テーマ:お城

雪国の春・その4

 栃木県内に残る未取得のJR線は二つ。日光線と烏山線だ。JR路線としては、いずれも盲腸線である。後者はともかく、前者はそのうち何かの用事があって行くことになりそうな気もするが、東武日光線もほぼ取れてない状態で、二兎を追うものは一兎をも得ないことになりそうなので、この18きっぷシーズンに取っておくことにする。宇都宮から日光まで行って折り返…
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遥かなる旅路 さらば那覇よ

 沖縄最終日は、いつもの旅より少し遅寝をしたけれど、結局平日仕事に行くのと大差ない時間に起き出し、ホテルを出発した。おかげで、くだんのレストラン山の内で朝食営業が始まるよりも早く宿を離れることになってしまったが、旧海軍司令部壕に朝一番で行ってみようと思った。  この史跡があるのは、那覇市に隣接する豊見城市だ。旅行者の感覚で言えば、…
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OKINAWAの世界

 沖縄旅行2日目は、朝の6時半から行動を開始した。昨日の日没が遅かったことからおよそ予想はついていたが、南国の沖縄は日の出も遅い。名古屋よりは赤道に近いので、若干は日照時間が長くなるのではないかと思ったのだが、6時半でも外はまだ暗かった。7時になる頃でも、まだ空は薄暗かった。天気のせいもあるのだろう。  まずは美栄橋駅まで歩い…
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亜空の瘴気コロナウイルス

 都合三度目となる沖縄旅行。ゆいレールの延伸に端を発する駅取り旅であることは否定のしようもないけれど、他方沖縄は車社会でもある。公共交通網は貧弱なのだとばかり思っていたのだが、意外に路線バス網が発達しており、路線の有無だけで言うと、わりと本島内のあちこちに行くことができるのが分かった。もちろん、本数が多いとは言えないので、そこは注意すべ…
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令和最初の九州旅・その3

 長崎の短い夜は明けた。この種の旅としては比較的遅い6時半過ぎに宿を出て、まずは少し西側に位置する浜町アーケード駅に向かう。繰り返しになるが、ここは駅というよりも電停である。駅舎はもちろん、ホームといった普通の駅のような施設はなく、路面電車が走る道路上の一画に、小さな乗降所があるだけの場所だ。長崎最後のひと駅としては誠につつましやかでは…
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平成最後の九州旅・その4

 江戸時代の比較的早い時期、元和の一国一城令というのが幕府より発せられたため、諸大名は自国領内には一つの城しか設けることができなくなった。一国一城とは言うものの、旧律令国で一城というわけではなく、同一領主が治める範囲、端的に言えば一藩一城なので、現在の日本でも一県に一つ二つと言わず、至る所に近世城郭の跡が残されていたりする。そうすると、…
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不通列車の旅・その2

 小高駅でバスを降りたのは、私のほかには一人がいただけだったようだ。それも駅の近隣の住人だったのか、私が駅周辺の地図を見ているうちにその姿も見えなくなってしまった。それ以外には、出歩く人の姿もない。もともとそんなに人の多そうな地域とも思えないし、用もなく歩いて回るには厳しい暑さと言うこともあるだろう。まさか、私が知らないだけで外出が規制…
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三重の落穂ひろい

 伊勢奥津駅を今回の小旅行の起点ということにしたいと思う。この駅は、JR名松線の終着駅に位置付けられる。一応は中部地方に属する三重県内にある路線だが、名は名古屋ならぬ名張の名で、当初の計画では名張と松阪を結ぶつもりだったのでこの名前が付いた。が、沿線の多くは僻地だということもあり、計画は頓挫して今に至ったと聞いている。  気の毒な…
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列車という名の人生・その5

 月曜の早朝6時。チェックアウトの手続きに入る。ウィークデーなので、朝早い人なら既に行動を開始していてもおかしくないような時間帯だけれど、ゴールデンサウナの中はひっそり閑としている。たぶん、この店が最も流行るのは金曜の夜なのではないか。そんな気がする。なんだか世の中の動きから取り残されたような感じがするのは、単純に昨夜の客が少なかったか…
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列車という名の人生・その1

 中国山地の奥地に、木次線という鉄道路線が存在している。宍道湖あたりから広島県の三次市に向かうような形で中国山地を南北に突っ切る感じの路線である。どういう事情だったかは詳しく覚えてないが、たぶん島根から広島に移動する必要に迫られたのだとは思う、とにかく過去に一度だけ利用したことがある。が、非常に厳しい旅となった。こういう場所を走る路線の…
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神様の影を恐れて(中編)

