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今春最後の青春18きっぷで京都・大阪のお城を見に行った。名古屋からの移動距離が短いのと、快速も含めて電車本数が多いのとで思いの他迅速な移動が可能となり、多少厳しくなるかと思われた日程も比較的スムーズに消化できた。今日のテーマは軽く三好特集である。三好長慶、一般的知名度はいまひとつだが、信長上京以前でもっとも天下に近かった大名の一人である。 ■芥川山城 大阪府高槻市の郊外にある山城で、長慶が初期の居城としていた。もっとも、高槻市内には二つの芥川城があり、山城でない方は現在のJR高槻駅近くにあったといわれる平城の芥川城である。この平城と詰の城である山城とで領国支配を行っていたのかもしれない。で、肝心の山城の方だが、規模はなかなかのものである。わりあい平坦で屈曲の少ない通路でもって山中各所の曲輪を結んでいたようである。人工的に削平された区画を初め、土橋や堀切・石垣などの遺構がかなり良好な状態で残っているが少々山城としての迫力に欠ける。畿内地方では土木技術はともかく、縄張りの工夫など設計面で築城技術が立ち遅れていたと言うが、まさにそのことを感じさせる山城である。後年、長慶は飯盛山城に移ることになる。より防御能力の高い天嶮に移っていったという一面もあるのかもしれない。私の足取りも、芥川山城後は飯盛山に向った。 ■飯盛山城 大阪府四条畷市にある山城。市街地に極めて接近した山城ながら、比高はかなりのものがある。一般に芥川山城よりも険阻な城であるといわれているが、今日の私はルートセレクトを誤ったのか、ひたすらハイキング山のような道のりを通って飯盛山頂に到達した。山頂からの眺めは良く、季節柄桜の花も山のそこここで咲き乱れていたので、一般観光にはもってこいの山だと言えよう。私にとっては大いに期待はずれだったのだけれど。今日一番期待していた物件なだけに、返す返すも口惜しい。なんでも旧登山道が法面崩落の危機にさらされているとかで閉鎖されていたのだが、旧登山道の方が城郭遺構を良く残していたのかもしれない。 ■伏見城 京都市の南、伏見の丘陵地帯にある城。もともとは豊臣秀吉の隠居城として築かれたものだが、実際には数々の政治劇の舞台ともなっており、日本史上もそれなりに重要な場所である。安土桃山時代の時代区分名称は他ならぬこの城のあった地名から来ている。「伏見桃山城キャッスルランド」のランドマークとして建設された、派手な模擬天守が残る。なお、実際の丘城地の主要部分は明治天皇陵となっており、基本的には立ち入りが出来ない。近くには桓武帝の墓陵もあるので、周辺地域の移動もかなり制限されているが、大都市近郊であるにもかかわらず森閑とした雰囲気が残されている。 |
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