山登ってみよう【縦走東海自然歩道・牛妻坂下~竜爪山~大平・後編】

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 双耳峰なので、文珠岳から薬師岳に行くまでの間は、やはり100mほど下って登っての道のりがあるのだけれど、肝心の薬師岳の山頂には仏様が祭られているだけで、ハイキング的にはあまりポイントが高くない。東海自然歩道規格のベンチとテーブルはあれど、誰も休憩してはいない。私も、写真だけ撮ってそそくさと通り過ぎる。

 事程左様に、竜爪山への登山コースとしては、圧倒的に穂積神社側からのそれの需要が高い。何しろ神社まで車で上がれる。神社から山頂までの登高距離は300mほどと思われ、ちびっこでも比較的容易に登ることができ、かつ山頂展望に優れるため、手軽なハイキングコースとして都合が良いのだろう。そう思っていた時期が私にもあったが、いざ神社側に下ってみると、登山道の急さは、牛妻側から登った場合とどっこいどっこいかそれ以上。登るのも辛そうだが、急坂を下っているうちに足が萎えてきた。穂積神社までの道は、金属製のプレートを用いた階段で完璧に整備されている。言い換えれば、自然の斜面に道をつけるのに限界があるほどの急傾斜ということなのだろう。

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 11:34、穂積神社の裏手に出た。文珠岳から薬師岳までは10分ほど、薬師岳から穂積神社までは20分ほどの道のりだった。小さな境内には静謐の空気が満ちていたが、境内にはハイカーと思しき人たちの姿もちらほらとあった。自販機もあるようで、常に人がいるような神社ではなさそうながら、祭礼の時などを中心に人が集まってくるようだ。神社の一画には竜爪山の由来を記した案内板があった。経年劣化で文字が消えかかっているが、

竜爪山の名の由来は、日本武尊が東征のとき、山から時雨が襲ってきて衣を濡らしたことから時雨峯、時雨匝山(しぐれめぐるやま)と書き、時雨匝山(じうそうざん)と読んだことから、「りうそうざん」になったと言われ、又山頂に雲がたなびき、竜が降りて、誤って木の枝に爪を落としたことから名付けられたとも言われています。


 とある。名前からして起源は竜神伝説の類以外に考えられないと思っていたが、日本武尊ときたか。考えてみれば、ここからそれほど遠くもない焼津も日本武尊伝説にちなむ地名だし、時雨匝山の方が話としては古いのかもしれない。ちなみに、看板は昭和61年に清水市によって建てられたようだ。今となってはこの山の周囲はどっぷり静岡市となっているが、かつては山越えで清水市内に入ったということなのだろう。

 穂積神社から先、東海自然歩道は静岡市近郊のメジャーハイキングコースから外れ、すっかりマイナールートの様相を呈してくる。自分以外は誰もいない山道をとぼとぼと下っていく。傍目にはわびしげに見えるのかもしれないが、東海自然歩道の旅人にとっては、何をいまさらというほどにありふれた状況だ。ただ、歩く道だけは相変わらずの急坂である。両側が切れ落ちたような尾根道を歩くところもあるし、意外に油断できない。一瞬だけ、穂積神社に通じる舗装道路と交差したため、山道の終わりも近いかに思いきや、ここからが意外と長い。ちなみに、ものの本によれば、このコースの近辺に糸魚川静岡構造線の露頭があるのだそうだが、そっち方面には疎いので、特に解説もない状態でそれとわかる地形を見つけることはできなかった。

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 20分ほど下って谷底の渓流沿いにたどり着いたが、渓流に絡みながら歩いているつもりでも、気が付けば川面がはるか下方に遠ざかっていたりする。山で道に迷ったとき、沢沿いに歩いていくと滝に行き着いて進退窮まると言われる話を思い出す。この急激な高低差の変化はどうだろう。渓流から林道に出るまでは意外と早かった。出合には、例によってベンチとテーブル、案内板があった。たぶん、ここから先はずっと舗装道を歩くことになるので、靴を普通のウォーキングシューズに履き替えようかと思ったが、なんだか湿っぽそうなベンチなので、つい避けてしまった。パッとしない林道歩きは長く、一区切りつくまで50分ほどかかった。

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 道沿いにあったキャンプ場の片隅で、靴を履き替え、再度装備を整える。黒川キャンプ場とあり、いちおうテントサイトもありそうだが、渓流に遊び、デイキャンプをするような使い方が主なのだろう。東海自然歩道を歩いていて本当に中断地点に困った場合、人によってはここで幕営ということも考えられなくはないのかもしれないが、どうもそういう雰囲気の場所ではなさそうだ。大々的に観光地化されているというわけでこそないが、周辺には商店や飲食店もあり、わりと賑わっている。そしてそうした店の一つで、ヤギが飼われていた。当たり前だが、メェ~と鳴いている。田舎だからと言ってどこにでもいるようなものではないだけに、なんだか不思議な感じがする。

