山登ってみよう【縦走東海自然歩道・本栖湖~河口湖・前編】

 日に日に寒気は強まり、本格的な冬の訪れが近いことを感じさせる。自宅の周辺はともかく、標高の高い地域はそのうち本格的な降雪を見ることになるのだろう。その前に、今年最後の東海自然歩道に出かけた。目指すは河口湖。持ち出しのことを考えると今が一番つらい所だが、潤沢な行動時間を確保するために、またしても前泊の方針を採用することになった。今度は新富士駅前に泊まり、翌朝のバスで本栖湖に復帰する。同じバスは富士宮駅前にも止まるようだけれど、新富士駅が在来線と接続していないので、富士宮駅に行こうとすると、静岡駅で新幹線から東海道本線に乗り換え、富士駅でさらに身延線に乗り換えなければならず、面倒くさい。だからと言って朝早い時間帯の富士駅には本栖湖行きのバスが止まらないので、それを踏まえての新富士泊まりとなった。が、知らなかったわけではないけれど、新富士駅周辺にはほとんど何もない。駅前に一軒だけのホテルとコンビニ。これらがなければ、今回の旅はもっと敷居の高いものになっていたに違いなかった。

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 というわけで、新富士駅前に一泊後、7時過ぎの新富士駅前バスターミナルから、路線バスに乗り込むことになった。路頭には、「いただきへの、はじまり 富士市」というバナーがはためいている。今回の旅は、頂を目指す性格のものではないけれど、「やるぞ」という意欲が高まってくる。

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 私が乗る予定のバス、当然本栖湖にも止まるのだが、最終的目的地は河口湖。もっと言えば、途中で富士急ハイランドにも止まると思われる。たぶんそのせいなのだろう、車内にはあからさまにテンションの高い富士急女子が乗り込んだほか、登山ファッションの関西弁のおばちゃんもいた。幾分か物々し気に見える装備だが、いったいどこに行くのだろう。まさか冬富士ということもあるまい。おばちゃんたちはマスクなし乗車とか荷物の置き場所、車内での飲食など、バス会社が定めたべからず集を悪意もなくことごとく破り、その度に注意されていたので、すごいなあと思った。このおばちゃんたち、結局は私と同じ本栖湖でバスを降りるつもりだったらしい。歩だーではないような気がするが、関西からわざわざやってくるほどの秀峰がこの近辺にあるということか。興味をひかれたが、おばちゃんたちは運賃の支払いで手間取っているらしく、一向にバスを降りてこなかった。今日の行程、実はちょっぴり余裕がない。おばちゃんたちの動向を探っている余裕はない。

 今日歩く予定の区間は、歩行距離で言えば30㎞未満、難所もないはずの道のりだ。ゴール地点は富士急の河口湖駅を予定している。到着の時間帯次第で、バスにより新富士に戻るパターン、同じくバスで御殿場駅に向かうパターンが考えられるけれど、御殿場行きは1時間に1本程度はあり、河口湖駅周辺も開けているので、陸の孤島に取り残される恐れはない。。ただ、今日の帰りには中央本線を使いたかった。この旅の始まりの路線は中央本線だし、とどのつまりゴール地点である高尾山も中央本線の沿線にある。いくらか感傷に浸りたい気分になっていたのだ。

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 前回寒さに凍えたあの駐車場で身支度を整える。やはり土地勘があるのは強い。飲み物の補給も現地で済ませ、8:50にスタート。まずは本栖みちの愛称がある国道300号を北へ向かう。この道、その昔買った「日本百名道」という本に紹介されていた絶景の道だったと記憶している。各分野の各種団体が選定したものではなく、百名山と同じく編者の独断で選ばれた気持ちのいいドライブコースくらいのものだったと、漠然と覚えている。本栖湖の眺めによるものか、沿道の紅葉が評価されたものだったか、そこのところの記憶ももはや定かではないが、今日私が歩くのはそのうちのわずかの区間、本栖湖も見えず、紅葉も散ってしまった冬枯れの国道。10分ほども歩いて、東海自然歩道は、国道を横切るように、精進湖寄りの林の中に入って行った。正確には、竜ヶ岳方向からの山道を下って来た東海自然歩道は、本栖湖畔に出た後、東岸の林の中に進んだ後、この国道に出会い、横断する形になっている。

