山登ってみよう【縦走東海自然歩道・牛妻坂下~竜爪山~大平・前編】

 竜爪山は、東海自然歩道静岡県コースに横たわるコース内最高峰である。双耳峰で、文殊岳(1041m)と北側の薬師岳(1051m)という二つのピークから成る。展望の良い山らしく、地元では人気のハイキングコースとなっているようだ。この山が見えてくると、静岡県コースの終わりは近い。逆の見方をすれば、ここが静岡県コース最初の関門と言うこともできる。

 この山を絡めたコースを歩くにあたって、問題がある。以前は、下山後小一時間歩いたところにある県道196号に沿って、しずてつの路線バスが走っていたのだけれど、これがなくなってしまった。完全消滅ではなく、これに代わるものとして地元NPOが運行するデマンドバスが残ったのだけれど、これの敷居が高く、使い勝手も良くない。デマンドバスというのは、田舎に行けばそんなに珍しいものでもないが、平たく言うと予約制路線バスのようなものだ。運行時間にバス停に行ったからと言って無条件に乗れるものではなく、このエリアを走っているココバスも、事前に予約がいる。厄介なことに、日曜は運行していないらしい。そもそもが、基本的には地元民の足となるべく走っているもので、部外者の利用が明確に禁止されているものでこそないが、積極的に外部に向けて宣伝するものでもないらしく、利用方法があまり大っぴらにされていない。

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 新幹線を使うと、静岡までは意外に近い。7時台には静岡駅に降り立つことができる。今日のスタート地点となる牛妻坂下のバス停までは、掛け値なしにしずてつジャストラインの路線バスが走っており、比較的本数も多いので、郊外エリアながらアクセスは容易だ。順調に走って、8:08には曙橋東詰に着いた。ここが前回のセーブポイントだ。お社や石仏が立つちょっとした広場がある。ここで今日の山旅に向け装備を整えたが、思いがけない躓きがあった。カメラを持ってくるのを忘れた。まあ、今日びはスマホで十分代用が利くのだけれど、使い慣れた機材でないところに不安が残る。実際、帰宅後に撮った写真の内容を確認していたところ、撮ったつもりで致命的な写真を押さえられていなかったこともあったり、代わりに地面を映していたりのチグハグぶり。それに、今回はカメラだったから良かったようなものの、もっと重要な装備品を忘れていたりしたら事故につながる。全く、たるんどる。

 そんなこんなで、スタートを切る。竜爪山は、その名が表している通りというべきか、静岡市街に近い山ながら急峻な地形をしているようである。比較的標高の低い安倍川から一気に1000m近くまで突き上げるような形となる。東海自然歩道も、そういう山に登る関係で、わりとグングン高度を上げていく。序盤は、ごく普通に舗装の施された道を登っていくことになる。道沿いにはクマ出没注意の看板。ラミネート製の簡易なものではなく、道路標識のような頑健さを誇っている辺り、最近たまたまクマが出たのではなく、常設イベントなのかもしれない。

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 この近辺の道、平均して強めに傾斜しているので、普通の登山道を登るのと違った筋肉に負荷がかかり、歩きにくい。その先は、例によって茶畑になっている。静岡県コースでは何度目になるかわからない光景だが、素朴な気持ちで眺めてみると、青空を背景に、緑の茶畑が映える。後はもう少し、茶畑一辺倒のコース取りでなかったならば。静岡県を振り返ってそう思う。

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 30分ほど登って、擁壁のすき間から、待望した登山道が始まった。その先に待っていたのは、これも静岡県コースではありふれた光景となった感のある人工林。道が荒廃しているよりは良いか。立派な規格の道ではなく、濃い踏み跡程度のコースでしかないけれど、たぶん林業関係者が良く踏んでいるので、道がわからなくなるほどのところもない。しかし、相変わらず傾斜はきつい。アップダウンはもちろん、踊り場的な平たん路もない。折り返しが延々と続くのもそれはそれで飽きが来そうだが、時には鬼のような木段直登が姿を現したりするので油断ができない。まあ、仕方がない。痩せても枯れても、900mを登る登山コースなのだから。むしろ、山登りが今日の最序盤で良かった。杉の木立に阻まれて、ほぼ展望のないコースだけれど、一応、振り返れば南アルプス深南部のそれと思しき雪山は見える。ほとんどあてずっぽうだが、大無間山とか、黒法師岳とか、そのあたりの山か。印象的な名前を知っているだけの山を思い浮かべてみる。

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 9:30、手ごわい登りと格闘し、光指す稜線に出た。鉄塔の脚部に腰を下ろし、喉を潤す。今日のいでたちは、毎度おなじみ、陸戦型ガンダムの背部ウェポンコンテナ風バックパックを背負っている。山を下った後に長距離を歩く予定なので、替えの靴をもってきているのが大きいが、そのほか、使うか使わないかわからないタブレット、予備バッテリー、都合約2リットルの飲料、そしてそれ自体が重いバックパック。もっと軽量化してくるべきだったか。後悔したが、もう遅い。いや、これはトレーニングのための負荷なのだと、自分に言い聞かせる。ここから、登りの終わりとなる竜爪山山頂までは1時間ほどの距離か。

 うれしくないことに、間近に控えるピークをやり過ごした後の登り返しがありありと目に見える。幼木が生えるだけの、日の当たる平らな尾根筋を歩いていくと、すぐに急な大下りが始まった。これ自体は大して高度を落とさなかったが、もう一度登り返したあたりが若山の山頂。おそらくそれ単体を登山対象として登られることはないのだろう無名に近い山なのだと思う。杉木立の中の、展望も何もないピーク。標高は844mとあるが、単純計算でまだ最低150mは登らなければならない竜爪山文珠岳までの距離は、1.8㎞70分とある。

 いつも思うのだが、山で見るこうした距離は水平距離なのか、沿面距離なのか。それによって、覚悟の量がだいぶ違ってくる。ちなみに、若山山頂を踏んだ後、100mほどは大下りすることになるので、当面の目標地点となる文珠岳までは300mほど登り返さなければならない。相変わらず急な登りが続くけれど、木々の切れ間から、駿河湾や伊豆半島の天城山が見える。東海自然歩道から山が見えるのは珍しくもないが、海が見えるのはレアである。そんなレアな光景を励みに先を目指し、10:41、文珠岳山頂に到着。

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 山頂周辺はは大きく切り開かれていて、駿河湾に面した斜面の展望に優れている。この斜面には、簡易ながらベンチとテーブルが何セットも置かれていて、休憩するにも良さそうだ。実際、多くの人がこの斜面に憩っていた。これらの人のほとんどは、これから私が向かうことになる穂積神社の方から登ってきたのだろう。今日ここまで、しばしばトレランの人とはすれ違ったのだけれど、牛妻方面から登って来た人に会うことはなかった。それはさておき、場の雰囲気に流されたこともあり、幾分か早いが、ここで昼食とする。ここが今日のコースのハイライト。この先、休憩するのに向く場所がどれほどあるかわからなかった。

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 しばしの休憩で、英気を養う。くだんの休憩適地からはそうでもないが、山名票の辺りからだと、実は富士山が見える。ついに静岡県が最終兵器を繰り出してきた。富士山は新幹線の車中から見るものという哲学を持つ私も、記念に山名票ともども撮影…したはずだったのだが、後でスマホのデータを見てみたら、失敗していた。こういうことがあると、やっぱり使い慣れた機器を使うに如くはないと思ってしまう。そうやって冒険を遠ざけるようになるのが、歳を取るということなのかもしれない。ちなみに、富士山は別の機会に撮影することができたので、それでよしとする。

つづく

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