山登ってみよう【立山完結編・後編】

 前回の山行では、あまりに天候条件が悪いので雄山の最高所も踏まずにここで踵を返して下山したが、今日はここからさらに大汝山、富士ノ折立を目指す。一般に言われる立山というのは、雄山、大汝山、富士ノ折立の総称だという。本当はさらに先の真砂岳から別山まで行きたいところだったけれど、持ち時間が常の年より削られていることもあって富士ノ折立まで行って引き返し、その後は状況を見ながら浄土山に登り返す方針でいる。ややこしいが、雄山に浄土山や別山を合わせて立山三山と呼ぶ。

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 ただ、雄山から大汝山や富士ノ折立まではそんなに遠くはなく、アップダウンもほとんどないので楽な道のりと言える。山と高原地図を見ると、富士ノ折立周辺は険しい岩峰なので注意が必要の旨が記載されているが、遠足登山でも登られるレベルの雄山と比較して相対的に危険というほどの意味なのだと思う。眼下には室堂平が箱庭的景観を見せている。あまりそちらばかりに気を取られていると滑落の心配がないではないが、要所要所でしっかり岩をつかみつつ歩いていれば、槍穂高のような険しさはない。

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 大汝山までは20分ほどで歩いた。10:55到着。この辺りで一番高いピークで、標高は3015mを誇る。ここもかなり狭い上、人為的に造成された痕跡もなく、まさに岩峰と言った雰囲気だ。狭い上に記念撮影待ちの人たちが喧しいので、なんだか落ち着かず、とりあえずこの地点を踏んだ後は、さっさと北東面にある休憩所の方に下った。もっとも、この休憩所も今年に関しては開かれていない。普段の年なら軽食が供されるとともにトイレなども使えるのだそうだが、廃屋のような雰囲気でそこにたたずんでいた。

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 余談だが、大汝の名を冠するピークは、他の山にもある。立山と同じく信仰対象となった白山にもある。大汝神社なんて言うのもある。ここでいう大汝は大己貴(オオナムチ)、つまりは国津神オオクニヌシのことを指すが、立山に関して言えば、ヤマケイオンラインによると「古くは御内陣と書かれているので、雄山神社の奥社だったと思われる。」とある。

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 そこからさらに15分ほど同じような雰囲気の道を歩くと、富士ノ折立に着いた。11:15到着。岩がゴロゴロしている以外はなだらかな稜線上に岩峰が屹立しているので、そこだけ切り取ると西穂の独標を思い起こさせる佇まいだが、別に気を張らなければ登れないほどのものではない。ここも、例によって狭いピークである。雄山より狭い大汝山よりさらに狭い。

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 今回の私の山行は、どうであれここで折り返し地点。前途には、名前そのままの山肌を見せる真砂岳が横たわる。色の白さも相まって女性的な印象の山だけれど、中高年登山者の大量死があった時は、もう2~3週間ほど後の時期に吹雪となり様相を一変した。真砂岳のさらにその奥には、別山が控える。そして、別山の向こうには、かの剱岳。さすがに剱岳まで行くことはないにしても、このまま真砂岳、別山と歩いて室堂平まで戻るのはそれほど難しいことではないような気がしてくる。何なら、真砂岳まで行って大走りを下るのでも良いのではないか。そう思わないでもなかったが、大して研究してもないコースへと進路を変更するのは思いもかけない落とし穴がありそうな気がしたので、やめておいた。雷鳥沢付近から室堂平への道が登り返しになるので、長時間歩いた後だと思いのほかこたえると言われている。

 なお、立山連峰周辺には、折立の地名を持つ登山口もあるので、何となく立山の地域色がある響きだけれど、その由来は良くわからない。辞書によると、折立は「箱、櫃(ひつ)などの内側全体を錦などの織物で張りこめたもの。」とある。

