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ディープ・ダンジョン〜夕庵〜
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方向性の定まらない、愚にもつかないサイトを開設しています。
メインサイトからお越しの方、「ブログはやらない」とか言っていたのにすみません。

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タイトル 日 時
決戦東山
 今確認してみたが、京都一周トレイルを西山コースまで歩きとおしたのは約2年前の初夏のことだったようだ。ただ、不思議とやりきった気がしないのは、市街の南部を歩いて文字通り京都一周してないのも、京北コースを歩いていないのもさることながら、多分東山コースを一撃で仕留められなかったことにあるのだと思う。 ...続きを見る

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2017/03/22 22:20
春の城
 今治近くの瀬戸内海に能島と言う名の小島がある。しまなみ海道沿いにある大島…からわずかに海を隔てて位置する島だが、無人島である。ここにはその昔、有名な村上水軍の本拠地があった。その名も能島城と言い、この城を本拠地としたのが能島村上氏である。著名な武将としては村上武吉を輩出しており、毛利氏の水軍としても知られる。が、先に書いた通り無人島なので、定期船で渡ることはできない。カヤックとか、その種の船を操る技術があれば個人でも海を渡れるのかもしれないが、一般にこの島の周辺は潮の流れがかなり速いと言われて... ...続きを見る

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2017/03/21 21:29
山登ってみよう【伊木山】
山登ってみよう【伊木山】  以前あるテレビ番組で見たのだけれど、日本全国には「○○富士」の名をもって呼ばれる山が数百、確か五百前後存在しているのだそうだ。多いか少ないか、微妙な数字だが、確かに身近にその種の山は存在する。犬山には尾張富士があるし、岐阜県には真富士山という山もあるという。探せば殺意の波動に目覚めた富士とか狂オシキ富士とか見つけるのも夢ではないと思いたいところだが、尾張富士も真富士も元がそういう名前の山である。対して、やはり犬山と木曽川を挟んで対岸に位置する各務原には、夕暮富士の異名をとる伊木山という山がある... ...続きを見る

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2017/03/20 21:23
海の九州・その6
海の九州・その6  九州の旅最終日は、小雨の中で幕を開けた。こうなってみれば、昨日多少無理をしてでも大野城に行っておいて正解だったと思う。当初の予定だと、大野城は旅行最終日にクリアし、その後から名古屋に帰るつもりでいたのだ。雨の中、山城に登るのは辛い。 ...続きを見る

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2017/03/19 20:22
海の九州・その5
海の九州・その5  ここから島原外港まで戻らなければならないが、バスがない。決して近いとは言えないが、歩いて港まで移動し、そこからまた船に乗る。ただ、フェリーで熊本に戻ってもあまりおいしくないので、今度は高速船で三池港に渡る。これも世界遺産登録が話題になっている三池炭鉱で有名な三池だが、今回は素通りし、大牟田駅まで速やかに移動。大野城を落としに、太宰府市の都府楼前駅を目指す。ここで言う大野城は、古代城郭の大野城だ。最近は越前大野城の名前が売れ始めているが、二匹目のどじょう感が否めない復元天守の天空の城と違い、こち... ...続きを見る

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2017/03/19 20:18
【がまだす地方都市】島原の博物館を熱く語る(雲仙岳災害記念館)
【がまだす地方都市】島原の博物館を熱く語る(雲仙岳災害記念館)  順調に用事が済んだので、バスに乗って来た道を引き返す。今度バスを降りるのは、アリーナ入口バス停だ。目指すは、がまだすドームこと雲仙岳災害記念館。この地域を貫く国道251号はがまだすロードの通称がついており、がまだすとは火山の意味なのだろうかと思っていたが、この地方の方言で「がんばる」という言葉なのだそうだ。周辺は、道路も町並みも新しい。ピカピカと言う感じでこそないけれど、昔からの家がないのは、雲仙岳の噴火により壊滅的な被害を受けた名残なのだと思われる。 ...続きを見る

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2017/03/19 11:10
海の九州・その4
海の九州・その4  二日目は、フェリーで島原半島に渡る。もともとは阿蘇方面に行きたかったのだけれど、まだ地震の傷が癒えておらず、公共交通機関での移動に不便が伴うため、いろいろ考えてこの形に落ち着いたものだ。目指すは、半島の南部にある日野江城。また、意外と時間を取れそうだったので雲仙岳災害記念館にも行ってみることにした。これも、十分に時間があれば道の駅みずなし本陣ふかえだとか、旧大野木場小学校被災校舎砂防みらい館だとか、見るべきものはあるのだけれど、今回は中核施設狙いである。 ...続きを見る

