暗雲

 南アルプスの多くの山小屋が、今期の営業休止に向け舵を切ったらしい。北の小屋の多くは、これとは対照的に営業規模を縮小しながら今夏も小屋を開く方針を打ち出しているので、ある意味で対照的な判断と言える。が、南の判断は、明に暗に北に影響してくると思う。一番現実的な影響として考えられるのが、もともと南に行くつもりでいた首都圏勢が北を目指すことになるのではないかということだ。まあ、東京はアラートがどうとか言っているので、東京近郊在住者が夏まで首都圏内に封じ込められてしまう展開もあるのかもしれないけれど。

 情勢はそんな調子だが、それでも一応は裏銀座の計画を進めていく。実際には、針ノ木・奥穂をこの夏の主軸にしようかと揺らいできてはいるが、大仕掛けの山旅なので、準備だけはしておきたい。

 まず関門となるのが、宿泊地問題。キャスティングボートを握るような形になっているのが、野口五郎小屋である。他の多くの小屋が、受け入れ態勢を厳格にしつつも営業する方向で腹を決めつつあると思われる中で、まだ方針が確定しないようだ。7月20日ころからの営業開始を示唆しつつ、コロナの影響で本当に営業ができるのかどうかと悩んでいるようである。

 今回の山行で予定している宿泊地は、野口五郎小屋→双六小屋→槍ヶ岳山荘が基本。これを仮にAパターンとする。野口五郎が使えないとなると、烏帽子小屋→三俣山荘→槍ヶ岳山荘のBパターンを取ることになる。Aパターンで行ける場合でも、この行程でやや不安を覚えるのは、初日の行動時間が長い点。ブナ立尾根を登り切った後も、もうひと踏ん張りで約400メートル、3時間ほどの登りをこなす必要がある。感覚的には、笠新道で笠ヶ岳に登った時の行程に近いものとなると思われる。なお、Aパターンの場合、完全に寄り道となる烏帽子岳はパスすることになる。逆にBパターンを採用した場合、初日の仕事がブナ立尾根を登るだけとなると、ちょっと食い足りなくなりそうなので、烏帽子岳往復を上乗せすることになると思う。ただ、烏帽子小屋止まりも一筋縄ではいきそうになく、状況により単独行と大人数パーティーの予約を断る方針を打ち出している。

 2日目の宿りが双六小屋か三俣小屋かの違いは、大勢にに影響するものではない。比較的評判の良い双六小屋か、山文学の名著「黒部の山賊」の舞台となった三俣小屋かの違いは悩ましいところではあるが、体力とかペース配分とか、山行の成功に直接影響するものではないので、最後はなるに任せる部分だろう。

 行程上もう一つの懸念材料は、3日目の行程である。基本的には、西鎌尾根をたどって槍ヶ岳山荘を目指す日だ。加藤文太郎ら、古い時代の登山家の命を奪った北鎌尾根(バリエーションルート)、表銀座の最終区間としてレポートも多い東鎌尾根に比べ、西鎌尾根は、ネットでも得られる情報がそんなに多くない。慎重に時間をかけてここに挑むのがAパターンであるのに対し、Bパターンは持ち時間が削られる。双六小屋から槍ヶ岳山荘までは、コースタイム通りに歩けたとして半日仕事なので、場合によっては槍の穂先に登ることも考えられなくはない。逆に言えば、今回の山行では基本的に槍ヶ岳は槍ヶ岳山荘から眺めるだけにするつもりでいる。初日の無理に目を瞑れば、より合理的と思われるのはAパターンだが…。本来なら、当日のコンディションと相談しながら中断ポイントを随時判断するのが長距離縦走のセオリーなのに、今年の環境は初めに予約ありきになりそうなのが辛い。

 ちなみに、踏む予定でいる主要なピークや経路上の小屋間のコースタイムは以下の通り(「山と高原地図」による)。
高瀬ダム―(5:20)―烏帽子小屋―(3:20)―野口五郎岳(野口五郎小屋)―(2:30)―水晶小屋―(0:40)―水晶岳―(0:30)―水晶小屋―(2:00)―鷲羽岳―(1:00)―三俣山荘―(0:40)―三俣蓮華岳―(1:15)―双六岳―(0:45)―双六小屋―(4:45)―槍ヶ岳山荘―(8:00)―上高地バスターミナル