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 再び大汝山の休憩所前まで戻って、一時休憩。雄山山頂以降、登りというほどの登りもなかったので気づかないふりをできたのだが、高山病の兆候が表れている。息は切れないのだが、軽い頭痛があるのと、しばしば眩暈に見舞われる。後立山連峰の山々を眺めながら、体調が落ち着くのを待つ。後立山連峰は、鹿島槍、唐松、白馬と、名のある山を何座か登りはしたが、小蓮華から白馬への縦走を除けば、線で歩いてはいないので、どれがどの山なのか、自信を持って同定はできない。白馬岳はまあわかる。山頂直下の、巨大な山荘が建てられた平たん地があるのが見えるのでわかりやすい。次に針ノ木岳は、眼下の黒部ダムとの位置関係からおそらくそれだろうという鋭角的なピークを特定できる。針ノ木岳がわかれば、そこから視線を左に転じていくにつれ、爺ヶ岳らしき山と、鹿島槍っぽい山があるように見えるのだけれど、鹿島槍について自信が持てない。爺ヶ岳側から登る鹿島槍は特に難しい所のない山だけれど、逆の五竜岳側からは道が急峻で、難易度が高いと言われる。ここから見ていると、北八ヶ岳から見た時の大キレットほどあからさまに険しい稜線には見えないのがその理由。同じく不帰キレットもヤバい方向にかなり特徴的な地形のはずだが、それも特定できない。これなんじゃないかなという切れ込みはあるのだが、やっぱり自信が持てない。

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 このままいつまででも呆けていられそうではあったけれど、攻め継続方向に決断するのなら、あまりのんびりもしていられない。のそのそと立ち上がり、雄山まで引き返したが、大汝山方向からだと雄山山頂付近が登り返しになる。そしてその登り坂を登っていて、いよいよ眩暈がひどいことになってきた。普段より一層バランス感覚が求められる山行時に眩暈に見舞われたのではたまったものではない。やむを得ず、浄土山は諦め、来るべき日への宿題とすることにした。それにどうせ浄土山に登るのなら、雄山、別山と合わせて正当な立山三山縦走にした方が良い。疫病の鎮静化を、最近売り出し中の立山の霊獣・クタベ様に祈った。どうやら、ハクタクと同一視されるものだという。

 それにしても、うっすら気がかりではあったのだけれど、標高ほぼ0mの富山市内から2時間余りで2450mの立山室堂にまで登り、さらに2時間足らずで3000mに達したのでは、高山病になったって何もおかしくはない。事実、それを懸念して一ノ越以降はペースを落としてみたのだけれど、焼け石に水だったらしい。簡単に登れると言って良い立山だったけれど、簡単ゆえの落とし穴もそこにあったというわけだ。三山縦走をやるときは、時間を確保し高度に慣れる意味で室堂前泊にする必要はありそうだ。できればホテル立山に泊まりたいところだけれど、いっぱしの観光ホテルなので、私の小遣いでそれができるかどうか。となると、他の小屋ともホテルともつかない宿が選択肢となるか。

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 またしても課題を残すことにはなったが、雄山ほかを登ることができたので今回の山行はどうにか形になった。恵まれたことに、途中からは天気もかなり良くなったので、夏山シーズンの締めくくりとしてはほぼ100点満点に近い出来だったと言えよう。山を下った後は、室堂平を散策した。山上から見下ろした箱庭の底を歩いていて、壮麗な舞台装置のようにそばだつ立山連峰の袖から、見えてはいけない何かのような、異形の山が少しだけ顔を覗かせているのに気が付いた。剱岳。別山の陰からその一端を見せるその山は、立山曼荼羅の針山地獄さながらに、大汝山などから見渡した時とは全く異質の存在感を放っていた。その姿を追って、意外とアップダウンのある室堂平を彷徨していたら、思いがけず息が切れ、空にも次第に雲が広がって暗くなっていった。

 そんなにハードな山行ではなかったが、連日朝が早かったこともあって、帰りのバスの中では立山有料道路を抜ける頃まで眠り呆けてしまった。そして、頭痛と吐き気にさいなまれて目が覚めた。低地に降りてきてもすぐに症状が改善しないあたり、なかなか頑固な高山病ということか。問題はこの後、金沢まで撤収し、夕飯にチャンカレでLカツジャンボを食べる予定でいることだ。このコンディションで果たしてLジャンを食えるのかどうか、それは神のみぞ知るところだった。

 さて、後からこの山行…というよりこの連休の立山周辺を振り返ると、なかなか大変なことになっていたようである。後日の日本テレビ系「スッキリ」の報道を見ていたら、雷鳥沢テント場近くのトイレは1時間待ちの状態だったという。その雷鳥沢には1000張近いテントが建てられたとも聞く。そしてこの日、私が起動していたYAMAPの見守り通信によれば、同日中にすれ違ったYAMAPユーザーは、過去最多の77人。先に触れた立山ケーブルカーの混雑は言うに及ばずだが、いかに多くの人が「密でない」山を目指したのかがわかる。今なら言えるあのセリフ。山を舐めるな。

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