熊野への道(紀伊長島~相賀)・前編

 そろそろ、熊野古道への旅を再開しようと思う。昨年のうちに紀伊長島まで進み、海沿いに出た。全体の行程でも半分弱まで進んだと言ったところで、先も見えてきた感じはする。しかしながら、難易度が上がってくるのもここから先だ。この先新宮までは、基本的に海岸線に近い地域を進むとは言っても、峠越えを繰り返すことになる。加えて、本拠地からの距離が遠くなる上に、列車本数の少ない地域にさしかかるので、日帰り前提だと持ち時間が少なくなる。

 今回の行程でも、まさにこの問題に直面することになった。スタート地点となる紀伊長島駅までは、最速となる特急利用パターンでも10時半前に着くのがやっとだ。帰りの列車や次回のスタートのことを考えると、次の特急駅である尾鷲駅まで歩けると都合が良いが、大小4つの峠越えが立ちはだかるのに加え、歩行距離は30㎞余りになると思われる。これはむしろ季節的な問題で、今くらいの昼の長さだと、最後にやって来る尾鷲市手前の馬越峠を越えるか越えないかのうちに日没を迎えそうだ。

 というわけで、10:23、紀伊長島駅に降り立った。特急が停まるだけあり有人駅だ。ただ、駅周辺にこれというものもない。個人商店程度のものがあるだけで、賑わっているとは言い難い、いかにも田舎の駅という風情だ。持参した飲み物の不足が心配だったので、駅の自販機で水を買いたし、トイレも済ませたところで出発進行。

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 田舎ながら市街地はわりと発達しているので、まだ古道歩きという感じはしない。生活感のある路地裏を歩き、ふみきりやという雑貨屋?の前で踏切を渡る。田舎の方に行くとこういう屋号の店がちょいちょいあるような気がするが、どういうことなのだろうか。地域柄を現したセンスというよりは、古い時代のてらいのない店がよく残っているということなのかもしれない。河口間近の橋を渡った先にも、まさにそういった雰囲気の店が立ち並ぶ、世が世なら商店街だったのかもしれない街並みが広がっていた。店を畳んだところもあるが、小さいながらに商売を続けている個人商店も少なくない。古くから漁業を基幹産業とする中で、そうした人を相手の商売がこの地域を中心に営まれていたのかもしれない。

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 ここで、これも久しぶりのデジタルスタンプのスポットを発見。公式には長楽寺にあるということになってはいるものの、実際には隣地の駐車場の片隅にあった。ちょっと気になることがありつつ、QRコードを読んでみた。最後の熊野古道から1年、その間にスマホが不具合を起こしたことがあった。気になっているのは、その際にデジタルスタンプのデータが消失したのではないかということだ。手持ちのスマホがそのあたりのデータをどこに保管しているのかは定かではないけれど、ネットワーク上にそんなものを持っているとは到底思えない。おかしくなったのはデータ系だったので、その他もろもろと一緒に消えたのではないか。消えたら消えたでそれまでのことかなと思いながら、スタンプ帳を見てみたところ、昨年歩いた区間のスタンプはすべて残っていた。ルート分岐があって歩いていないツヅラト峠分のスタンプがないのも、あの時のままで、これぞ私のスタンプ帳という感じだった。

 少し歩いて、国道42号に出た。何て事もない幹線道路だが、潮の香りがするほど海が近い。空が青空なら気持ちも良かったのだろうが、今日は曇り。おまけに、この時期にしては生暖かく、空気は湿っぽい。寒くないのはありがたいけれど、天気予報も曇り予報を宣言しながら、にわか雨に注意というようなことを言っていたのが気にかかる。これから進む尾鷲地方は、日本有数の多雨地帯として知られる。雨の中を歩き続けるほどのモチベーションを維持できそうにはないので、できれば綺麗に晴れた中を歩きたかった。

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 今日のコースを俯瞰すると、国道42号を軸にしつつ、峠越えを中心にわき道に出たり入ったりする形になる。幹線道路と並行する裏道、生活道路を歩く場合が多かった前回以前とは少し趣が違ってきそうだ。最初の峠となるのは、一石峠。標高は100mに満たず、ほぼ0mの高さから登るにしても物の数ではない。ただ、国道を外れるタイミングがちょっとわかりづらく、一度分岐を行き過ぎた後で同じような場所を行ったり来たりする羽目になってしまった。正解はやや年季の入った干物店の直後左手の、紀勢本線に向かって下っていく坂路に進む、というもの。近辺で行きつ戻りつした時間は5分から10分程度だったか。そのくらいで済んだのは不幸中の幸いなのかもしれない。一石峠の登り口には11:22に着いた。