 座喜味城は、沖縄本島中部より少し南に位置する読谷村にある。那覇から決して近いとは言えないが、幸いなことに読谷バスターミナル行きの路線バスというのが存在していて、これに乗ることで比較的容易にアクセスできる。特に座喜味バス停というバス停が城跡の最寄りではあるが、こちらを通るバスは比較的本数が少ない。ただ、県道6号沿いに複数あるバス停からも…
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鳥屋根城訪ねて

 ちょっと前、大多喜城に関連して本多忠勝のことを調べていた時、wikipediaで彼の初陣が鳥屋根城攻めだということを知った。無論、三河の城である。しかし、いろいろ調べてみても、wikiの記事を引き写したらしい忠勝の生涯に関する記述以外で見かけることのない名前だった。どうも、一般的には登屋ヶ根城(とやがねじょう)と呼ばれることが多いらし…
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半島の旅(中編)

 二日目の行程は、原点回帰の城旅要素が色濃い。内房線と外房線を乗り継ぎつつ、館山城と大多喜城を落としていく。館山城についてはそこまで強い関心を示していたわけではないのだけれど、房総半島の先端近いこの場所に次やってくるのはいつになるのか分かったものではないので、この機会に落としておくことにした。対するに大多喜城は、比較的長いこと興味を持っ…
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鉄道とは乗ることと見つけたり・その2

 暗くなってからやってきて、暗いうちに出発するのが冬の18きっぷ旅の習いである。一大観光地として知られる別府ではあるけれど、やっぱり夜の明ける前から南に向かって動き出す。特に西日本は夜明けが遅いので、この時期は7時近くならないと周囲も白んで来ないのだけれど、そこまで待っていたのでは移動効率の悪いこの旅では致命傷につながる。それに別府のメ…
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鉄の暴風雨・その3

 昨夜走ってきた予土線は、ひたすら真っ暗闇が続くような、空恐ろしげな道のりだった。沿線にはほとんど人の営みがないのではないかと、そんな錯覚に陥りそうである。それは大げさであるにしても、とにかく電灯や街明かりなどは乏しく、車外の様子がまったく分からなかったことだけは確かだ。そんな道中の松丸駅の近くに、河後森(かごもり)城という城跡がある。…
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鉄の暴風雨・その2

 1時間ほど付近を観光した後、バスに乗って再び西へ。奈半利駅から土佐くろしお鉄道に乗車した。ローカル線であるにもかかわらず、意外と高架線である。やなせたかし氏デザインのキャラクターを掲げた駅を次々通過し、なんだか謝られているような気になってくる後免駅に到着。ここから先に進むには路面電車に乗り換えても良いのだけれど、今日はここまでの日程の…
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嵐の中で出歩いて・その1

 近鉄の近は近畿日本の近である。が、近と言うよりは中の名古屋にも近鉄の路線は乗り入れていて、近鉄名古屋駅は同社の駅の中で最も東に位置する駅と言うことになる。何となく近鉄のカラーにはなじまない気もするが、昔伊勢電気鉄道と言うのがあって、これが近鉄グループに取り込まれたのが名古屋線の前身となっているようだ。そんな近鉄には、金土日もしくは土日…
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闇の旅人(前編)

 いつの頃からか、私の晩夏はどまつりの喧騒を避ける旅とともに暮れていくようになっていた。どちらかというと夏の初めに大仕掛けの旅行をもってきて、夏の終わりは気楽な一泊二日旅となることも多かったのだけれど、今年の夏は序盤に山へ注力したため、8月の終わりに長い旅へと出ることになった。すなはち、東北への旅である。夏も盛りに差し掛かってから「ゴー…
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駅の思い出と取り残しの城(後編)

 東京の始発はびっくりするほどに早く、それに合わせて行動を開始することも考えられた。夏ともなれば夜明けは早く、未明と言いたいような時間帯でも外はすでに明るい。5時前に寝床から起きだし、チェックアウトを済ませ、早朝の街に出る。まず目指すは東京駅。駅の思い出を集める関係で、今日最初の目的地である八王子駅までの起点は東京駅である必要があった。…
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駅の思い出と取り残しの城(前編)

 聞くところによると、未来の世界では鉄道の衰退が進んでおり、とうとう現世で駅の思い出を集めなければならないところまで事態が深刻化してしまったのだという。そういうことろなれば、城攻めのために青春18きっぷを乱用し、ついに日本全国47都道府県を踏破するに至った私の出番と言うわけだ。惜しむらくは、これまでそんなことは全然知らずに鉄道を利用し続…
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エターナルスランバー・その3

