山登ってみよう【位山】

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 今だから書くが、大文字山での怪我は結構ダメージが大きかった。右足の膝下全体が内出血で壊死寸前みたいな赤黒い色に変色するし、筋挫傷を起こしたのか歩くのにも難儀する状態に陥ったが、さすがに傷も癒えてきた。そこでリハビリ方々、新たな山に行ってみることにした。今回狙うのは飛騨の山である位山だ。霊山として知られ、船山、川上岳とともに位山三山と呼ばれる。ただ、この山系を代表する山とはなっているけれど、標高は三座の山の中で最も低く、1529mである。1529mは、低山というには立派過ぎるけれど。

 古い版になってはしまったが、手持ちのヤマケイ分県ガイドでは、この山の一画に開かれたスキー場・モンデウス飛騨位山のゲレンデ付近から登るコースが紹介されている。スキー場までは、高山本線の久々野駅からタクシーで…とあるが、一つ高山寄りの飛騨一ノ宮駅からの方がわずかに近いので、飛騨一ノ宮まで行って、そこから歩くことにした。ちなみに、特急利用を含めた経路のうちで一番早く着けるのが、高山本線の始発で名古屋駅から4時間近くかけていくパターンだと出たので、それに従うことにした。萩原御前山に行ったときも同じパターンだったような気がするが、朝早いわ、列車に揺られる時間が長いわで、なかなか大変だ。

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 飛騨一ノ宮駅には、午前10時直前に着いた。が、列車が駅に着く直前くらいからお腹が痛くなったから、さあ大変である。ローカル線である高山本線を行く鈍行列車のトイレは、決してきれいなものではないだろうが、そもそも飛騨一ノ宮駅にトイレがあるのだろうか。そんな心配をしていたが、どうにかこの駅にそれはあった。汲み取り式のトイレではあったけれど、わりときれいに管理されていたし、好き嫌いは言っていられない。大体、山小屋のトイレも似たようなものなのだから何を今さらぜいたくを言ってられようか。そんな風に思いなおし、地獄で仏の心境で準備を整え、駅から歩きだしたのが10:08のこと。

 ここからスキー場まで、予定では1時間前後の一般道歩きとなる。モンデウス飛騨位山というスキー場の名は、国道41号から近いこともあって前々から知っていたが、まさかこんな形で足を運ぶことになろうとは、縁というものの不思議さを思わずにはいられない。モンデウスというのは何かしらの造語なのかと思って気にも留めていなかったけれど、改めてこの言葉と向き合ってみるに、「神の山」ほどの意味だろうか。デウスはラテン語で神。デウスエクスマキナ(機械仕掛けの神)のデウス。モンはモンベルとかモンサンミシェルのモンで、山の意なのだろう。決してメジャーとは言えないが、位山には天孫降臨伝説が残されており、山麓と言って良いだろう場所にある飛騨一宮こと水無(みなし)神社のご神体も、この位山である。wikipediaによれば「位山の名前の由来について、朝廷に位山のイチイを笏の材料として献上した際、この木が一位の官位を賜ったことから木はイチイ、山は位山と呼ばれるようになったという説があり、現在でも天皇即位に際して位山のイチイの笏が献上されている。」ということである。飛騨地方の木工品として、イチイを用いた一位一刀彫も名高い。

 位山にまつわるよしなしごとを考えながら歩いていると、左手前方には見るからにスキーゲレンデという斜面をのぞかせる山が見えてきた。ありがたいことに、そんなに遠くはなさそうだ。それにちょっと拍子抜けなことに、ゲレンデの斜面を登り切ると、その後背には大した比高差もないように見える。

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 やがて道は、スキー場の方に向かって登り始める。普通に車で上がっていける立派な県道だけれど、車用の道なので、人が歩くには無用の回り道を強いられる。疲れはしないが、気が急き始めた頃、路傍の石柱に「位山道」と刻まれているのを見つけた。近くには「位山道(日本の古代道路)」と書かれた駒札も。要約すると、大宝律令の昔に整備された東山道の、支線的位置付けであった飛騨支路がこの辺りを通っていて、今も平安時代のものと推定される石畳が、往古を思わせる姿で残っているのだという。興味を惹かれるとともに、どうもこの道をたどれば車道よりショートカットして山の上方に向かえそうだ。これ幸いと、位山道に進むことにした。石畳が現存しているのは、全体のうちの一部と言ったところだったけれど、箱根とかにある東海道の石畳よりもさらに1000年近く古い道がまだ残っているのかと思うと、感慨も深い。

