雪国の春・その3

 旅の二日目は、まず新潟から関東に復帰するのが第一段階ということになる。これを在来線頼みで実現することになるのだが、群馬県に入ってからの水上駅がボトルネックとなるためか、早発しようが多少遅かろうが、結果に差はないということが分かった。7時過ぎの列車でまずは長岡を目指し、その後はそのままの流れで水上まで行けば良かったのだけれど、気持ち早めに駅に着いたら、すぐに長岡駅を目指す列車があるようだったので、さっさとこれに乗りこんだ。道中、正攻法で亀田から新津までの駅を取って、新潟制覇は完了した。駅数のわりに、結構手間のかかる県だった。

 結局のところ、同じ時間を新潟駅で待つか長岡駅で待つかの差しかなかったのだけれど、それでも先に長岡まで進んだのには訳があった。もうずいぶん昔の話になってしまったが、大学入試受験のため、高校生の私はこの街に来たことがあったのだった。濃密な思い出があったというわけではなかったけれど、それでも懐かしい街ではあった。

 まずは駅構内の蕎麦屋で朝飯を食べる。注文したのは、ふのりそば。実質はへぎ蕎麦と同じものである。ふのりをつなぎに使った蕎麦をへぎという器に入れて客に供するものがへぎ蕎麦なのだそうだ。実際食べてみると、悪くはないのだけれど、普通のそばの方が好みかなという気はする。何というか、歯触りが柔い。まあ、へぎそばがざるそばの系統であるのに対し、今食べているのはかけそばなので、だいぶ雰囲気が違うというのはあるのかもしれない。

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 とりあえず、新潟の地場そばを食べるという欲求は満たされたので、駅前に出てみる。昔泊まった駅前のホテルは、今も変わらずそこに建っていた。何せ立地が良いので強いのだろうか。昔の馴染みを見つけたような安心感があった。一方、駅前にあったイトーヨーカドーは、建物だけを残して撤退していた。調べてみると、2019年の2月くらいまでは営業を続けていたようなので、良く持った方と言えるのかもしれないが、地方都市の空洞化を見ると、やはり寂しい気分にはなる。前々から知っていたが、長岡駅はたぶん土地の確保が容易だったのだろう長岡城の跡地に立っていて、代わりに城の方は跡形もなくなっている。せいぜい駅前に広場石碑が立っているくらい。また、長岡は有名な火焔式土器の出土地らしく、少し離れた場所にそのモニュメントも立っている。

 20分余りだっただろうか、持ち時間を消費し、勇躍水上行の列車に乗る。長岡から南に向かって走る上越線沿線のこのエリア、そんなに足しげく来れる位置ではないけれど、過去何度か来たこともある。駅間距離が長めでスピードも出やすいこと、山過ぎず、平たん過ぎずの絶妙な山間部を走ることもあり、比較的変化に富む車窓風景が展開されると言って良い。残念ながら、観光名所というほどの美観もないが、退屈しないで済むのはありがたい。ちなみに、上越線の路線名は、は旧国名上野と越後の頭文字を取ったもので、列車が走るのは主に中越地方である。新潟県内の地域区分にある上越が、そのまま上越市を中心とする県西部に位置し、上越線沿線にあたらないのは、そういう事情による。

 豪雪地帯で鳴る魚沼地域に入った。日本海性の気候を呈すると思われる新潟県でも、海に近い平野部には雪がほとんど存在していなかったが、新潟群馬県境の山が近づくにつれ、さすがに沿線には積雪が目立つようになってきた。例年に比べ、スキー場を営業するには心もとない積雪量なのかもしれないが、首都圏の人々を広く受け入れるスキー場地帯の様子を眺めていると、何とはなしに心が浮き立つものを感じる。スキーリゾートというのも、意外と悪くないのかもしれない。私自身、滑れるというほどスキーは滑れないのだけれど。ほとんどの時間を移動に費やしている今回の旅だが、要所要所で旅情に浸れるのはめっけもんだったという気がする。

 そして、列車は県境の長いトンネルを抜けて群馬県に入った。トンネルの関東側は、雪国の風景から打って変わり、春の浅い山間の町の風景が広がっていた。残念なことに、雪は消えても天候はあまり良くなく、空は曇天模様である。

