亜空の瘴気コロナウイルス

 都合三度目となる沖縄旅行。ゆいレールの延伸に端を発する駅取り旅であることは否定のしようもないけれど、他方沖縄は車社会でもある。公共交通網は貧弱なのだとばかり思っていたのだが、意外に路線バス網が発達しており、路線の有無だけで言うと、わりと本島内のあちこちに行くことができるのが分かった。もちろん、本数が多いとは言えないので、そこは注意すべきところでもあるのだけれど、ハンデ戦くらいに思って路線バス主体であちこち立ち回れば、それなりに面白い旅ができそうだ。そんな中、今回の旅の主眼は城に置くことにした。一応、バスでも届き得た知念城は諸般の事情により切ることにしたが、柱は浦添城と具志川城とする。後はこれに肉付けする感じで、今次の沖縄旅が出来上がった。

 まずは中部国際空港に向かう。これまで大して注目したこともなかったのだが、ミュースカイが追加料金の安価なわりに便利で設備もいいというので、使ってみることにした。設備的な面で言えば、wifiが使える以外だと、いかにも空港行き列車らしく荷物置き場があることくらいしか変わったことがない。名鉄唯一の特急専用列車なので、各車にモニターが付いていたりと、何となくハイテク感はあるが、終着駅の中部国際空港駅まで乗っても所要時間が短いこともあって、充電用の設備がついていたりもしない。というか、名鉄名古屋駅を出ると、金山、神宮前と止まって、その後は中部国際空港まで止まらない潔さこそミュースカイ最大の強みなのだろう。ちなみに、エヴァンゲリオン仕様の列車に乗ったが、見てくれが初号機カラーになっているだけで、中がさほど奇抜というわけでもなかった。

 以前話題にしたように、私が専ら使用しているジェットスターは、中部国際空港でも第2ターミナルを使用するようになってしまった。まず、駅から第2ターミナルまでが遠い。当然、第1ターミナルとは完全に別の建物である。あまりの別物ぶりに、中部国際空港ならぬ常滑空港になってしまったくらいの格落ち感がある。念のため早めに現地に着くようにしたけれど、空港で時間をつぶす術に困ってしまった。近くにあるのはスタバと、そんなに大きいとは思えない飛行機のテーマパークくらい。第1ターミナルまで行くことも考えたが、面倒くさかったのでやめておいた。

 たぶん、発着場所が変わったことと直接関係はないのだけれど、自動チェックイン機から発行された搭乗券が、白とオレンジのジェットスターカラーではなく、白一色にすべて英字というものとなっており、面食らった。というか、これまでだと往復で予約をすれば行のチェックイン時に帰り分の搭乗券も発行されたのだが、それがない。何となく不安になる。

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 そして、手荷物検査が終わってから、搭乗ゲートのあるフロアに行くまでが遠い。LCCの悲しさで、ジェットスターは第1ターミナル時代からものすごく端っこの搭乗ゲートを使っていたけれど、今度はそもそもゲートのあるフロアに行くまでが遠い。白い巨塔みたいな廊下を延々歩いていくと、床には消費カロリーが表記されているほど遠い。それでも一つ美点を見つけるとすると、スマホ充電用の電源数は第1ターミナルよりはるかに多い。この辺りは後発ターミナルの強みと言ったところか。それに、待合スペースが小さめに作られていることもあって、自販機やトイレまでの移動距離は短く済む。何がプラスに働くかわからないものだなあと思って用を足してからもといた場所に戻ったところ、少し席を外している間にたくさんの人が集まっていた。気が付けば出発の時が迫っていた。

