雪国の春・その1

 新潟県。かつて戦国の名将上杉謙信を輩出したこの地も、現在では見渡す限りの水田が広がり、国内有数の穀倉地帯となっている。言葉のあやとかでなく、新潟県は本当に広い。この広大な新潟の地を舞台に、現在を生きる私は、駅を巡る戦いを開始しようとしている。

 駅メモによると、2020年現在、新潟県内には198の駅が存在することになっている。他県で間々みられるように、ゲーム上に廃駅のデータが登録されているわけではなく、路面電車の電停や、ケーブルカーなど軌道の駅も含まれておらず、一般的にイメージされる鉄道駅の実数と、事実上一致する数字なのだと思う。他県と比較して、多くもなければ少なくもない、まず平均的な駅数の県ということはできるだろうか。ただ、その路線網は、県土の広さに見合った広がりを持っており、その攻略はなかなか容易ではない。路線図的に俯瞰すると、東西に長い県内を、半ば海岸線に沿うような形で本線格の信越本線・羽越本線が走っている。そしてそれぞれの本線には並行路線のような形で越後線や白新線が伸びており、特に前者二路線に関しては、ハシゴをかけるような形で延長の短い弥彦線が相互を連絡している。

 さらにこれら県内でも格が高いと思われる本線からは、内陸部の他県に向かう路線が複数伸びている。米坂線、磐越西線、上越線と言ったものがそれで、上越線からは、さらに枝分かれする形で只見線が福島県方面に、飯山線が長野県方面に向かい伸びている。JRの路線では、これらに加え御存じ上越新幹線が走っている。JRの路線に限定するとおよそこんな状況だが、要するに路線網が四通八達しており、各路線を余すとこなく取ろうとすると、その余勢をかって隣接県まで進入した方が長期的に見て効率が良いということになってしまう。困ったことに、米坂線、磐越西線、飯山線は列車の運行本数が少なめで、そのさらに上を行くボトルネック路線只見線は、福島県側で不通区間(代行バス輸送区間)が存在しているという有様で、どうにも一筋縄で行かない。

 これに加えてさらに、三セク線である北越急行やえちごトキめき鉄道の各路線が存在しており、18きっぷ利用による遠征の際の関門となっている。ちなみにえちごトキめき鉄道は、かつての北陸本線や信越本線の一部の成れの果てである。北陸新幹線の開通に伴いJRから移管されたもので、新潟県内には北陸新幹線の駅も存在はしているが、これらはえちごトキめき鉄道線を取れば自動的に取得できるので、大した問題ではない。話が前後するが、北陸新幹線とえちごトキめき鉄道日本海ひすいラインが乗り入れる駅となっている糸魚川駅からは、長野県に向かってやっぱり列車本数の少ないJR大糸線が伸びている。新潟県内のJR路線という視点から見ると、大糸線だけが離れ小島みたいに他から切り離されている。

 長々説明してきたが、要するに新潟の全駅制覇は、駅数の控え目さに反してカオスな状況であると言わざるを得ない。そのため、これまでのところ各方面からヒットアンドアウェイを繰り返して少しずつ切り崩してきたのだけれど、頑張った甲斐あって、後は信越本線と越後線、弥彦線、米坂線、磐越西線を残すだけという状況となった。2020年春の18きっぷ旅新潟行は、もともと予定していた東北平定旅が、三陸鉄道の全線復旧時期と折り合わなかったためにおじゃんになり、その代替として用意したものというのが実情だが、攻略難易度の点からは、東北ほぼ制覇旅と遜色ないと言って良いだろう。要するに今回の旅、米坂線経由で山形県に入り、山形新幹線で福島県まで進んだ後、磐越西線で新潟県に戻り、信越本線で柏崎駅まで移動し越後線で新潟駅まで折り返す旅、となる。

 というわけで、まずは旅のスタート地点となる新潟駅まで、夜行バスで移動することになるのだが、実はスタートラインに立つ以前から戦いが始まっているのが今度の旅の厄介なところである。すでに触れた通り、これまでで各方面から新潟県にアプローチしているので、直江津以西の駅はすでに掌握しているのだけれど、直江津より東側となると、ほくほく線を使って六日町に抜けるルートを開通させてはいても、潟町駅から柏崎駅までがごっそり抜け落ちている。今日の後半、信越本線と越後線を折り返すフェイズで、新潟と直江津の間を往復すればそれで済むということもできるが、新潟‐直江津間を往復するか、それより少し短い新潟‐柏崎間を往復するかで、ゴール時間が1時間半近く変わってくる。直江津まで往復するとなると、ホテルへのチェックインが23時近くになるため、できればそれは避けたい。