 群馬県の駅攻略にはまだ課題を残すが、今日は群馬県の未取得駅はほぼ無視して、八高線を南進、拝島駅目指すことにする。八高線は、JR路線では数少なくなった未コンプ路線の一つだが、平行路線や交差路線が多く存在するため、人口稠密地域の路線らしく、意外と多くの新駅が取れる。取れるが、悲しいかな土地勘が全くないので、手探りの中、何が何やらわからぬまま思ったより多くの駅が取れたというのが正直な感想だ。展望もなく漫然と先に進んでいるせいか、明らかに睡眠時間が足りていなかった昨日よりも、なお一層眠気を催してくる。

 八高線の南部は、以前のゲーム内イベントで秩父に行った時に取っているので、拝島駅からは青梅線に乗り換え。このゲームがなければ来る機会があったかどうか怪しげな路線だ。一応、この路線の最奥のさらに奥には百名山ともなっている雲取山があるものの、この山に来る機会があるかどうかは今のところ何とも言えない。今のところ、標高2019m特需に沸いた東京都民の山という以上の印象は持ち合わせていない。

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 拝島駅は、東京都下郊外の駅という雰囲気ではあったが、乗り換えた先の青梅線沿線は、どんどん鄙びていく。乗換駅となる青梅駅周辺は本当に東京都内の市部なのか、謀られているのではないかと疑いたくなるほど、一種異様な光景が広がっていた。山が近いのに、妙に人口密度は高そうな独特の景観。これが東京都なのだと言われれば、正しくそう言うものなのかもしれない。天候の悪さもあり、気温はだんだん下がってきているらしい。終点奥多摩行の列車を待つ間も寒くて仕方がない。

 ただ、待った甲斐あってと言うのか、青梅線後半の車窓風景はなかなか味わい深かった。山間なのに人が多いという特徴はまさにそのまま引き継ぎつつ、それでも眼下には滔々と清らかな川が流れている。何やらのチロルと呼ばれる地域が三遠南信の山奥に存在するが、あれの人多いバージョンみたいな街並みが広がっている。同機はやっつけ仕事的なものであったにせよ、ここまで足を運んだことが報われたような気はした。

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 奥多摩駅までは、およそ30分ほどの道のりだった。奥多摩駅は、それが無人駅であってもおかしくないほどの規模の駅だったが、それでも改札に人はいた。たぶん、JRの社員ではないのだろう。若干の時間があったので、一度駅の外に出てみた。山間の田舎町というには、にぎやかな雰囲気である。「山と食欲と私」の雲取山の回で駅前の風景が書かれたことがあったが、ほぼまったくあのままの街並みがそこにあった。

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 時間があればもう少し散策してみたいような気もしたが、時間がないのが駅旅の常。駅前滞在10分に満たないほどのうちに電車の方に引き返した。そこから、ついさっき来たばかりの道を引き返す。夏の夕暮れにやってくれば味がありそうな路線だけれど、冬の、しかも天気の良くないときにやって来てしまったから、実際以上に寒々しさはある。

 さらに引き返し、高麗川で川越線に乗り換え。高麗川と書いて「こまがわ」。変わった読み方のようにも思えるが、大昔から高麗系の士族を「こま」と呼ぶ習慣はあったようで、全く奇抜なものというわけでもなさそうだ。秩父地方を根拠にした領主にも高麗氏というのがいたそうなので、同起源の地名なのだろう。ただ、八高線の駅の例に漏れず、関東平野の縁みたいなところに位置しているため、ターミナル駅としての重要性に反してまた来る機会があるかどうかはかなり怪しい。今日は未コンプの川越線を取る用事があったのでここに来ることになったが、沿線で見るべきもののうち最たるものだろう川越城はすでに見たことがある。前に来たときはJRで来たか、私鉄で来たか、記憶が定かではない。

 関東の都市は、広大な平野のそこここに脈絡なく配置されている感じがして、どのあたりに何市があるのか、いまだに慣れないが、川崎市からさいたま市はそれほど距離がないらしく、一大ターミナルとなっている大宮駅にもごく短時間で着いてしまった。ここからさらに宇都宮線に乗り換え、今日のゴール地点宇都宮を目指す。栃木県北部地域には、駅旅でも普通の観光でも、また山旅でもやり残したことが多くあるが、とりあえず今回はJR路線の制覇を目指す。そのための足掛かりとしての宇都宮泊まりだった。

 が、本格始動は明日の朝。今日は駅前の健太餃子で餃子を食べ、英気を養うことにする。毎度思うのだが、手を伸ばしやすいから食べはするものの、宇都宮餃子って特別旨いというほどではないような気がする。いつも安直に、駅前で目に付く店に入っているからそれがダメなのかもしれないけれど。

つづく

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