 また、各小屋の収容人数と、駅を取るうえで重要となる電波状態は以下の通り(「PEAKS特別編集 北アルプス山小屋ガイド」による)。
烏帽子小屋 70人 ドコモ一応可
野口五郎小屋 50人 ドコモのみ可
水晶小屋 30人 ドコモ可、他キャリア一応可
三俣山荘 70人 携帯不可
双六小屋 200人 ドコモ一応可
槍ヶ岳山荘 450人 可

 収容人数は、当然のことながら平年での話。今年はこれらが半分から半分強ほどまでに減じた状態で営業される。比較的キャパの大きな小屋を結んで歩くにしても、三俣蓮華以北の状況が悪く、残念ながら予約取り合戦で敗れる可能性は否定できない。

 また、電波状態「一応可」としているのは、うまく電波をつかめればメールを送るくらいは可能だろうが、たぶん通話はまともにできない程度と思われる電波状況。よく言われることだが、「山ではドコモ一強」は間違いなさそうである。もっとも、収容人数の問題同様、これらの電波状況に臨時基地局の類に依存するものが含まれていたりすると、今年の場合は例年並みの環境を期待できない。

 これまで集めた情報を総合して判断する裏銀座の難所は、北アルプス三大急登たるブナ立尾根、急峻な斜面を登る水晶岳、スリップしやすい坂道を行くことになる鷲羽岳、痩せても枯れても鎌尾根の名を冠する西鎌尾根。というか、裏銀座の大半は稜線歩きとなるので、強風をはじめ悪天の影響をもろに受けることになるのも不安材料だ。前出「黒部の山賊」によると「尾根の上では、晴れた日でも秒速三〇メートルくらいの風が吹くことが多い。アルプスで最も風の強いところと言われる野口五郎~水晶の尾根では、荒れると七〇メートルぐらいは吹くのではないだろうか。そのために水晶小屋は土台ごと舞い上がって空中分解したことが再三あった」。稜線歩きの経験は、小蓮華山から白馬岳、笠新道から笠ヶ岳などがあるが、確かに風の強い道だったから、強いて特筆されるほどの裏銀座のコース上は、ちょっと雲行きが怪しくなると非常な難所に化けそうだ。よりによって野口五郎から水晶までは、稜線上を歩く以外のう回路がない。う回路がないから「最も風の強いところ」と言われているのかもしれない。地形上、特異なところとは思えないが、水晶小屋から先は、鷲羽岳を踏まない、三俣蓮華を踏まない、双六を踏まないルートをたどることで、吹きさらしの稜線を回避できるようだ。「黒部の山賊」にもそのような話があり、鷲羽岳で疲労凍死した遭難者の話なども出て来る。長距離縦走ゆえの体力消耗のほか、急峻な岩場とは違う意味で慎重な行動を求められそうな裏銀座の歩き方に、ちょっとおじけづくような気持もある。

 今年は、こうした裏銀座固有の厳しさに加え、春ごろからの群発地震がさらに状況を悪くしている。震源が徳本峠付近だとされる一連の地震は、どうやら火山性微動の特徴には一致しないらしく、例えば至近のところにある焼岳が直ちにドカンと来るものとは考えられないようだが、どういう性質の地震であるにせよ、繰り返し揺さぶられることで登山道が緩み、槍穂高連峰のあちこちで崩落が生じ、落石も頻発する状態になっているという。夏山シーズンに西鎌尾根がどうなっているかも、未知数の部分である。槍ヶ岳山荘まで行けば、その先の槍沢は比較的安全に歩ける道だけれど、例えば槍に登る余力をなくし、双六から新穂高に下ろうとする場合の道にも、影響はあるという。最悪の場合、裏銀座南部の登山道は、閉塞されてどこにも出られなくなるかもしれない。

 ついでに困るのが、裏銀座をあきらめた場合の代替案としている奥穂高も、地震の影響をもろに受けることになるという点だ。浮石の多く発生したザイテングラートとか、昨年歩いた感じだとかなり危なっかしい。ということで、代案の代案も用意し、奥穂OUT、立山周回INのプランを考えていく必要も感じている。もっとも、現状立山黒部アルペンルート運行のめどが立っていないのだけれど。

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