山登ってみよう【縦走東海自然歩道・大平~井出・後編】

 なおも下る。坂を下りきったところにある徳間の集落まで進めば、今日の行程も3分の2程度が終わったことになるし、何より人恋しい気分になっていたので、気は逸る。徳間まで行けば、上手くすれば自販機くらいはあるかもしれない。そんなことも期待しながら、なおも下る。思いのほか、道のりは遠い。道中、名もない滝を道から眺められる区間ではあるけれど、日差しの差し込む林道歩きとなるのがなかなか厳しい。忘れかけていたが、今日は暑い日なのだった。

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 皮肉なことに、どうにか徳間集落にたどり着いたときには、夏日を思わせるうだるような暑さが戻ってきていた。徳間に蕎麦屋はあったが、自販機はなかった。集落の中心付近に差し掛かった時、南部町のバスが目の前にやって来たのが見えた。意外に交通の便は良いのかもしれないが、ここでこのバスに乗り込むわけにはいかない。諦めて、路傍に腰掛け、ぬるくなった麦茶でクリームパンを喉の奥に流し込む。麦茶とパンで麦かぶり、どうも合わない。缶であっても、ここはやはりコーヒーが良かった。

 少し離れたところに、東海自然歩道の指導標がある。この先の主要経由地を示すでもなく、もちろんそこまでの距離や所要時間を示すものではなく、ただここが東海自然歩道の経路上であることだけを示す指導標。不親切。ご丁寧なことに、なけなしの表示部には「登山者が徹底する5つのルール」と題された啓発チラシが、ラミネート加工されて取り付けられており、「東海自然歩道」の表示すら注意していなければ見落としそうな状態となっていた。さすが山岳県の山梨と言いたいところではあるけれど、体調管理云々とか、山小屋・テント場の営業確認、感染予防グッズを携行などと書かれている辺り、昨今のコロナ禍を受けて取り付けられたものなのだろう。ただ、南アルプスを擁する山梨県においては傍流の東海自然歩道の、さらに人気薄と思われる区間でアナウンスするほどの内容だろうかという気がしないでもない。

 時刻はすでに13時半を回っている。田代峠からここまで、なんだかんだ2時間をかけて下ってきたことになる。一応、順調に歩けていると言って良いのかもしれないが、順調に歩き抜けたとしても持ち時間に若干の不安が残るのが今日の区間だ。ここから井出駅までの所要時間は3時間半ほどと踏んでいる。ガイド本を根拠にした予想だが、問題は本で示されているのとは逆コースをたどっているという点だ。場合によっては、もっと時間がかかる可能性はある。

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 そして不安要素の一つは、徳間集落の直後にも控えている。くだんのガイド本でもYAMAPの地図でも、次の鯨野集落までの間の峠越え道は、徳間の山側から一気に駆け上がるような表記になっているのだけれど、実際にはここが廃道となっているようである。実際には、少なからず遠回りとなる林道をたどるようにと、これは山梨県のホームページでも触れられている。一番暑い時間帯、体中から汗を拭きだしながら、何時間ぶりかの登り坂に挑む。今日のコースで最大の山場は、田代峠前後ということで間違いがないのだけれど、登ったり下ったりを繰り返すコースは、往々にしてペースをつかみきれず辛い思いをすることになる。今日のコースはまさにそれで、意地悪と言えば意地悪な展開を見せる。徳間からさらに上方の上徳間の集落を過ぎ、途中わずかに富士山を仰ぎながら、やがて最低鞍部にたどり着いたのはほぼ15時のことだった。一応、鯨野側に通じる道はあるが、反対の徳間側に道らしきものはない。一応、ガードレールが切れて、擁壁の下に降りられるようにはなっているが、その先は下草の生い茂る林となっていた。