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 11:16、ゲレンデ下部の登山口に到着。駅からここまで1時間、ここから山頂までなお1時間余りの道のりとなるはずだが、今回の登りのうち、すでに約半分ほどを歩いてしまったのかと思うと、物足りないような気分もある。ここから、位山山頂までは5㎞ほどと出ているが、まずはゲレンデのトップを目指さなければならない。幸い、登山道はゲレンデの脇に延びており、シーズンオフのゲレンデを直登する必要はない。まっとうな登山道という感じに、ジグザグと少しずつ距離を稼いでいくので、そこまでしんどい登りということもないが、日向の坂道なので、汗は流れる。30分ほどかけて、坂を上り切った。振り返ると、眼下には旧宮村の家並み。そのさらに向こうには、高山の中心市街。もっと遠くには、北アルプスに通じる重畳とした山並みも見えるが、晴天ながら雲も多く、名のある高峰の個性が色濃く表れるはずのスカイラインは覆い隠されている。

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 ゲレンデ道が終わると、登山道はそのまま林の中へと入って行く。スキー場の脇を歩いている時からヒグラシの鳴き声は良く耳に入っていたが、林の中でそれを聞いていると、いよいよ自然の中に埋没していく感じがする。麓から見た山容その他から予想していた通り、ゲレンデの頂上から先の道は、傾斜も緩やかでわりと気楽に歩ける。ただ、駅を出てから約1時間半が経とうというタイミングの中、わりと変化が乏しいのもちょっと気になり始めている。モンデウスのゲレンデ直下には道の駅もあるので、そこから登り始める行程なら、お手軽で気分の良いハイキングになるのかもしれない。稜線とか尾根とかいうにもちょっとなだらかすぎるこの道沿いには、いくつもの巨岩が点在しており、そのいちいちに名前を示した看板が備え付けられている。古くから信仰の対象になっていたものなのだろうか。一部では、パワースポットとも言われる位山で、私はあまりそういうのはわからないのだけれども、そうやって持てはやす人がいるのもわからないではない、そんな雰囲気のある道だ。

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 スキー場を後にして1時間ほど。天の岩戸に到着。位山山中の巨岩の中では極めつけのものだが、高千穂なんかで見た同じ名前の岩に比べるとだいぶ小さく、その手前に小さな祠があることで、かろうじて信仰対象であることを主張している。ただ、神域であるためか、ぐるりをロープで囲まれていて、触ることはもちろん、間近に近づくこともできない。それでもここが位山の白眉となるのか、この間近まで車でアプローチできる位山巨石群登山道なんていう道もあるのだそうだ。

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 天の岩戸があるのは、位山の山頂ではない。山頂周辺は周回路状になっていて、道中で御嶽山や乗鞍岳の遠望地をたどりながら、10分ほどで山頂に着いた。山頂は山名標がある以外、特に何もない地味さ加減である。天気に恵まれれば、御嶽、乗鞍を望む場所の方がインパクトはあるに違いない。今日は、天気が悪いわけではないのだけれど、雲が多くて、乗鞍はほとんど見えないし、御嶽も半分までが雲の中に没していた。山頂付近にはこのほか、白山方向にも遠望が利くという触れ込みの一画があり、こちら方向が一番開放的で気分が良かったので、適当に場所を見つけて昼食にした。残念ながら、白山もすっきりとは見えなかった。日本海沿岸地域の山と言える白山と、日本の屋根と、二方面に展望が利く位山は、境目の山とでもいうべき性格を持っているのかもしれないし、山の南東方向を流れる飛騨川が最後には太平洋に注ぎ、北西方向を流れる宮川が日本海に注いでいるのを見ると、大分水嶺の山でもあるらしい。

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 位山と、前述した川上岳の間は、縦走路で結ばれている。天空遊歩道などと名付けられているが、位山山頂から川上岳山頂までの間は7㎞ほどになるらしい。決して近い道のりとは言えないが、たぶん歩けば気持ちの良い道なのだろう。興味はひかれるけれど、今日の私スケジュールでは、位山の山頂を踏んだら、後は踵を返して下山するよりない。

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 ただ、本当に来た道を引き返すだけだとなんだか味気ないような気がした。そこで今回の山行の終わりは、飛騨一ノ宮駅のすぐ近くにある水無神社まで歩いたところということにしたい。飛騨の一宮なので、それなりに格式が高いと思われる神社ながら、時期が時期なので参拝客が引きも切らないとは行かなかった。東京他の県を跨いでの外出自粛要請もようやく開けたが、いきなり観光客が戻ってくるというわけでもないか。いったいこの夏は、どうなっていくのだろうか。

 ちなみに、今回もGoProを使ってみたが、やっぱりうまくいかないところはあった。そもそも、短行程で変化に乏しいので動画向きではなかったこともあるけれど、アルプスでの使用が残念なことに終わらないように、まだまだ研究が必要なようである。

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