山登ってみよう【縦走東海自然歩道・田貫湖~本栖湖・後編】

 この先の割石峠を前にして、時刻はちょうど13時半。さすがにここに来て分かったことがあった。この区間、平地に向かってわりと出入りのある山の裾を律儀になぞっていくので、それほど遠くないように見える場所まで進むのに予想以上の時間を取られる。ここから本栖湖まで、なお2時間程度の時間は必要となるかもしれない。指導標に表示されている所要時刻は、若干ふかし気味のところはあるけれど、純然とした山道区間でないことも加味すれば、全く出鱈目というわけでもなさそうだ。

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 前途の竜ヶ岳を見る。どうしても鈴鹿の同名峰の印象が強い。山の中腹からはっきり林相が変わるためか、抹茶プリンのようなツートンカラーになっている。前回に比べれば、ずいぶん易し気な今日の山場は、竜ヶ岳の山腹を巻いている。20~30分ほどの登りをこなしていると、コースはほぼ平坦な道になった。ところどころ斜面が崩壊してきているところもあるけれど、整備水準はおおむね良好、何より道幅が広いのが長者ヶ岳コースとの最大の違いと言える。何気なく、道の脇を見る。斜面の傾斜はなかなかきつい。それこそ前回コース並みだが、険路という感じが全くしないのは、良好なコースの状態によるものなのだろう。木々のすき間からはA沢貯水池の名が付けられた人口のため池が見えた。西日を受けて、きらきらと輝いている。秋の日は短い。わずかに差し込む日差しからも、暮色が迫っていることがわかる。

 14:27、割石峠に到着。最前から気付いていたが、山道を歩いていながら国道を行き交う車のエンジン音やロードノイズは思いのほか近い。峠付近は特に双方の距離が近接しているらしく、わずかに道を外せばその名も県境という名のバス停に出られるようである。この先山梨県コースに再帰する形になるのは何となく頼りなさを感じるが、ここまで来たら本栖湖まで歩く以外の選択肢はない。

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 そして、予感が的中したかのように山梨県の整備が放漫なコースがはじまる。荒れてないだけましなのだけれど、どこでも歩けそうな平たん地のところどころの木にピンクリボンが巻き付けてあるだけで、指導標の数がめっきり減ってしまった。道の不明瞭さは、30分ばかり前に歩いていた静岡県区間でも似たような局面があったのでことさらになじるのはよそうと思うが、それにしても感じるのはYAMAP様様ということ。この辺りの東海自然歩道は、一般的な登山道の扱いは受けておらず、ベースとなる地理院地図上に徒歩道として示されているだけだが、GPSで自分の居場所を拾ってその上に落としこむこのアプリの存在を、今回ほどありがたく感じたことはない。アルプスのメジャーコースを歩く場合などは、コースタイムを記録するためのツールくらいの働きしかしないのに。いや、それはそれで重要な機能なのだけれど。

 日本庭園のモチーフにでもなりそうな、枯れた渓流を右手に見ながら進む。やがて、東海自然歩道はゲートを突き抜けて国道139号に突き当たった。が、その先のコースが良くわからない。YAMAPの力をもってしても、現地の状況と進むべき軌跡が一致しない。一度は国道を歩いてみて、様子がおかしそうだと思っては林道に進み、それも間違っていそうだと分かってはゲートのところまで引き返した。ここまで来たら、国道沿いに本栖湖まで歩く程度のワープは許されそうな気がするが、ふと、目の前の土手の先に道らしきものがあるのに気付いた。そこが東海自然歩道であることを示す指導標類は何もなかったが、地図と付き合わせたうえで、そこが進むべき道であると判断。GPSの位置情報も突き合わせつつ進むと、下り坂に入り、ようやくそれが正解の道だと確信できた。

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 不意に舗装道路に出た。おそらくこの先は、本栖湖までずっとこんな感じの道が続いている。近くにあった看板に「ヴィラ本栖」の文字。たぶん、気の利いた宿泊施設なのだろう。今日のここまで、言うほど高原リゾート地のムードはなかったが、急にそういう世界に足を踏み入れた気がした。なお進むと、再びキャンプ場。今日のコース、本当にキャンプ場ばかりで、どこもかしこも人が多い、東海自然歩道の経路は、相変わらず不明瞭だけれど、ところどころにある指導標は、もろにそのキャンプ場の中の通路が東海自然歩道であると主張している。薪の燃える匂い、肉の焼ける匂いが鼻腔をくすぐる。キャンパーにはなれそうもないけれど、帰ったら今話題の「ゆるキャン△」でも買って読んでみようかな、と思う。

