山登ってみよう【五岳山縦走】

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 過ぐる、四国の善通寺に行ったとき、その背後に控える山に心惹かれるものがあった。今ではだいぶ観光気分のものになったとは言え、四国には現在もお遍路さんの文化が残っており、もっと言えば弘法太師信仰もいまだ息づいている。弘法大師空海の生家跡に建立された善通寺は、言うまでもなくその核心に当たり、善通寺の裏山は、幼少の日の空海が遊んだとも修行したとも言い伝えられているようだ。その名を五岳山という。五岳山で一つの山のような扱いをされることもあるものの、五つの名のあるピークが存在する山塊という扱いが一般的であるらしい。そしてその歴史から、五山縦走の対象となることも多く、空海ウォークだとか空海トレイルだとかいったイベントもあるのだとか。

 五岳山は低山である。夏場に登るのは気候から言ってもきついものがあるし、アルプスと競合すればアルプスを取らざるを得ない。第一、四国までの交通費がバカにならない。四国内の移動にはバースデーきっぷというものがあるが、諸々考慮すると、冬の18きっぷの時期に登っておくのが良いだろうということになった。

 まずは朝一番で高松入り。そこから鉄道を使って善通寺まで移動しなければならない。未だに、四国というか香川県西部の路線網がどのようになっているのかが直感的にわからない。感覚的には、瀬戸大橋を渡った最初のところにターミナル駅として坂出駅があり、坂出駅から南に向かって土讃線が始まり、そこに予讃線がクロスするようなつもりでいる。善通寺駅は土讃線の駅で、何となく琴平に行く手前の駅というニュアンスが強いのだが、実際には予讃線と土讃線は多度津駅で乗り換えが必要になるらしい。折りが良ければ、高松から善通寺まで乗り換えなしで行けるのだけれど、今回はそうも行かなかった。

 温暖そうに思える四国の印象に反し、冷え冷えの善通寺駅に降り立つ。四国に来るのは冬が多くなるせいもあり、考えてみればこの地で雪に見舞われたこともある。ここからさほどに遠くもない天霧城に登った時のことで、遍路道をたどりながら吹雪のようになった中を行くことになり、後悔した記憶がある。にもかかわらず、今回軽アイゼンすら持ってきていないのは、四国を甘く見ていたために他ならない。またしても、軽く後悔する。ただ、幸いなことに車中から見た名もない低山も、駅前から見える五岳山と思われる山も、雪が積もっている風ではなかった。

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 駅から善通寺まではほとんど一本道なので、まずはお寺を目指す。おそらく、その途上から見えているのは最前衛の香色(こうしき)山と、最高峰の我拝師(がはいし)山と思われる。香色山はともかく、我拝師山は低山ながらにかなり切り立った山容をしている。あの山に登るのかと思うと武者震いがしてくる。あるいは、単に寒すぎるせいなのかもしれない。

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 善通寺南大門前の広場にたどり着き、装備を整えた。善通寺は、四国八十八カ所の霊場の中でも別格に近い大寺院ながら、駐車場の使用料以外に拝観料の類は必要なく、誰でも自由に出入りできる。だからと言って、お寺の中でごそごそと身支度をするのもはばかられたので、手ごろなスペースがあって助かった。その後、境内を通って五岳山に登るぞというパッションを高めながら、最初に控える香色山の登山口に向かった。時刻は午前8時を少し過ぎたばかりと言ったところ。地方都市ということもあり、この時間帯の善通寺市街には人影もまばらだったけれど、登山口近くなってちびっこの群れと、その引率と思われる数人の大人からなるグループの姿を認めた。なんだろうと思っていたら、彼らも香色山に登ろうとしていたのだった。そんな様子を横目に見つつ、8:26を今回の山行のスタート時刻ということにしておく。