 当然のことながら、飛行機の窓から見えるのは、基本的には雲か青空か数千メートル下の海面くらいである。沖縄行航路だと、潮岬とか奄美大島くらいは上空を通過するときに教えてくれることもあるが、大半は単調な風景を眺めるだけの時間となる。窓側の席を押さえる必要もないので、最近では予約時の座席指定はしないようになっている。するとジェットスター社は座席指定はどうですかと、案内のメールを送ってくれるのだけれど、それでも座席指定はしない。そうしたところ、非常口前の席に座ることになった。搭乗時、非常の際にはご協力をお願いしますと言われた。専門の訓練を受けたわけではないのでどの程度協力できるかは定かではないが、微力ながら協力しようという気になった。

 ところで、目下世界中を騒がせている話題と言えば、コロナ肺炎である。聞けば中部国際空港には武漢直行便が存在するらしく、ちょうど春節の入りに当たる今日など、空港界隈はさながら戒厳令下のようなことになっているのではないかと思っていたのだけれど、そんなことはなかった。飛行機の中も、そんなに緊迫した空気はなく、CAさん含めマスクをしている人もいるにはいたけれど、冬場ならこんなもんかと言った感じだった。かくいう私も、柄にもなくマスクをつけてはみたものの、那覇空港についたら暑くなってきたので早々にマスクを外した。そういえば今回の空路は、思いがけず平穏無事な旅となった。

 空港についたら、まずは港内にあった観光案内所に行き、路線バスの一日乗車券を買った。その名も沖縄路線バス周遊パスと言い、本島界隈を走っている琉球バス、沖縄バス、那覇バス、東陽バスといった複数社の路線バスに一日乗り放題という代物である。ただ、オールマイティというわけでもないらしく、高速道路を走る路線や空港リムジンバス、定期観光バスには乗れないということである。実用を考える際、多分一番大きな落とし穴となりそうなのは、これを使って美ら海水族館には行けないということだろうか。さすがに、そうは問屋が卸さないといったところか。価格は大人1日2500円なので、よほどちょこまかとバスで移動しまくるのでなければ、圧倒的にお得とは行かなさそうだが、乗るたびに運賃の支払いをしなくて済む気安さを買う意味で購入した。

 ちなみに「本券の使用は、観光を目的に短期滞在で沖縄県を訪問される県外在住の方に限ります。本券購入の際、旅券(または国の定める『短期滞在』を証する書類)または、利用者本人と、沖縄県外の在住を証明する書類、お帰りの航空券等の提示をお願いする場合がございます。」なのだそうだが、証拠書類の提示は特に求められなかった。顔パスだろうか。また、ゆいレールの乗り放題券と組み合わせての購入も可能のようだが、バス乗車券は明日1日でほぼその役割を終えるのに対し、ゆいレールは足掛け3日間にわたって使うつもりでいる。ゆいレール用には48時間有効の2日乗り放題券を買った。

 とりあえずこれで、今回の沖縄旅の下準備は終わった。まずは一気に延伸後のゆいレールの終点・てだこ浦西駅へ。以前の終点首里駅までは、那覇空港駅から約30分の道のりだったけれど、ここからさらに10分ほど距離が伸びたので、終点まで行くとちょっとした小旅行の感じがある。名実ともに単なる市内交通の域を飛び越えているので、わずかに10分ほどの延伸ながら、以前のゆいレールからは大分趣が変わったような気がする。

 もちろん、既存区間については私が沖縄に来ていなかった2年弱の間に大きく変わってしまったというようなこともない。琉球民謡を採用した接近メロディも、以前のまま。山手線や大阪環状線のような、駅ごとの選曲の違いで表される地域性は、県外民には感じにくいところだけれど、沖縄にやってきたという感覚は強く呼び起こされる。車窓から見える景観も大きく変わってはいない。強いて言うなら、旭橋駅から見える那覇バスターミナルの威容が、この地の交通ハブというにふさわしいものとして完成されたくらいだろうか。