 そして、鯨野方の道にも問題があった。下り口にSL看板などが置かれていて、要約すると、間伐作業が行われているらしい。看板の表記には、「通行注意」と「通行禁止」が混在している。いったい、通ってはダメなのか、気を付ければ通っていいのか、どちらなのか。判断に悩む。いや、悩む余地はないというべきか。ここまで来てすごすご徳間側に引き返した場合、下手すれば今日中に帰宅できなくなる可能性すらある。せめて徳間の段階で同じ内容を出しておいてくれればと、恨めしい気持ちになったけれど、とにかく注意しながら進むことにした。

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 なるほど、かなり傾斜にきつい下り坂には、至る所に切り倒された樹木が転がっていた。今日は作業日というわけでこそなさそうだったが、昨日までの作業の片付けもしないまま、週末の休みに入ってしまったといったところか。もともと、結構な悪場と思われる道だけれど、場所によっては伐木が完全に道を塞いでしまっている場所もある。暗澹とした気分になってきたが、とにかく注意しながら先を目指し、30分ほどでどうにか難所を抜けた。

 鯨野集落の入口で、道沿いの木を剪定していたおじさんに声をかけられた。怒られるのかと思いきや「ヒルはどうだったか」と言われたようだった。やはりこの辺りの山は、当然にヒルの生息する地域なのだろう。一応、ヒルは大丈夫だったと答えた。本当に大丈夫だったのかどうかは、自信がない。雲母峰の時も、後になって靴を脱いでみて初めてヒルにやられたことに気が付いたので、今日もそのパターンはあるのかもしれない。

 山を下りた直後は、谷筋の小細い集落という印象だったが、下へ下へと進むにつれ、次第に平地が広くなっていき、民家も多くなってきた。後はこのまま、身延線の駅まで進めたらどんなに楽だろうかと、退廃的な気分にもなってくる。しかし、実際にはこの後も数十メートルから百メートルほどの山越えを2回ほどこなさなければならない。山と言うよりは、近在の山から伸びる尾根の終端部というべきか。この辺りの山は、低平な谷筋からすっくと立ちあがるようにそびえているので、結構威圧感を感じさせる。今日のコースは、そんな山の襞を縫うようにつけられているので、名のある山こそ越えないが、結構な消耗を強いられている。

 井出駅への道順を示す指導標は、進行方向左手の高台に進路を示している。低地の道に心を残しながらも、仕方がないので登る。10分ほどで高台の上に出た。若干の起伏があり、林も存在するので見通しはあまり良くないが、その一画にあった六地蔵公園で最後の大休憩を取ることにした。時刻は15:56。順調に運べば、17時台の列車で井出駅を後にすることができるかもしれないが、まあ間に合わせるのは無理だろう。直線距離では3km前後しか離れていないと思われる井出駅も、間にある富士川を、橋を探して回り込む必要があるので、残り1時間でゴールするのは厳しい。開き直り、公園で呆ける。この六地蔵にどういいういわれがあるのかは、現地でも特に説明されていない。いわゆる六道を司るものとして六地蔵というものがあると、ごく一般的な説明がされている。手持ちのガイド本によると、一度はこれらの地蔵の首が持ち去られたということだが、今は古傷も修復され、そういった過去の事件を匂わせるものは何もなくなっている。地蔵の背後、遠景として富士山が見える。湿度が高いのでぼんやりとしか見えないが、この地は景勝地として古来知られてきたらしい。

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 さすがに疲れがたまっている。このまま歩みを止めないような気持はあるが、いつまでもここで停滞しているわけにはいかない。今日の旅もそろそろ終わりにしなければ。一時体を休めた東屋を後にし、公園を出た。すぐに始まる下りの坂道。今日はもう一度、低いながらも山越えをこなさなければならないことがわかっている。数十メートルは高度を下げることになるのが恨めしいが、とにかく歩く。坂を下りきったところにあった自販機で、やや遅きに失した感のある冷たいジュースを買い、今後の進路を見定める。