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 服装を見るに、ガチ登山勢というわけでもなさそうだ。節目の時期に、ある種の聖地とも言えるこの山に登ろうという趣向なのかもしれないと思った。香色山はミニ四国八十八カ所の霊場となっているらしく、道は異様に整備されている。それこそ年端も行かないちびっこでも間違いなく登れるように。ただ、整備されすぎていて少し物足りない。まずはちゃちゃっと登り切ってしまいたい衝動に駆られるも、ちびっこらがゾーンディフェンス状態で行く手を塞いでいるので、つかず離れずの距離を保ちながら15分ほどで登り切った。山頂着は8:42。

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 基本的に香川県自体が低平な県なので、標高153.2mの低山であっても香色山頂からの眺めは良い。少し離れたところに瀬戸内海が見え、瀬戸大橋が見える。幼児のハイキングにはちょうど良いだろう。ただ、そこからさらに先を目指すについては、山頂の看板になかなか厳しいことが書かれていた。「五岳山縦走ルートは、急峻な山道やガケ、岩場も多くあります。一般的には5時間半から6時間ほどかかり、靴や服装、帽子や手袋など、登山の装備が必要です」。ついでに、またもイノシシの危険が仄めかされている。クマのオフシーズンに入ったのに、そういう時に限ってイノシシ山に来てしまうのは日ごろの行いが悪いせいか。この業を終えて、真人間に生まれ変われることを期待する。

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 香色山の頂上で嬌声を上げるちびっこらを尻目に、さっさと先を目指すことにする。善通寺側から登ってくるコースが観光コース並みに整備されていたのに対し、五岳山の核心に向かう道は、打って変わった急坂だ。グングン高度を下げ、次に控える筆ノ山との鞍部に差し掛かった。いや、鞍部というか、普通に民家近くまで下ってきてしまった感じがある。今日のコース、縦走とは言いながら体感的には登って降りる×5になるのではないか。そんなことを思い始め、改めて地図を見た。終盤に控える中山、火上山の間は山の稜線をたどることになりそうだが、そこに至るまでの二峰は、それぞれの山の最高点に対し上り下りする高さもそれなりにありそうなので、やはり登って下る印象が残るかもしれない。

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 そうは言っても、五山を歩き抜くという今日の目標に変わりはない。腐らず、先を目指すことにする。次に控える筆ノ山の標高は296m。香色山の二倍近い高さではあるが、低山であることに違いはない。道は、香色山のそれに比べるとだいぶ野趣にあふれている。かなり落ち葉が積もっているせいもあり、ところどころ踏み跡程度のもののように見えるところもあるほどだ。道中に古い石仏もあるので、遍路道の成れの果てかとも思ったが、この付近の霊場の位置関係からして敢えてこの山中を通る意味もないような気がする。どちらかと言えば、五岳山自体を信仰の場として登る際に使われてきた道なのだろうか。ともあれ、鞍部からは30分弱、9:26に筆ノ山山頂に到着。香色山の頂に比べるとわびし気な雰囲気の場所だ。ここにも石の仏様がいて、井戸のような穴もあるので、その昔は何かしら人工的な施設があったのかもしれない。我拝師山の切り立った山肌が見える。そして、採石のため痛々しく削り取られた天霧山の東面も。

 そしてまた、山を下る。相変わらず急な坂道だ。この辺りの地質がそうなのか、ざれた急坂なので、それがなおさらに神経を使わせる。鞍部に近づくにつれ、前途に覆いかぶさるように我拝師山の東斜面が立ちはだかってくる。まさか登攀もあるまいが、この山に、どうやって登るのだろう。9:40、また鞍部である大坂峠まで下ると、我拝師山まで50分の標識が出ていた。意外に、短い登りなのだろうか。

 いかにして我拝師山に登るか。その答えは至極単純明快だった。直登である。遠望するに急な山肌を直登するのだから、これまたかなり急な坂道だ。これまでに抜いてきた二山がさほど高い山ではないので体力的にはまだ十分余裕を残しているが、結構歯ごたえのある登りである。一応道はあるものの、急坂ゆえに、所によっては道の脇に生えている木の幹を掴んだりしながら登る。別にアルプスの高峰のような峻険さはないけれど、なるほど、ハイキング気分で登るにはちょっと骨の折れる道だ。ただ、大坂峠から我拝師山頂までは、道標にあったよりもさらに手短に登り切り、10:24の到着となった。筆ノ山よりもさらに地味な山頂で、冬枯れの今でこそ展望がないわけではないけれど、樹勢が強まる夏場は周囲を生い茂る葉で覆われてしまうかもしれない。

