷ旅のはずなのに小倉駅からは比較的早い時間帯の特急で出発しなければならなくなった。それでもまあ、最大の難所となりそうな阿蘇の前後に見通しが立っただけでも御の字だった。手始めに行きがけのこの特急の車中から、令和コスタ行橋を取っておく。日豊本線と極めて近い位置にできた新駅なので、車中から届くのである。残りの福岡県内の駅は、明日取ることになるが、このいかにも際物っぽい名前の駅は、後から取りに来るのが面倒な位置にあるので、とにかく往路で回収することができて良かった。

oita2.jpg 大分駅でしばしの乗り継ぎ待ち。九州7県の中でも地味な方から数えた方が早い大分県の玄関口だけれど、そのイメージに反して大分駅はずいぶん都会的に洗練された駅で、駅に複合する商業施設もなかなかのものだ。ただ、今は平日の朝で、通勤時間帯も終わろうかというタイミング。駅にはそこはかとなく静寂が戻りつつあった。休日ならば構内を走り回っているであろうぶんぶん号も、構内に停車して客を乗せることがない。

 小一時間ほど待って、豊肥本線に乗車。過去には城攻めで乗ったこともある路線だけれど、その時に下車したのは鶴賀城の最寄り駅…と言っても大野川に架かる橋の関係でえらく遠回りしなければ城に近づけない竹中駅と、高石垣が印象的な岡城の最寄りとなる豊後竹田駅。前者は、豊臣秀吉の命で大友氏の救援に向かった長宗我部氏が島津氏に痛恨の惨敗を喫した戦いにゆかりがあり、後者は荒城の月の舞台として知られる。今回はいずれの駅も通過し、阿蘇に向かう。

 豊後竹田駅より先は、これまで未踏の地である。ただ、車窓から見える風景は、特に地域色が豊かということもない、日本全国津々浦々で見られる山村の景色だった。劇的に様子が変わったのは、九州最高所の駅だという波野駅を通り過ぎ、山林のただ中を抜けた先のこと。気が付くと列車は阿蘇の外輪山と思しき山の山腹を走っており、眼下にカルデラ盆地の底に営まれる人里を見、さらにその向こうに阿蘇山北側の外輪山を見ていた。

 実は乗車中には豊肥本線の線形を正しく把握できていなかったので、この時に見た外輪山が阿蘇山の主峰だと思っていたのだが、後になってみると、どうもそうではなさそうだった。やがて列車はいつの間にやら盆地の中に下り降りていて、久しぶりの街中を走って阿蘇駅に至る。この辺りは、ゴールデンウィークの九州旅行の時に九州横断バスを使って走り抜けた街並みでもある。その際、近辺の駅は取っていたのだが、今回ついに実際鉄道を使って駅を取ることができた。そして、阿蘇駅前からは再び九州横断バスを利用する。

 2020年度中には豊肥本線阿蘇―肥後大津間の復旧が終わるという話なので、以後は苦労することもなくなるはずなのだけれど、ここの乗り継ぎがなかなか厳しかった。阿蘇駅は、豊肥本線の主要駅ながら、都市部のターミナル駅のような大きな駅でもない。そんな中、列車の到着からバスの出発までの猶予として与えられた時間は3分だった。どうにかなりそうな、それでいてちょっとしたボタンの掛け違いで計画が破綻しそうな、そんな絶妙の乗り継ぎ時間である。バスの方は阿蘇駅前で休憩も兼ねた停車をするので、阿蘇までの道中に大幅な遅れが出ない限り出発時刻は11:33で固定と見て良いが、何かの拍子で列車の方が1~2分も遅れたりすると辛い。バスの運行時刻は、豊肥本線からの乗り継ぎを何となく想定している風ではあるが、鉄道からの乗り換え待ちをしてくれるものかどうか。

aso.jpg そんな私の思いを知ってか知らずか、列車はおおよそ定刻通りに阿蘇駅に入線し、バス乗り換えも何とか無事に済んだ。前回は、観光シーズン真っただ中のバス利用だったこともあって、ここから先の赤水駅前までの国道区間で大渋滞につかまり、熊本着が遅れに遅れたのだが、今回はそのようなこともなく、肥後大津駅にもほぼ定刻通りに到着した。そこから先は、再度豊肥本線に乗車した。そして、肥後大津―熊本で取り残していたいくつかの駅を回収した。その中には、今は時代のあだ花となった感もある平成駅も含まれていた。GW中に取っていればもっと大きな感慨もあったかもしれない駅だと思うと、一抹の寂しさのようなものはある。平成は、少しずつだが確実に遠く哭ている。

 そして、車中で大変なことに気づいた。前回の旅で取り残した路線の中には、熊本市内から北に向かって伸びる熊本電鉄のそれも含まれていて、今回の旅程ではそれが全くノーマークになっていた。もとより、今回の旅は九州の路線と決着を着けることを期している。次の駅取り九州旅はないものと心得てきている。やむを得ず、レーダーをばらまいて熊本電鉄を回収。厳密には、池田駅をまだ取れていないが、これは明日福岡方面に向かう車中から取ろうと思う。最後は、とんだ力業となったが、熊本県北中部の攻略はこれで完了としたい。どのみち阿蘇地方の観光は消化不良のままとなっているので、たぶんまた熊本にやってくる機会自体はある。気が向けばその時にでも乗ってみれば良い。

つづく

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