山登ってみよう【立山完結編・前編】

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 雪辱の立山登山決行の時が近づくにつれ、またも天気が怪しげだという予報が目に付くようになった。加えてアプローチに使う立山黒部アルペンルートの輸送能力も例年に比べ低下し、ケーブルカーを中心に渋滞が発生しがちだという噂まで聞こえてくるようになった。天気は、文字通り天に祈るよりないけれど、人事を尽くして天命を待つということもある。何とか善後策を探っていたところ、立山あるぺん村というところのツアーバスが、富山駅前を出発した後、室堂平まで直行するというので、土壇場でこれに賭けることにした。

 以前の立山行の時の記録を紐解くと、室堂到着がどうやら午前8時過ぎだったようである。ところが今年は、ケーブルカーの始発が7:40まで遅らされているため、室堂着は9時過ぎとなる。例年だと、ツアーバスあるぺん村号は、普通にアルペンルートをたどった場合の後塵を拝す8時半過ぎにしか室堂に着けないのだが、今年に限っては少なくとも30分の優位があり、しかも渋滞の恐れも低減できると来ている。ちなみに富山駅前出発は、アルペンルート接続列車の一番早いものが地鉄富山駅を出るのと似たような時刻のこととなる。

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 予約時にもらったメールを何度見直しても、乗車位置の説明がぼんやりとしているのは不安だったが、富山駅のコインロッカーに不要の荷物を放り込んで、指示された駅北口に向かってみると、タクシーの並ぶ駐車場に、場違いにすら見える大型バスが一台停まっていた。どうやらこれがくだんのバスらしかった。バスは途中、立山山麓にあるあるぺん村と立山国際ホテルで乗客をピックアップして室堂に向かう。実は富山駅でバスに乗る段になってもなお決済が終わっていなかったのだけれど、あるぺん村停車時に、簡易的に設置された受付で現金払いシステムとなっていた。ここまで来て持ち合わせがないことが発覚したらどうなるのだろうかと、なんだかそわそわしてしまったが、同じ場所にはセブンイレブンもあったのでキャッシュカードさえあれば、手元不如意となることはなさそうだ。あるぺん村とホテルでの停車時間はわりと長く、富山駅から乗ってきた身にしてみればやきもきするほどなのだが、ホテルを出た後のバスは、一気に室堂平を目指した。

 途中、立山駅の前を通りすがったが、朝早い時間だというのに駐車場は満車状態、そしてそれより何より、ケーブルカーの駅前には長蛇の列が出来上がっている。後になってツイッターで当時の状況に関するつぶやきを漁ってみたら、朝一番から並んでようやく10時台のケーブルカーのきっぷを押さえられた、という惨事が発生していたらしい。室堂に着けば昼が見えてくるスケジュールだ。日帰り登山利用でこれだと厳しい。雄山に登って降りると土産物を漁るくらいの時間しかなくなる計算だ。

 当時の私は、そんなことなどつゆとも知らなかったが、予定されたとおりに午前8時半の室堂平に着けたことに確かな手ごたえを感じていた。バスを降りてみると、気温はかなり低い。もともと、ここ数日で気温は急激に低くなり、どうかすると降雪すらあるかもしれないと言われていた。秋の立山というと、今から30年ほど前に中高年のパーティーが吹雪にあって壊滅した事件がマニアの間で語り草になっている。そのため不吉なものを覚え、荷物にはなったが低山の晩秋~初冬並みの装備を持ってきていた。一応心配された雪は降らず、晴れ時々曇りくらいの予報に上向いていたが、とにかく着るものを多めに持ってきたのが功を奏した形だ。

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 ということで、室堂ターミナルのビルを出て、装備品を整え終えた8:40に今日の山行をスタート。まずは、室堂平の歩きにくい歩道を歩いて、一ノ越に向かう登山道に取り付いた。立山はこれが初めてではない。ただ、前回来たときはかなりの荒天で、眺望も何もあったものではなかった。登山以外の目的で立山黒部アルペンルートをたどったことはあり、その時は室堂平から立山連峰の様子を見上げたこともあったが、これから登ろうという意識でその稜線を眺めてみると、これまでとは違った感慨がある。比高差は600mほど。決して低い印象は持てないが、同時にすでに視認できているゴール地点は、思いのほか近くにも見える。快晴とは行かないけれど、高曇りの雲は所々で綻び、青空も見えている。天気はそう悲観したものではなさそうだ。