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 ただ、ことに我拝師山はハイキングの対象となる山という感じではないような気がする。この山こそまさに、修行の山なのだろう。私が登ってきたのと反対側の山腹には、捨身ヶ岳禅定と言われる行場があるようだ。というか、これからそちらに下っていくことになるので、山頂を少し行き過ぎると早くも眼下に寺院の屋根が見えてきた。一般に捨身ヶ岳禅定は、八十八カ所霊場の一つである出釈迦寺の奥の院と認識される場所のようで、五岳山縦走のような場合以外では、我拝師山も出釈迦寺側から登られることが多いようだ。

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 というわけで、我拝師山の西面は、東面とは異なる表情を見せる急峻な岩場となっている。まさに行者が修行する場という雰囲気だった。ただ、穂高の岩場のように、失敗=死というほどの切迫感はない。というか、そんな風に感じるようになってしまった自分の感性も少し怖い。急な岩場を下りきると、出釈迦寺奥の院のお堂がある。駐車場があるようなので、ここまでは車で上がって来れるのだろう。里に暮らす現代の善男善女は、最後の数十メートルを登って修行の気分を味わうことができるようだ。最前下りてきた道を振り返る。自分の足で下って来た自負心があるので登れない岩場ではないという感覚もあるが、客観的にはやはり険しい岩場がそこにそばだっていた。

 奥の院まで下ったところで10:41。ここから次の中山までは15分とある。我拝師山と火上山の間の山だから中山という、ぞんざいと言えばぞんざいな名づけをされた山だけれど、さすがにそんなに簡単に登れるわけもあるまい。不審に思いながら歩を進めたら、実際そのくらいで登れてしまった。このピークは五つの山の中でももっとも地味で、これという印象も残りにくいほどだった。ただ、そんな山でも、やはり石仏はそこに鎮座していた。火上山までは55分とある。

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 ただ、地形図を読み解くに、ここから火上山まではさほど顕著なアップダウンもなく、今日一番縦走らしくなるはずだ。実際歩いてみると、なだらかなアップダウンが繰り返され、今日ここまでの道のりとは明らかに趣が異なっている。それは、見せ場の少なさとも裏腹ではあったが、結局のところ11:20に火上山の頂上に着いた。火上山の名は、先に触れた天霧山の狼煙場だったことに由来するという。皮肉なことにこの山頂も、木々に覆われ天霧山方向をはっきりと視認しづらい雰囲気だった。展望はなく、地味さで言えば五つの山の中でも下から数えた方が早そうだ。ただ、改めて考えると、前半二座の山頂が人為的に過ぎるのかもしれない。

 そこから30分ほどで北に位置する国道11号まで下った。所要時間こそ短かったけれど、ここもスリップしやすい急坂に始まり、東海自然歩道長者ヶ岳の辛い記憶が呼び起こされる傾斜した登山道をしばらく歩くことになるなど、一筋縄ではいかない下山道となった。山道の終わりにたどり着いたのは11:53のことだった。五岳山は、標高が低いので体力的にはさほど苦労を伴うような山ではないけれど、そこはそれ修行場に由来する場所が多いこともあってか、地形は結構厳しいものがあった。

 そこから1時間かけ、国道や県道を歩き継いで善通寺まで戻った。そこはかとなく修行気分で歩いた五岳山を、とにかく無事で歩き抜くことができたので、ここではじめて善通寺にお礼参りをした。なんとなく、四国八十八カ所と観光以上の何かで縁づいた位はするけれど、さすがに歩き遍路は厳しい。チャリ遍路なら何とかと思わないでもないが、遍路道は山をはじめ結構起伏があるといい、大げさに見積もって東海自然歩道並みという気もする。全線遠隔地の東海自然歩道。やはり軍資金が続かない。春にはせめて、高野山を町石道から登るくらいはしたいものだが…。

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