 頭の片隅で進捗が気にかかる。紀伊長島駅を出発して40分でこの位置というのは、漠然と想定していたより遅い。熊野古道歩行に関しては、事前に精緻なコース情報を得られないので、実際に歩いてみて予定とずれてくるのはやむを得ないところではある。ただ、このペースで進んでいった場合、文字通り今日の山場となる馬越峠に着くのは15時を回ったタイミングとなりそうだ。となると、日没前に余裕を残して馬越峠越えというのが危うくなる。馬越峠自体、300m超程度の、取り立てて高くも険しくもない峠ではあるけれど、20㎞余りを歩いた後に立ちふさがっているので、場合によってはどうなるかわからなかった。

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 一石峠は、地道ながら比較的平たんで道幅も広く、かつ整備状態も良好な歩きやすい峠道だった。そこはそれ山道なので、多少は息を切らしたりしながらも、10分ほどで鞍部まで出ることができた。峠の向こうは、木立の切り開かれた明るい山道となっていた。古道ハイカー向けにそうしたというよりは、付近の植林を伐採したような感じだ。熊野古道の道自体はともかく、周辺環境は往時からほぼ不変ではなかったのかなと思える場面だが、とりあえずは眺めの良さを素直に感激することにした。低い尾根の向こうには熊野灘、小さな島がいくつか浮かんでいるのが見える。

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 一石峠をあっさり抜いた先が、古里地区だ。そのまんま、「ふるさと」と読む。民家は多く、わりと賑わっているようだ。どうも、きいながしま古里温泉というのがあるほか、海水浴場やキャンプ場などもあり、それらの客を相手にする民宿も、少なからず立ち並んでいるような地域らしい。熊野古道のルートとして案内される道は、その縁を伸びていく。伊勢からずっと続くこの道沿いには、これまでのところ大きな都市はなく、安いビジネスホテルのような宿こそないけれど、民宿のようなところには意外なところにそれなりの数がある。この地域も、宿泊ありの歩き旅の中継地点として利用することはできそうだ。

 私の旅は、最終局面となる新宮以外は日帰り前提の旅なので、そのまま通り過ぎる。一時的に国道42号に戻って、高台に向かっていく。眼下の海岸線が美しい。立ちはだかるは名のある峠ではないが、前途に海へと突き出す丘陵地帯が横たわっており、国道もトンネルでこれをやり過ごしている。この歩き旅においては、海岸線側にぐるっと迂回しつつ、先を目指す。佐甫道という、いわくや格式のありそうな名前が付けられているが、入口には廃業したホテルが現存しており、道自体も海を見下ろす散策路のようになっていて、古道というよりはハイキングコース寄りの区間だ。ただ、眺望には優れる場所に違いなかった。ちなみに、多少なりとも落石の危険がある場所らしく、もしこちらのルートがダメだと、国道トンネルの脇の隧道を行くことになると思われる。紀北町の煉瓦隧道として、国の登録文化財にも指定されているのだそうだ。いわゆる土木遺産というやつだろう。

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 佐甫道を行き過ぎると、今度は防波堤の方へと誘導された。コンクリートで固められた、いわゆる普通の防波堤だ。近世以前に存在したものとは思えない。昔の熊野街道が波打ち際を通っていた名残か、それともこの地域には古道がほとんど残されていないためかは定かではないけれど、こういうのも目先が変わって良いのかもしれない。佐甫道もやや高さが低いだけで峠道みたいなものだったが、防波堤に沿って10分ほど歩いていくと、今日2番目の峠である三浦峠の取っ付きに着いた。ここもデジタルスタンプの設置場所だ。ただ、それらしきものは見当たらない。となると、目的のものがあるのは、鞍部か、向こう側の登り口か。公式のマップは「設置場所は三浦峠」程度の大まかな表記となっている。

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 三浦峠の標高も、わずか113mだ。これまた、ハイキング対象としてはことさらに身構えるほどのものではない。ただ、山道区間はそれなりに長い。厚みがあるという感じではない。最短ルートより北寄りに進路を振るので、少し回り道になる。どうも、最短コースを行こうとすると、潮の干満の影響をもろに受ける低湿地に突入することになってしまうので、迂回路を取ったというようなことが看板に書かれていた。場合によってはタイムアタックの様相を呈する今日のコース、回り道に気持ちは逸る。ただ、峠前後の道の雰囲気は悪くない。古い地誌に曰く「三浦峠、坂道急なり…峠を下りて三浦の里に至る」だそうで、この記述は今回の私同様伊勢側から新宮を目指す場合の話らしい。そこまで急な坂道とは思えなかったが、至って地味な切り通し風の鞍部から先は、緩やかな坂となっていた。ちなみに、鞍部にもデジタルスタンプはなく、新宮側の登り口付近にそれはあった。

 この場所には、近年になって再建された木橋があった。何も知らなければハイキングコースによくある木橋として通り過ぎてしまいそうだけれど、解説板によれば、一部残されていた礎石の上に再建されたものだそうで、これに伴い橋の前後区間も熊野古道トレースコースの一部に復帰したような経緯があるらしい。造りは今風なので、復元ではないのだろう。あっさりと越えてしまった峠だが、この区間が世界遺産熊野古道の一部に指定された道である、とも解説されている。

つづく

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