 すぐ近くに、東海自然歩道の指導標があった。例によって、時事もののチラシが張り付いているけれど、それはすぐ近くの斜面の方向を指し示していた。しかし、いざそちらの方向に歩きだしても、その先に道がない。最初に進んだ道は、どこかにつながっているとも思えない藪の中に没していた。いったん引き返し、他の分岐を探してみるも、廃屋の庭先に行き着くしかなかったり、民家の裏庭を経て山林に行き当たって終わった。安全策を取って、明らかに東海自然歩道でない里道を回ることも考えられたけれど、YAMAPによると、一応付近に徒歩道があり、それが東海自然歩道と思われる経路をたどって富士川方向に続いている。

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 最後に、ダメもとで藪道へ。20~30mほど進むと、薄暗い林の先に道が現れた。登山道というより、林道のような道で、ガードレールもある。現在も使われていると言われても、全く不思議ではない道だが、先ほどの藪を見る限り、通る人もほとんどないのだろう。ただ、この調子なら、ここを行けば山越えは果たせそうな気がする。もとより大して高い山ではないので、よしんば途中で道が消えてなくなっても、斜面を直登すればそのまま丘陵地上の道に出られるのではないか。覚悟を固めて先に進むと、果たして林道風の道は斜面に突き当たって消えたが、その先にまだ人が歩けるだけの道が続いている。そして、その傍らには東海自然歩道の指導標。ただ、踏み跡がある側に背を向けて立っている。返す返すも不思議な道だけれど、そこからわずかに登ったら、舗装道に突き当たった。

 ここまで来れば迷子になる恐れもまずなかったが、今度は東海自然歩道の経路が良くわからない。迫る夕暮れ。8時間ほども歩いてきた疲労。いろいろな要素を考慮した結果、ほぼ間違いなく富士川沿いの市街地に降りていける道に進路を取った。坂を下りきったところには、今日これまでの道のりにはおよそ似つかわしくない高速道路の橋脚が立っていた。本格的に人の領域に帰ってきた気がする。

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 住宅地の中を歩き、富栄橋で富士川を渡る。前回の行程は、同じく静岡県内を代表する大河・安倍川を見ながらスタートした。雰囲気は、どことなく似ている。川幅が広いわりに河道が狭いのはこの辺りの河に共通する特徴なのか。橋の上で一度足を止め、視線を川面から、今日越えてきた山並に転じた。とりたてて高山という印象はなかったけれど、改めて仰ぎ見るとこの辺りの山並みはかなりのボリューム感がある。そして、そのまま川の上流部を見ていくと、身延の山並み。久遠寺はじめ、いつかは身延の地にも立ち寄ってみたいが、まず何より、歩き歩いて身延までの道をつなげてきた感慨が先に立った。

 橋を渡り切った後、県道沿いに歩いて井出の駅へ。富士川左岸のやや起伏ある道は、交通量が極端に多いわけではないけれど、それでも車はそれなりの数走っているし、歩道がないのもなんだか頼りない。最後の最後で道行く車にはねられて終わりなどということにならないよう、慎重に歩いて井出駅に到着。17:34のことだった。

 井出駅は、小さな田舎の駅だ。身延線を走る特急もあるが、当然そんなものが停まる駅ではない。30分ほど待って、富士行の列車に乗り込む。富士駅までは約1時間。そこから静岡駅まで30分余り。意外に時間がかかる。思えば遠くへきたもんだ。次以降の行程は、まずスタート地点に立つまでの作戦が必要になるかもしれない。列車を待つ時間で、次回以降たどるコースの概略を調べてみた。身延線を使うのは今日と次回限りで、以降は富士急の領域に入るものと思っていたら、意外にも少なくとも次回は、富士市に軸足を置くことになりそうだ。ただ、その後に富士急領域に入ったら、その先は大月につながり、大月から東京につながる。東京周りの旅は持ち出しも多い。

 費用の捻出が当面の頭痛のタネになりそうだが、先のことはまた考えるとして、家路についた。東海自然歩道の旅も、あと何十回と続くことはないので、無尽蔵に軍資金がいるということもなかろう。順調に運べば、山梨県はあと3回、事実上のラスボス・丹沢を2回で歩き、その次で高尾山にゴールする予定だ。遠いと思われていたゴールまでの里程は、片手に余るほどになっていた。
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