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 となると残る気がかりは、天にも地にもなく、人となるだろうか。ハイシーズンの一ノ越より先は、これまた渋滞で遅々として流れない状態になるらしい。近年になって登山道が登り専用と下り専用に分かたれ、一方通行となったことで状況が良くなったとも聞くが、大軍の到来よりも前に、アルペンルート勢に対して持っている30分のアドバンテージを生かして登りをこなした方が良さそうだ。黙々と登り、9:21にまずは一ノ越山荘に到着。この時期ともなると、コース上に残雪もなく、実にあっさりとしたものだった。

 一ノ越山荘は、前回の登山時に予想以上の荒天を受け1時間ほどの停滞を余儀なくされた思い出のある場所だが、今日はその必要もない。高山病に備え、水分を取り、孵化装置に新しいタマゴを突っ込み、最寄り駅を取った後で、今日の正念場となる雄山山頂への登りに取り掛かった。ちなみに、立山周辺の大半のエリアでは、欅平駅が最寄り駅となる。普通に鉄道利用で来ようとすると辺境の駅と言わざるを得ない欅平駅ではあるけれど、搦め手から攻めるのは案外容易らしい。

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 一ノ越山荘から上は、大きな石ころがごろごろと転がる急坂となっている。下りは多少いやらしそうだが、登る限りは浮石を踏んだりでもしない限りはさほど危ないところはない。強いて言うなら、上から落石が降ってこないとも限らない危うさはある。アルプスの中では最も登りやすい山の内の一座だろう立山は、この先剱岳にでも挑むのだろう重装のガチ勢もいれば、スニーカーもどきの靴+運動しやすい服装みたいないでたちのライト層もいたりで、なかなかカオスな様相を呈しているが、素人風の人たちは、力強く斜面を蹴立てて登山道を登っていく。人も多いし、私自身は、気持ちペースを落とし、またも40分ほどをかけ雄山神社峰本社まで登った。

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 しかし、社務所の戸は固く閉ざされていた。数十人からの登山者が、行き場をなくしたかのように建物の前にたたずんでいる。一ノ越以降ずっとそうだったのだが、稜線上は結構風があり、気温の低さも相まってやはり寒い。社務所の建物は、ちょうど良い風よけになった。私もとりあえずその軒先に腰を下ろした、前に来たときは、ひどい荒れ模様だったけれど、この建物の中でお神酒をもらい祝詞を上げてもらったものだ。ただ、実をいうとその時の雄山山頂の印象がほとんどない。景色もへったくれもなかった。今年は解呪の加護を受けられない代わりに、天気もまずまずな雄山山頂にロハで登り放題である。

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 見るからに狭そうな山頂なので、少し離れた場所で人波の途切れそうなタイミングを計る。雄山の山頂は、一等三角点の設置された頂上だ。その三角点周辺からは、主に南面への展望が利く。槍ヶ岳や笠ヶ岳は、一目に見てそれとわかりやすい山容をしているし、同方向に比肩し得る高峰のない白山もわかるのだが、それ以外の山はどれもこれも山名を同定できない。辛うじて、槍ヶ岳からの位置関係で裏銀座の連なりがわかる程度だ。憧れた、そして辿れなかった裏銀座。いつか、そこを歩ける日は来るのだろうか。黒部の山々は、薬師岳のようなビッグネームでさえもどれがそれなのかわからない。平たんな山上平原みたいなところに山小屋らしき建物が見えたのであれが雲ノ平と雲ノ平山荘なのかと思ったが、帰宅後に調べてみたところ、五色ヶ原山荘という小屋らしい。道理で、建物のつくりが簡素だったわけだ。それに、日本最後の秘境にしては近すぎると思った。

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 漫然と時を過ごしていたら、少しばかり峰本社周辺の人が減ってきたような気がしたので、好機到来とばかりに歩いていった。雄山最高所となる社周辺の標高は、辛うじて3000mを超える3003m。社があるのは、明らかに人為的にかさ上げされたことがわかる石垣の上なので、3003mというのがどこまでの高さなのかはよくわからない。それに、さほど広くない山頂の一画をさらに社殿が占拠しているので、一度に山頂周辺に留まれる人数は良い所で10人余りと言ったところだろうか。通じる通路も狭く、わずかの距離ながら声を掛け合って交互通行しないと後から来た人に押し込まれて山頂にどんどん人がたまっていきそうな場所だ。展望は、社務所周辺からのそれと大差はない。一応、この後目指す大汝山方向への見通しも利くので、その様子を探った後は、お参りだけしてさっさと退散した。

つづく

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