 能登半島にはのと里山海道という自動車専用道路が通っていて、県都金沢と、七尾市や輪島市、珠洲市と言った能登半島の主要都市を結ぶ役割を果たしている。かつては能登有料道路という味もそっけもない名前だったが、2013年度をもって無料化されたことから、現在のような通称名で呼ばれる一般道路になった。建設費用の償還が完了したからとかではなく、北陸新…
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エターナルスランバー・その1

 ゴールデンウィークなど、どこに出かけても人だらけである。自由に動き回ることすらままならず、下手すれば無為に時間を浪費するばかりになるような気はするのだが、それでも世間が大型連休だなんだと言って浮かれ出すと、それに乗り遅れたくないといってそわそわしだすのが人の性である。連休の計画は初動で遅れたので、あまり綿密な計画によるものとはならなか…
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今日だってあなたを思いながら歌うたいは唄うよ

 続日本100名城の選定を機に、長年行こう行こうと思ってついぞ実現の機会がなかった金山城を攻めていることにした。所在市町村でいえば可児市とか八百津町とかのあたりなのだけれど、最寄り駅となる明智駅からですら2㎞~3㎞ほどは離れており、車を持たぬ身には不便なことこの上ないため、ず~っと後回しになってきたものだ。  しかし考えてみれば、…
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続・日本の名城百傑、発表される

 4月6日は城の日らしい。それにひっかけて、かの財団法人日本城郭協会が日本100名城に続いて続日本100名城というのを発表したのだそうだ。つらつら数えてみたところ、現時点で68城が既訪の城だった。  全般に無印100名城に比べるとかなりマニアックなラインナップとなっており、現存天守の城が皆無なのは言わずもがな、復元天守の城すらも数…
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中部縦貫城見旅

 今度の旅に出かけるにあたり、松本泊まりが難しそうだとわかると、宿は平湯温泉に求めようかと思っていた。いつものパターンで穂高荘倶楽部に泊まる心積もりだったのだけれど、考えてみれば京都一周トレイル旅以来、週末ごとに旅に出かけており、しかも行く先々で早起きしている。連戦の疲れがたまっているわけでもないが、簡易宿泊施設的な性格が強い穂高荘倶楽…
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上陸・能島城

 福山市は広島県で最も東に位置する都市だ。初期の18きっぷ旅においては、福山城見学のために降り立っただけの駅だったが、実は交通の要衝でもある。新幹線が止るのは言うに及ばず、福塩線への乗換駅ともなっている。まあ、どちらも使ったことはないのだけれど、鉄道交通に限らず、実はバス路線のターミナルともなっていて、偶然か必然か、市内には福山通運の本…
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春の城

 今治近くの瀬戸内海に能島と言う名の小島がある。しまなみ海道沿いにある大島…からわずかに海を隔てて位置する島だが、無人島である。ここにはその昔、有名な村上水軍の本拠地があった。その名も能島城と言い、この城を本拠地としたのが能島村上氏である。著名な武将としては村上武吉を輩出しており、毛利氏の水軍としても知られる。が、先に書いた通り無人島な…
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海の九州・その6

 九州の旅最終日は、小雨の中で幕を開けた。こうなってみれば、昨日多少無理をしてでも大野城に行っておいて正解だったと思う。当初の予定だと、大野城は旅行最終日にクリアし、その後から名古屋に帰るつもりでいたのだ。雨の中、山城に登るのは辛い。  旅程の中日で大野城を攻める計画が成り立ったのは、有明海を船で渡れたことに尽きる。そんな航路の発…
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海の九州・その5

 ここから島原外港まで戻らなければならないが、バスがない。決して近いとは言えないが、歩いて港まで移動し、そこからまた船に乗る。ただ、フェリーで熊本に戻ってもあまりおいしくないので、今度は高速船で三池港に渡る。これも世界遺産登録が話題になっている三池炭鉱で有名な三池だが、今回は素通りし、大牟田駅まで速やかに移動。大野城を落としに、太宰府市…
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海の九州・その4

 二日目は、フェリーで島原半島に渡る。もともとは阿蘇方面に行きたかったのだけれど、まだ地震の傷が癒えておらず、公共交通機関での移動に不便が伴うため、いろいろ考えてこの形に落ち着いたものだ。目指すは、半島の南部にある日野江城。また、意外と時間を取れそうだったので雲仙岳災害記念館にも行ってみることにした。これも、十分に時間があれば道の駅みず…
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