山登ってみよう【賤ケ岳】

 賤ケ岳は、古戦場の山としては天王山の次くらいに有名なのではないかと思う。世にいう賤ケ岳の戦いは、今の滋賀県と福井県の県境付近を舞台として戦われたものだが、賤ケ岳の戦いの名はその中でも最大の戦場となったであろう、賤ケ岳砦を巡る戦いにちなむ。柴田勝家軍の先鋒となっていた佐久間盛政勢と羽柴秀吉軍主力の戦いが、この近辺に繰り広げられた。よく言われるように、盛政の戦術的失敗に加え、秀吉の政治的工作による勝家の与力武将らの戦線離脱もあり、両軍主力の決戦に至る前に勝敗は決し、居城北庄城に退却した勝家は、ほどなく自害して果てた。賤ケ岳そのものは標高421mのさほど高くもない山で、周辺地の標高も内陸部らしくそれなりに高いので、比高差からも里山の位と言える。

 今年の夏の高山は、負けが込んでいる。諦めきれずに立山登山を企てたが、その割に奥穂に登ろうとしたのを最後に、山から足が遠ざかっている。一度くらいはどこか、山に行こうと思った。それにしてもとにかく暑いので、近場の低山を登るにしても長丁場には耐えられそうになく、目新しいところを探していった結果、候補はともに滋賀県の山である三上山か賤ケ岳かに落ち着いた。ぎりぎりまで迷ったが、何となく奥琵琶湖湖方面に足を運びたくなり、賤ケ岳に行くことにした。

 直感的に遠そうなイメージのある湖北地域ではあるけれど、実際には在来線でも米原まで1時間、米原から30分程度で足を運べる地域だ。乗り換えも込みで2時間もあれば十分登山口近くまで足を運ぶことができる。当日の朝、少しばかりもたついていたので米原までは特急しらさぎを使わなければならなくなったが、行程の短さを思えば、三河の山とか鈴鹿の山に行く場合よりものんびりしたっておつりがくる。

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 というわけで、余呉駅に降り立ったのが10時半を少し回ったころのこと。特にこれというものもない無人の駅のホームの向こうには、余呉湖の湖面が見える。「秘密のケンミンショー」なんかだと、在阪テレビ局の制作ということもあってややディスられ気味の取り扱われ方をする滋賀県だけれど、滋賀の田舎はなかなかどうして味わい深いものだと、いつも思う。長閑だが過疎地ではなく、人の営みを感じられるのが良い。滋賀県内でも地域差が存在するのは知っているが、湖北で最も奥まったこの地域には、えも言えぬ安らぎの風景がある。なお、賤ケ岳に登るだけなら一つ手前の木ノ本駅で下車しても良い。木ノ本側には山頂に上がるためのリフトもあるし、それでなくても登山口から最短距離で山頂を目指すことができる。

 対する余呉側にも複数の登山道があるが、今回は余呉湖観光館から少し行ったところにある大岩山登山道から登ることにした。現地にある看板によれば、「賤ケ岳合戦々跡 岩崎山・大岩山戦跡めぐり 大岩山登山道入口」とある。賤ケ岳山頂までは約3.6㎞。純粋なハイキングコースというよりは、史跡散策の道という性格が色濃いようだ。ただ、その整備状態に一抹の不安を感じざるを得なかった。真新しい看板の後ろには、半ば打ち捨てられたような、朽ちかけの看板が残置されているし、何より登山道を謳っていながら、草ぼうぼうで道らしきものが見えない。本当に大丈夫なの?とばかりに山の斜面の方を覗いてみたら、入口こそ草で覆われかけていたけれど、その先にはちゃんとした道があった。

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 比高差200mほど、立山の訓練としてはいくらなんでも迫力不足の感が否めないと甘く見ていたが、思ったよりは面倒な道だ。険しい道なのではなく、赤土の滑りやすそうな道。おまけに朝方まで雨でも降っていたようだ。歩きやすさだけならもっといい道はありそうだが、そこはやっぱり里山ハイキング道程度の道だった。10分ほど登るうちに、尾根筋に出た。そこから先は、ほぼ平坦な道で、道幅も広い。植生に注目するといかにも人工林という感じではあるけれど、木漏れ日と森林浴の気持ちよさは感じられるから、まんざらでもない。

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 そんな道を10分ほど歩いていくと、大岩山砦跡がある。登山道含め、かなり土木工事の入った山という雰囲気なので、どこまでが賤ケ岳合戦の時に築かれた砦の後なのかは、近くにある縄張り図も参考にしないと意外とわかりづらいが、一部土塁が残り、この地で討ち死にした秀吉方の武将・中川清秀の墓がある。その先も首洗いの池などぽつぽつと史跡らしきものがあるが、面白いもので賤ケ岳が近づくにつれ、植生は自然林に近づいていく。一方で、陣城らしく、明らかに合戦時の土木工事の跡と思われるものもあり、犬走のような平地も目に付く。賤ケ岳の山頂は、こうした戦跡の気配を肌で感じられる中にあった。11:58、登頂。

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 琵琶湖八景として、また湖北の展望台として観光資源化されていることもあり、山頂は切り開きとなっている。この時期だと日差しがきつく、木陰がないのが辛くもあるが、展望はまさに折り紙付きと言ったところだ。北側に余呉湖を見下ろすとともに、南には水田地帯の中に広がる木ノ本や長浜の家並み、そして竹生島の浮かぶ琵琶湖北部の風景も一望の下にできる。返す返す、山登りとしてはちょっと楽すぎる行程ではあったけれども、予想外に満足度の高い山旅となった。

 帰りは、例によってリフトを利用。山頂にいたときに腹痛に見舞われた結果という面もあった。あっと言う間に終わるリフト旅であったけれど、4月から5月にかけては、このリフトの経路上にシャガという花の群落が見られるのだという。さすがにこの時期、リフトコースでの花までは望むべくもなかった。なお、歩いて登ってリフトで下るパターンはかなり少数派なのか、リフトの山上側乗り場には係員はいても券売機がなかったので、山を下った後で山麓の券売機を使い切符を買うように言われた。

 とんとん拍子の山行ではあったけれど、唯一難を上げるとすれば、山を下ってから木ノ本駅まで戻る炎天下の道のりの遠かった点だろうか。木ノ本駅は、無人の時間帯こそあるが自動券売機もあり、電車に乗り込み降りるときに余計な手間をかけずに済む。余呉駅から列車に乗ろうとすると、乗車時にきっぷを買えず下車駅の窓口で精算をすることになるので、それを避けたものだが、それが嫌でなければ、木ノ本駅から本数の限られたバスでリフト山麓乗り場近くまで移動し、余呉側に下った方が楽なのかもしれない。

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