 那覇の街は、政令指定市というわけでこそないが、街の周囲を取り囲む丘陵の内側に、人も都市機能も高度に集約されていて、大都会と言って差し支えないほどの景観を作り出している。街の活気で言えば、凡百クラスの県庁所在地では到底太刀打ちできないほどだ。ゆいレールはそんな街中の高空に敷設された軌道を走る胡座式のモノレールだ。今調べてみたところだと、日本のモノレール路線の中では、大阪モノレール、東京モノレールに次ぐほどの長さを獲得するに至っている。沖縄だからこざというわけでもないだろうが、少し前のブラタモリでも言っていたように、モノレールを鉄道と呼べるのかどうかは鉄道マニア業界でも議論のあるところで、ゆいレールの適用法令は鉄道法ならぬ軌道法となっているようである。

 とまあ、小難しい話は置いといて、列車は那覇の街中を通り過ぎ、郊外地域に入って行く。正月に転寝しながら見ていたブラタモリでも言っていたような気がするが、鉄道としてはものすごい傾斜の坂道を登っていく。そしてその坂を登り切るあたりに、再建された首里城があった。市民病院前駅に差し掛かる頃から、かつてはその姿が見えていたはずなのだが、今となっては石垣が見えるばかり。報道で事実関係は知っていたとしても、実際目の当たりにすると、言いようのない寂莫感が募ってくる。

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 しかし、今日は首里駅で下車しない。そのまま延伸区間に入る。那覇市と、北隣の浦添市の市境がどのあたりに来るのかはよくわからないけれど、首里のあたりが頂点となるのだろう那覇市周りの丘陵地帯を越えると、車窓からは緑地が良く目につくようになった。経塚駅に面した斜面は琉球墓で埋め尽くされているし、だいぶ雰囲気が変わった。そしてそこから二駅。ゆいレールにしては長いトンネルを越えると、てだこ浦西駅だった。浦西は地名だろうが、てだこは太陽の子というような意味らしい。

 一応下車してみたけれど、駅前はまだ開発工事中だった。一応、交通経路としてのゆいレールの機能は完成しており、駅も立派なものだが、そこと連携する都市インフラは、まだ整備の途中と言ったところのようである。そしてその傾向は、一駅那覇空港側の浦添前田駅でも同様だった。というか、今日のメインはこの駅からほど近くにある浦添城と浦添ようどれである。ただ、浦添城はともかく、ようどれが何のことなのか下調べも何もなくここにやって来ている。これも、ブラタモリによってその不思議な音韻だけが耳朶に残っている。

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 浦添城は、12~13世紀に築かれた城だと考えられているようである。実のところ沖縄の歴史は良くわからないため、単に保存状態の良いグスクということだけでここまでやってきた。世界遺産に指定されている今帰仁城、中城城、座喜味城、勝連城と言ったところには劣るけれど、石垣などは保存されているので、まあとっつきやすい部類に入る城なのだろう。どうも現地の解説などを見ていると、沖縄に興ったいくつかの王国のうち、中山の城だったようである。この王国が後に首里城に入り、一帯を統一して琉球王国を打ち立てるので、沖縄本島では最大の実力者ということになるのだろう。城の周辺は、沖縄戦の際に戦闘地域の一つとなっており、それでもこれだけの石積みが残ったのは運が良かったというよりない。太平洋戦争時に限らず、近世以前にも戦地になったと思われることから、全部が全部現存遺構ではなく、積みなおされた石垣なども少なくはないだろうが、しかし毎度のように感心させられる琉球王国の石造技術は、ここでも健在である。

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 ところで浦添ようどれとは、琉球王国の陵墓であるという。城跡にあった案内に従って歩いていくと、なるほど、石積みの斜面の下に、漆喰壁に横穴を開けることで造られた玄室があった。これも沖縄線で被害を受け、後年復元されたものだということだが、現在は、一般の見学者が不用意に近づけるような管理体制とはなっていない。現地の人々にあっては、管理する側も訪う側も、ここをまごう方なき霊域として認識しているようである。沖縄を旅していると時々気づかされるのだけれど、この種の敬虔さのようなものは、この地において特段に珍しいものではないようだ。