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2017/03/19 11:06
海の九州・その3
海の九州・その3  八代城は、清正系の加藤氏によって築かれた城である。加藤清正が築いた城としては熊本城があまりにも有名だが、同時期の肥後国内には麦島城という城も存在しており、加藤氏による統治の拠点となっていた。この麦島城は、元和の大地震によって崩壊したと伝えられている。現在も市内を流れる球磨川と前川の中州に位置していたことから麦島なのだと思われる。川に近い立地は防御において有利ではあったのかもしれないが、もしかしたら地盤が軟弱だったのかもしれない。代わって、清正の次男である加藤忠正によって八代城が築かれた。ただ、... ...続きを見る

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2017/03/19 11:03
【不知火地方都市】水俣の博物館を熱く語る(水俣病資料館)
【不知火地方都市】水俣の博物館を熱く語る(水俣病資料館)  水俣で目指すのは水俣病資料館である。最近どうだかは知らないが、私が子供の頃、小学校の社会の教科書では公害病のことが取り上げられていた。四大公害病などと言われるものがあって、水俣病、第二水俣病(新潟水俣病)、イタイイタイ病、四日市ぜんそくがそれだ。それぞれの病気の症状まで詳しく踏み込むものではなかったけれど、これらの中でイタイイタイ病はインパクト抜群で、罹患者は、ちょっとした衝撃・振動に痛みを感じ、まともな社会生活を営むこともできないと言うのに恐怖を覚えた。対照的に、水俣病だけはその症状がよく分... ...続きを見る

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2017/03/19 11:00
海の九州・その2
海の九州・その2  翌朝。気が付くと船は右舷方向に島影を見ながら海を走っていた。島影と言うか、宮崎辺りの海岸線なのだろう。珍しくレストランで朝飯を食べていると、館内放送が入り、今右に見ている高台が都井岬なのだという。海側から見ても雰囲気は悪くないが、できれば陸から訪ねてみたい景勝地の一つである。何しろ、海から見る限りでは野生馬の群れを見ることができない。 ...続きを見る

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2017/03/19 10:56
海の九州・その1
海の九州・その1  沖縄の地に足跡を記し、日本国内に未踏の都道府県がなくなったのが約3か月前のことだ。もちろん、まだ全く足を踏み入れていない地方はあるので、今後もそういった所は狙って行きたいのだけれど、当座の目標として、泊まったことのない県に一通り泊まってみたいと思う。残るは、秋田県、山形県、福島県、千葉県、山口県、熊本県の6県である。このうち、九州方面への旅を思い立つにあたり、熊本泊りをクリアすることにした。 ...続きを見る

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2017/03/19 10:54
山登ってみよう【縦走東海自然歩道・四谷千枚田〜三河大野・後編】
山登ってみよう【縦走東海自然歩道・四谷千枚田〜三河大野・後編】  宇連山分岐から少しの間、道にはクマザサが生い茂っており、若干荒廃した印象を受けたものの、間もなく藪を抜け、宇連山の支尾根の山腹を伸びる比較的平坦な道に変わる。植林の中の道だ。割と落ち着いた佇まいを見せている。時に林道と絡みながら、東海自然歩道は続く。そんな中に大島の滝が姿を現したりして、風景に変化を添える。今は入手も容易でないだろう風媒社の登山ガイド「愛知の100山」の宇連山編は、県民の森側からでなくこちら棚山高原経由のコースを紹介していたように記憶している。 ...続きを見る

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2017/03/08 21:07
山登ってみよう【縦走東海自然歩道・四谷千枚田〜三河大野・前編】
山登ってみよう【縦走東海自然歩道・四谷千枚田〜三河大野・前編】  定光寺を起点に、西へ東へ延びていく私の東海自然歩道旅も、実は愛知県内に未踏区間がある。言わば足元もおぼつかない状態なのだが、それが鞍掛山麓から棚山高原までの区間と、鳳来寺山から三河大野まで下る区間である。もともと全線踏破など夢想だにしなかった時期の山行計画の名残で、今ならこんな残し方はしないところなのだが、このやり残しはずっと気がかりとなっているところだった。そこで、今年の鍛錬シリーズの手始めに、四谷千枚田から三河大野まで歩くことにした。 ...続きを見る