 幸いなことに、バスの走る北陸自動車道からでも、潟町から柏崎の間の駅を取ることはできそうだった。それ以外の、信越本線・越後線の大多数の駅はいずれ夜に取らなければならないが、せめてここで潟町‐柏崎間を取っておくことができれば、後の状況が俄然良くなる。唯一の問題は、バスがこのエリアを通る時間帯が良くわからないことだが、ヒントは駅メモのデータの中にあった。この、上越市近辺の駅の一部で、初回アクセスの時間帯が午前3時過ぎとなっているところがある。これはおそらく、今回と同じように夜行バスで移動し、たまたま目覚めたバスの車中から駅を取った痕跡だ。さらに調べていくと、くだんの高速バスは午前3時半過ぎに木田バス停という上越ジャンクション付近のバス停に停まるようである。このバス停への停車時間に起きていれば、潟町~柏崎取得ミッションは達せられることになる。

 そこで、スマホのアラームをセットし、イヤホン着用でその時を待った。果たして午前3時半に起きることには成功した。駅はどうか。チャックインしてみると、直江津よりわずかに南に位置する妙高はねうまラインの春日山駅が取れた。我、勝てり。後は予定の駅を予定の通り取るだけである。眠かったが、潟町から柏崎までは一本の線でつながった。これで今夜は、早めにゴールできそうだ。安心したが、今度は眠れなくなってしまい、まんじりともせぬうちに新潟駅前に到着した。

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 新潟駅からは、まず白新線で新発田駅を目指し、そこで羽越本線に乗り換えて坂町駅まで進む。さらに米坂線に乗り換え、一気に終点の米沢駅まで進んでも良かったが、先を急いでも、上手い時間の使い方が見つからなかったので、途中の今泉駅で山形鉄道のフラワー長井線に乗り換えて終点の荒砥駅までを折り返すことにした。厳密に言えば、さっさと会津若松駅まで進んで、会津若松観光をするという手はあったのだけれど、さざえ堂とフラワー長井線をはかりにかけ、長井線を取る形になった。

 ちなみにこの辺り、フラワー長井線を除けば軒並み既訪路線である。のみならず、新発田駅のように下車して城を攻めた駅まであるが、米坂線に関しては、前に来たのが13年前の夏だ。ちょうど大河ドラマで直江兼続をやる前年頃だったので、新潟から米沢に抜ける旅程としたものだったが、だいぶ時間が経ってしまったわ、季節も違うわで、こんなところに来たことがあっただろうかという感が強い。特に雪の有無は、車窓風景を全く別物に変えてしまう。意外だったのは、その雪も新潟県内の平野部にはほとんど残っておらず、新潟山県の県境の山間部付近でようやく一面銀世界になる程度の状態だったことだ。今年の冬は雪が少ないとは言われていたが、雪国をしてこの調子とは、本当に雪が少ない年だったらしい。

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 新潟駅を出発してから3時間余り。今泉駅に到着。フラワー長井線は、もともと国鉄長井線だったのだそうだ。そうした背景もあって、今泉駅での乗り換えは、その気になれば改札を出ずして可能となっているのだけれど、もちろんフラワー長井線に18きっぷで乗車することはできない。おとなしく駅舎まで移動し、荒砥駅までの切符を買いなおした。JRと山形鉄道のホームを繋ぐこ線橋には、「同期のサクラ」というドラマに引っ掛けた、これまで通学にこの路線を利用してきた卒業生に向ける、山形鉄道の職員からのメッセージが掲げられていた。大都市部ならともかく、この地域に暮らす子らの中には、高校卒業後にそのまま故郷を離れることになる者も多いのかもしれない。そこにはいろいろなドラマがあったのだろうかと月並みな想像を巡らせるのとともに、そもそも昨今のご時世で卒業式はできたのだろうかというところが気になった。

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 乗り込んだ列車は、コトンコトンと音を立てながら終着駅を目指す。実際そんなに軽い音であるはずはないのだけれど、いかにもローカル線らしいのんびりとしたペースで田園地帯を走っていくので、仰々しさもない。沿線に雪はないが、さすがに近くの山並みはまだ白く雪をかぶっている。フラワー長井線は、南以外の三方を山並に囲われた、谷あいとも盆地ともつかない平地の中を走る。近くに、つかず離れず最上川が流れているが、最上川は北行し、置賜地方と村山地方を隔てる山を貫いて、やがて日本海に至るようだ。さすがに列車はその川の流れに最後まで付き合うことなく、今泉駅から40分ほどで終点の荒砥駅に着いた。田舎の無人駅みたいなのを想像していたが、小ぶりながら瀟洒な駅舎を備える駅だった。駅舎内には、小さな資料館スペースが併設されているようだったが、この駅に滞在できる時間もそれほど長くはなかったため、入口から眺めるだけにとどめた。駅舎内には、この地方に伝わるだんごさげと呼ばれる風習をディスプレイしているなど、心憎い演出も見られる。

つづく

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