 浦添城は、丘陵地に築かれていた。日本風の城の区分で言うと平山城くらいの感じである。ここをあっちへうろうろこっちへうろうろしていたら、半そでTシャツという軽装になっていたにもかかわらず、汗が流れ出てきた。1月だというのに、やはり沖縄は暖かい。いや、沖縄に限らず今年の冬は全国的に暖冬だというので、もしかするといかに沖縄とは言え、これは暖かすぎるのかもしれない。

 とりあえず浦添城を落とした後、今度はおもろまち駅まで移動。いつものパターンだと、那覇空港に着いた後は初手で首里城に移動し、近くの史跡や古い町並みなどをそぞろ歩いて那覇の中心市街にたどり着き、宿泊施設へのチェックインまでの時間をつぶすパターンが多いのだが、さすがに浦添から那覇の街中まで歩くのは距離がある。たぶん10㎞弱と言ったところだとは思うが、地理不案内なので迷子になる危険が先立つ。そこで初日最後の立ち寄り先には、おきみゅーこと沖縄県立博物館を選んだ。平日でも18時まで、金・土曜なら20時までと、地方都市の博物館としてはわりと遅い時間帯まで開館しているのがありがたい。

 おもろまち周辺は、那覇の副都心である。再開発された町並みというのは日本のどこでも似てくるのかもしれないが、まるで東京近郊衛星都市の市街地のように、整然と開かれた街の雰囲気がある。そこに沖縄らしい猥雑さはないものの、これはこれで美しい町並みだと思う。以前、このエリアの取っ付きにあるシュガーローフの辺りまでは歩いたことがあるが、そのさらに奥には、大型の商業施設が立ち並び、さらに行くとくだんのおきミューが楚々として立っていた。早速入館する。

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 博物館という言葉の響きから、何となく人文科学系の施設を想像していたのだけれど、実際のところここおきみゅーは、人文科学と自然科学の両方にまたがるやたら学際的な博物館である。それでいて何となく統一感が取れているのは、日本国内にあっては独特の位置を占める沖縄に関する文物を展示する施設であるというところから来ているのだろう。個人的には、人文一辺倒の展示を期待していたので多少物足りなく感じるところはあったのだが、有名な港川人が実は沖縄の人?であることに気づかせてもらえたのは良かったと思う。それ以外で印象深いのは、石垣地方に見られるミルク神や伝統的な祭祀の展示、そして全く毛色が違うが沖縄のお正月食に関する展示だった。シャーマニズム系についてはもっと掘り下げてみたいテーマだけれど、ここ以外でもっと詳しい展示の見られるところというと現状では全くあてがない。食に関しては、明日以降の食事場所を考える材料にもなったし、何となくではあっても沖縄の懐に触れられるような気はする。

 時間も程よくなったので、宿に向かって移動を開始する。今日の宿は、那覇市内では古くからの盛り場ということになるらしい松山の一画にあるグリーンリッチホテル那覇/ホテル&キャビン。オープンからまだ1年経っていない大変新しいホテルである。もちろん、私が泊まるのは、安く泊まれる方のキャビン、要はカプセルホテルの方なのだけれど、簡易宿であるだけに、チェックイン前に食事を済ませてしまった方が都合が良さそうだ。

 盛り場とは言っても、松山近辺の街の様子は国際通り近辺の繁華街とは全く異なっていて、どちらかと言えばうらぶれた雰囲気の中に、大衆酒場みたいな規模の小さな店が点在しているようである。チェーン展開していそうな今風の店が目に付く国際通りとはだいぶ違った空気が流れている。そんな中、今日の食事場所に選んだのは、ホテルのすぐ近くにあったステーキハウス88Jr.。沖縄県民はステーキが好きというケンミンショー情報をもとに前々から狙っていた店である。一軒きりの名店というわけではなく、系列チェーンは市内至る所にあるし、それこそ国際通りにだって数店あるのだが、いつもの沖縄旅行だとあまりの盛況ぶりに尻込みをし、通りから店内の様子を伺っては回れ右して帰るような状態が続いていた。