 さらに10分ほど歩いて、県道に行き当たった。ここからは本当に、県道沿いに県境方向に向かって歩いていくだけである。静岡県のどん詰まりのような場所に向かって距離を詰めていく形にはなるが、過疎地の侘しさはない。もちろん都会的でもないけれど、個人商店の類はちらほらと目につくし、子供の姿も多い。道を行く車も多く、荷台に子供を乗せた軽トラ、ノーヘルの原付なんかはいかにも田舎道の風景という感じがするが、呑気にながらスマホで運転しているワンボックスなんかもいる。そんなに広い道ではないこともあり、うかうかしていると跳ね飛ばされそうである。民家の分布には濃淡があったが、それでもだんだん奥地に入り込んでいく実感はある。行く手の山並みに一段低くなっている鞍部を見つけ、あれがこの先目指すことになる田代峠なのだろうかと、想像を巡らせる。

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 小一時間ほども歩いて、14:02に大平バス停に着いた。ロータリーとまでは言わないが、一応駐車場風に整備された空き地のバス停である。デマンドバス「ココバス」の終点はここだという。つまり、公共交通で来られる最奥地がここということになる。今日はどうにか歩いたが、次回はバスを使わないことにはどうにもならないかもしれない。

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 これからが本当の地獄だ。

 その昔、東海自然歩道が整備された頃。一応、コース選定に際しては、そこここからの公共交通アクセスが可能になるように配慮されたものと聞いている。時が流れ、路線バスを中心に、かつての公共交通網が寸断状態になったとは言え、これまでのところは一応タクシーやマイカーなどを使わず、鉄道とバスを頼みに大阪まで歩き、静岡まで歩いてきた。が、今日は過去のそうした歩行の中でも、最も長距離にわたって、公共交通の起点までつなぐためだけの歩きを強いられることになる。いろいろな計測アプリ・サイトを頼りにしてみても、大平バス停からしずてつジャストラインの但沼バス停までは13~14㎞歩くものとされている。ショートコース相当とは言え、それだけで1日の東海自然歩行距離であってもおかしくないほどの道のりを行かなければならないのが億劫である。まあ、今日は覚悟のうえでここまで来たのだ。どうしてもいやになったら途中でタクシーを呼ぶ手もなくはないが、もうひと頑張りしようではないか。

 牛妻坂下からここまでの歩行距離が17㎞余り。これに14㎞を乗せると、一日の行程が倍近くに伸すことになる。過去、コース離脱後の歩行距離または歩行時間が最も長くなったのは、三重の沓掛から関駅まで歩いたときか。それとも愛知の寧比曽岳山頂から路線バスの伊勢神バス停まで歩いたときか。伊勢神の時は、腐っても東海自然歩道の恵那コースに沿って山を下ったものだったが。

 今回は、県道へのエントリーポイントとなった西里地区までは、とりもなおさず来た道をそのまま引き返さざるを得ない。やってることの不毛さに、気分は下がる。と言って、西里より先に歩き甲斐があるかというと、そんなことはない。歩道のない県道に沿って歩く距離が長く、快適で楽しいウォーキングとは行かない。その点ではむしろ、東海自然歩道区間の方がまだ可愛げがあったと言える。2時間前、竜爪山を下って県道196号に出会ったとき、大平に向かうのではなく、そのまま但沼に向かって歩けば、今頃はゴールで来ていたのだろうか。そんな計算ばかりが頭の中をぐるぐる回る。

 西里から大平までは1時間弱の距離。西里から但沼までは2時間ほどの距離。大平から距離・時間共に、半分ほど歩いた路傍で休憩した。県道の名に恥じない、畑の真ん中の広くてまっすぐな道だ。歩道もあるので、その辺でへたり込んでいて轢かれる心配はないが、通行量が結構あるのでわりと排ガス臭い。が、全身を包む疲労感に支配されながら田園地帯の片隅にたたずんでいると、これでもかけがえのない至福の時のように思えてくる。が、少しの休憩で歩き出す。立ち止まっていたら、いつまで経ってもゴールできないのが今日の旅だ。

 行くほどに、沿道に賑わいが戻ってくるのも、何となく疲れた体に力を与えてくれる。和田島地区辺りまで進むと、民家・商店とも数が増え、良い感じの田舎町の雰囲気になってくる。その一画にココバスの事務所があり、日曜の今日は完全休業状態になっているのがはっきりわかるの悲しい。こんなに苦しいのなら、悲しいのなら、敷居が高いなどとは言っておらず、次回はココバスを使う。帰ったら時刻表や利用方法を再度勉強せねば。

 17時ちょうど、どうにか但沼車庫バス停まで歩き抜いた。車庫と言いながらほぼ駐車場のようなところだが、一応待合室があるあたり、本来この地域のバスターミナルの役割を担う場所だったことがわかる。たどり着いた目の前には清水駅行きのバスが待っており、慌てて乗り込んだので、バス停付近の写真は一枚としてないけれど、但沼車庫から興津駅までの道沿いには、引き続いて感じの良い田舎町の風景が展開されていた。名前になじみはあれど、こんなことでもなければ利用することはなかっただろう興津駅も含め、何かの導きで縁づいたこの地との関係が、何かとても尊いもののように思えた。何て事のない山道。何て事のない田舎。そこを繋いでいくことに、私は、東海自然歩道を歩く意味を見出しているのかもしれない。
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