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2017/03/07 21:50
寺巡ってみよう【知多四国八十八箇所・27番〜36番】(後編)
寺巡ってみよう【知多四国八十八箇所・27番〜36番】(後編)  大井五ヶ寺を巡った後、いったん海側に出、うわさに聞く上陸大師を見に行く。その名の通り、海の中に立つ弘法大師像は、昭和59年に建てられたものなのだそうだ。ごく最近に建ったものではないけれど、かといってものすごく歴史が古いわけでもない。ところで弘法大師空海は本当に尾張にやって来たことがあるのか。彼の伝説は枚挙にいとまがなく、それこそ日本各地に残されている。知多に霊場があるということは、全くの土俗的な伝承とは一線を画するもののような気がしないでもないのだが、ここまで歩いてきてもそこのところは今ひとつ... ...続きを見る

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2017/02/28 21:21
寺巡ってみよう【知多四国八十八箇所・27番〜36番】(前編)
寺巡ってみよう【知多四国八十八箇所・27番〜36番】(前編)  二週間のインターバルを置き、四度目の知多四国巡拝の旅に出た。前回で名鉄河和線の終着駅である河和駅まで歩いたので、今回はその先の師崎まで歩く。札所で言うと27番から36番に当たる。前回終盤は海辺の道となったのだけれど、河和から先の師崎までは、ちょっと雰囲気が想像できない。地図で見ていると、少し山側に引っ込んだところを歩くことになりそうなのだけれど、海も見えないような地形なのか、ちょっとした高台からなら海が見えるのか、それによってだいぶ印象が異なる。さて、どうなることやら。 ...続きを見る

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2017/02/27 22:06
旅程不如意
 毎度毎度のことではあるけれど、気が付けば九州への旅が刻々と迫りつつある。そんなに余裕もなくなりつつある中、どうにか計画らしきものが固まった。 ...続きを見る

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2017/02/26 22:18
天地名刹
天地名刹  二日目に狙っていくのは、金戒光明寺、聖護院、知恩院。できれば妙法院にも回りたかったのだけれど、ここはちょっと方向が違う。どちらかと言うと、前回で回った建仁寺や高台寺、西福寺に抱合せるとちょうど良さそうな位置でもある。残念だけれど、次の機会に繰り越すことにし、まずは金戒光明寺へ。 ...続きを見る

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2017/02/24 21:10
村雨城の謎
村雨城の謎  今調べてみたのだが、初代ファミコンのディスクシステムが発売されたのは、1986年のことだったようだ。ファミコンソフトが爛熟期を迎えるのが1980年代末のこと。一方ファミコン自体の発売が1983年のことなので、なんだかんだで10年近くも続いたハードとしての寿命のうち、かなり早い時期に売り出されたものだったようである。鳴り物入りで登場したのだと思う。初期には「ゼルダの伝説」や「メトロイド」など後年まで続く人気シリーズがリリースされているが、そんな中に紛れてひっそりと沈んで行ったソフトもある。例えば... ...続きを見る

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2017/02/23 21:48
山師の魂
 よくよく考えてみると、今年の山目標を掲げていない。一般旅行は、課題を残しつつも北海道・沖縄遠征と言う二大クエストをクリアしたし、城も名のあるところはあらかた見尽くしたので、比較的目標を捻出しやすいのが山方面なのだけれど。 ...続きを見る

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2017/02/14 21:54
寺巡ってみよう【知多四国八十八箇所・21番〜26番】(後編)
寺巡ってみよう【知多四国八十八箇所・21番〜26番】(後編)  ここでちょっと思案する。たぶん、わかり易さ最優先なら、この先は国道247号を南下するのが賢明なのだろう。次のお寺を目指すにあたって少し回り道にはなるが、せいぜい数百メートルを余分に歩く程度で済みそうだ。ただ、せっかくなら古い家並みの中を進んだ方が面白そうではないか。迷いどころはそこだった。曹源寺で買った歩き地図は、実際、幹線道路を歩かない道をガイドしている。若干、進路の確認が煩雑になりそうなのが心もとなかったけれど、結局この裏道を進むことにした。 ...続きを見る

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2017/02/08 22:22

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