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 人間の都合によって引かれた国道で分断される形になってはいるけれど、この辺りの森は、すでに名高い青木ヶ原樹海の領域に入っているのだろうか。平たんで起伏のない森の中、道はだらだらと続いていく。林床を見ると、明らかにそれとわかる火山岩がごろごろと転がっている。もちろん富士山由来のものだろうが、この辺りが溶岩流で焼き払われたのなど、有史以前の話のような気がする。実際、多くの岩はすでに苔むし、森の中の色調は、そこらの山林で見かけるそれと大差はない。ただ、木々の多くは葉を落とし、頭上が明るい。自殺の名所という不名誉な風聞に反し、森の中は隠隠滅滅とした雰囲気でもない。もう少し緑があれば森林浴、紅葉していれば紅葉狩りの楽しみがあったかもしれないが、この時期のこの森にその種の晴れがましさもない。淡々と歩く。先に触れたような事情があり、今日はちょっと先を急ぎたい気分である。頭の中で計算するに、全線早足で歩けば所期の目的は達せられるといったところだと思う。

 20分ぐらい歩いたところで、東海自然歩道は国道139号の下をくぐる。トンネルというほど上等なものではなく、ボックスカルバート程度の地下道だ。近くには本栖城という城跡もあったようだが、いわれをよく知らないのでこれはパス。地下道の前後で自然歩道の様相はさほど変わらず、さらに20分ほど歩いたところで精進湖民宿村に出た。広大な大樹林の端っこに、細々と営まれる、しかし周囲とは全く異質な人工的街区だ。その名の通り、両手に余るほどの民宿と普通の住宅とが混在して立ち並んでいる。

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 結果だけ見れば、前回の行程ではここをゴールとすることができたかなと思うが、日暮れが迫る中樹海の中を歩くというのも、やはりゾッとしなかった。かなり観光地化の進んでいる本栖湖沿岸と違い、精進湖は至って地味なたたずまいの湖であるようだ。しかも、東海自然歩道は精進湖をかすめることもなく先に進んでしまう。精進湖まで行こうとすると、片道1㎞ほど、行って帰って30分ほどの寄り道になるし、特に何かを見たいというわけでもないので、そのまま先を目指すことにした。民宿村区間はものの5分ほどで終わった。

 その先は、やはり奥深い森が広がっていた。こちらにはちゃんと看板があって「富士山原始林」の名のもとに解説されている。それによると、青木ヶ原樹海というのは通称ということになるらしい。その広がりは、今自分がいる富士五湖沿岸地域から富士山五合目辺りにまで及ぶのだそうだ。もっとも、原始林の名から受ける印象に反し、青木ヶ原樹海は平安時代前期にあった貞観大噴火の結果生まれたものなのだと書かれている。

 余談だが、看板は山梨県と上九一色村名義で出されている。上九一色村というとどうしてもオウム事件を思い出してしまうが、サティアンと呼ばれる巨大な施設は、外地を追われて日本本国に戻って来た満蒙開拓団の人たちの受け入れ先として用意された土地の成れの果ての広大な空き地に建てられたもののようだ。何の因果か、命からがら内地に逃げ帰って来た開拓者の孫である私が、そういういわれのある土地にほど近い大森林の中を歩いている。

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 ところで、樹海本編に入りはしたものの、ある意味期待していたようなものが見当たらない。自殺を思い留まるように呼び掛ける看板の類だ。樹海のうち、人が普通に歩ける場所はそういったもので溢れていそうなイメージを持っていたのだけれど、どうやらそうでもないらしい。それこそ東海自然歩道をたどって死地に赴いた人も少なくないのかなと思っていたが、2時間余りもこの森の中を歩いていて、出会ったのは外国人家族一組だけだった。自殺者はおろか、ハイカーにも出会わない森だった。巷間広まっている迷いの森のイメージとは裏腹に、樹海コースの道は極めて整備状態が良く、意図的に道を外さない限りは迷いようもない。付近の岩が磁気を帯びているのでコンパスの張りが云々とも言われるが、コンパスなどまず必要になりそうもない。あいにくと私が持っているのはオイルコンパスなので、うわさを検証することもできなさそうだ。至って平和な道。それだけにハイキングコースとしてはいささか単調だったのは否めず、人気薄なのも仕方がないのだろうか。

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 なお、自殺をやめようの看板は、鳴沢氷穴の近辺に2枚ほどあった。するというと、樹海の表玄関はこちら側ということか。一面、彼岸と此岸の近接する場所とも言えそうだ。自殺志願者といえど、交通の便が良い新富士駅か河口湖駅あたりから富士急のバスで樹海にやってくるのかもしれない。聞くところによると、多くの自殺者は樹海のとんでもなく奥深いところに入り込むのではなく、散策路から少しだけ離れたところで見つかるのだという。東海自然歩道も含め、散策路は国道にも意外と近く、樹海の中にいても道を行き交う車の騒音はわりとよく聞こえてくる。

つづく

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