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 今日こそはステーキを食べるのだという不退転の決意を胸に入店。すると、ここの店は国際通りほどには混みあっていなかった。というより、むしろ空いている。さほど広くはない店内だが、回転率が良いらしく、入店後すぐに席に通された。もっと高い肉はあったし、張り込むつもりもあったけれど、何となく王道っぽいサーロインステーキをオーダー。最初、ライスやスープの付いたセットを頼もうとしていたのだが、どうもステーキを頼めばライス・サラダ・スープとも食べ放題のシステムなのだという。これが沖縄式なのかどうかは知らないが、郷に入っては何とやらである。早速、食べ放題セットを取りに行く。

 これら三種の神器のうち、ライスはなんて事のない普通のライスだったが、サラダはファミレスによくあるサラダバー式のものではなく、小鉢に入った同内容のものを一点でも二点でも好きなだけ持っていく形式らしい。そして度肝を抜かれたのはスープの方で、具の少ないコンソメスープみたいなのを想像していたら、やたら具だくさんのスープだった。キノコ、根菜類のほか、スープにまで牛肉が入っていて、牛かぶり状態が発生。ただ、いずれも食べ放題メニューにしては美味だった。そして出てきたステーキも、普通においしかった。まあ、単価がそんなに安いわけでもないので、当然と言えば当然なのかもしれないが、次また沖縄に来る機会があったら、勇気を出してこの系列に入る価値はありそうに思った。ただ、同系列の店でもJrがつかない店の方が多い中、何がJrなのかはよくわからなかったのだが、どうもJr.の方が価格設定が安いという情報もあるようである。だからかどうなのかは知らないが、この店ではシングルプレイ台で一人ステーキに興じるおっさんの姿も少なくはなかった。

 とりあえず、腹ごしらえが済んだのでホテルにチェックインする。今回の旅行、えらく早いタイミングから航空券を押さえにかかった結果、運賃が高くついているため、宿泊費は努めて圧縮するようにした。そうして選んだのがこのホテルで、一泊料金は2500円とやたらに安い。個室なしのオールナイトサウナに泊まって、仮眠室で夜を明かすコースの料金設定である。新規開業売り出し中の価格設定なのかどうかは定かではない。一見不便そうな立地には見えるが、ゆいレールを軸に旅しているのでそのように見えるだけなのであって、付近に有名ホテルチェーンはいくつもあるし、むしろ那覇の町の歴史の中では、ゆいレール沿線の方が新興地なのかもしれない。少なくとも、場所が辺鄙だから安いというわけではなさそうだ。

 フロントで一通り施設の説明を受けた後、部屋に向かう。ロッカールームが狭いのと、シャワーの個室が二部屋しかないのは料金設定を考えればやむないと理解すべきところか。ただ、キャビンに行けばあると教えてもらったタオルがどうしても見つからなかったのには参った。もしかしたら初見殺しの何かだったのかもしれないし、単にホテル側がセットするのを忘れたものだったのかもしれない。フロントまで請求しに行くのもなんだか面倒くさかったので、安い宿だからということで納得し、タオルは自前のもので対応した。ちなみにキャビンは、新しい施設だということもあって綺麗だった。似たような価格帯の年季の入ったカプセルホテルとの比較で行けば、こちらの方が軍配が上がりそうである。部屋では美栄橋駅前の本屋で買ったかぐや様の最新刊を読んで時間をつぶした。

 とりあえずつけっぱなしにしていたテレビの天気予報によれば、どうやらこの先の天気はあまり良くないらしい。明日の空に、真っ黒なコウノトリが飛ぶことになるのだろうか。

つづく

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