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 そのまま湖岸の道を歩き、東側の湖畔に店を構える土産物店のあたりまで進んで、そこを今日のゴールとした。ゴールタイムは15:59。バス停の時刻表を見てみると、やはりバスは、向こう3時間ほどやって来ない。どうしようかと考えていると、土産物屋のおじさんからバス停は道の反対側だと教えてもらった。恩義に報いるため、後で土産物でも買っていこうかな。「桔梗信玄餅」「鹿肉カレー」「ほうとう」といった文字が視界の端に踊っていた。

 それにしてもこれからどうしよう。考えられる方策は、国道沿いに道の駅朝霧高原まで歩くか、湖畔をぶらぶらするかと言ったところ。道の駅までは10㎞弱程度離れていると思われ、歩けば1時間半ほどはかかると思われる。歩けない距離ではないし、本栖湖畔で捕まえる予定のバスは道の駅で捕まえることもできるはずなので、休息の環境が整っていそうな道の駅まで歩くのが無難なようにも思えた。が、ここからもう1時間半ほど歩くのも億劫だったし、本栖湖畔を漫歩してみたいような気がした。

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 夕映えの本栖湖を眺める。本栖湖と言えば、5000円札の図案で有名だが、札に印刷されている風景は今いるのとちょうど真逆当たりの湖畔から富士山を見たものなのだという。確かに今は、富士山を背負う形になっている。さりとて、湖を半周するほどの距離を歩く気にもなれない。しばらく南東岸をふらふらした後、気楽にコーヒーを飲める店でもないかと、周辺を散策してみた。駐車場周辺にある店は、どちらかというと軽食の店という感じで、、時間帯のせいもあり客がいないので入りづらい。が、店らしい店は、その入りづらい数軒の飲食店しかなかった。見つけたのは、「よってけし本栖湖へ」という早坂みたいな口調の看板のみ。戻ってみれば、いつの間にか土産物屋が閉まっていた。

 そして本当の後悔はここから始まった。

 17時を回って、辺りは一気に暗くなった。そして急速に冷え込みがきつくなった。一応、ある程度の防寒対策はしてきたのだけれど、見通しが甘かった。それでも耐えがたいほど、気温は下がっている。体感的なものだが、すでに10度を下回っているのではないか。せめて風を防げる待合室のようなものがあればもっと楽なのだけれど、近辺にそう言ったものはない。強いて言うなら少し離れたところにあるうどん屋に入れば寒さをしのげそうだが、それは最後の手段にしようという、変な意地みたいなものがあった。駐車場の片隅にあるベンチに座り、じっとバスの到来を待つ。その場所が暖かいということなど全くないのだけれど、そこを離れると街灯はじめ光源もほとんどなく、真っ暗闇も耐え難かった。ただ、近所の良くわからない施設の方から聞こえてくる音楽だけが、人の世の営みを感じさせる。喫茶店とか飲み屋とか言ったものではなさそうで、web地図によればダイビングショップとある。この際、何の頼みにもならなさそうだ。

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 これなら道の駅まで歩いた方がマシだったかもしれない。歯を食いしばりながら寒気に耐えること1時間あまり。バス停の方に移動する。やがて、バスの到着時刻が過ぎたが、バスがやってくる気配はない。次第に不安が募ってくる。よしんばバスがやって来たとして、バスを待つ場所が違っていたとかで置き去りにされたらどうしよう。この期に及んでそんな不安が萌してきた。やがてバスはやって来たが、道の反対側を走り、本栖湖畔の闇の中に消えていった。想像するに、この先のどこかでUターンして、もう一度こちらに戻ってくるはずだが、果たして本当にそうなのか。土産物屋のおじさんは、ここで待てと言ってはいたけれど、おじさんは私がどこに行こうとしているのかを知らなかったはずだ。もし私を河口湖行の客だと見ていたのだとしたら、すべての計画は破綻するのではないか。戻ってきてくれ、バス!

 祈るような気持で待っていたら、バスは戻って来た。渾身の気迫をこめて乗車の意思を表したところ、新富士駅行きのバスは目の前で停まった。ガタガタ震えながら、車中に乗り込む。車内には、河口湖で遊び疲れたような多くの乗客が乗り込んでいた。ここから新富士駅までは1時間半ほどの道のり。まずはほっと一安心といったところだが、私の中では次回の歩行に向けての不安が急速に広まりつつあった。

 次回は、樹海に踏み込む。

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