地下鉄に乗るっ VS 歩くまち京都

 この冬の京都旅の本命は、年が明けての京の冬の旅となる予定だ。前回は今ひとつ琴線に触れるものがなかった印象だが、今回は根こそぎに近く回ることになりそうである。大まかに言って、太秦、壬生・二条、東山、六波羅の四方面に分かれているので、いずれにせよ一回で片が付くものとは思えないが、スタンプラリーも込みで、コンプリートは目指してみたいと思う。

 と言うような事情もあったため、今度の京都行は次に目指す方面を避けて通るように、これまでの旅の落穂拾いをするのが主目的のようになった。行先としては、青連寺門跡、京都市歴史資料館、廬山寺(御土居跡)の三か所。効率的に回ると時間が中途半端に余りそうなので、すべて片付いて京都駅に向かう以外は徒歩で移動することにした。「地下鉄に乗るっ」の取り組みには注目しているのだけれど、最近は歩くまち京都でも売り出そうとしているようなので、二つの方針の板挟みとなる形になった挙句、歩くことにした。前日、帰りのバスをネット予約しようとしたところ、午前中から14時便まで予約でいっぱいになっていたので、比較的遅い便で帰ろうと考えたのだった。ただ、ネット予約枠と窓口販売枠は明確に切り分けられているらしく、いつものように京都駅前のバスターミナルで乗車券を購入しようとしたら、14時便どころか13時便でも空席があったのだけれど。

 青蓮院は祇園のルーマプラザからだと、遠からず近からずの位置にある。八坂神社から、円山公園、知恩院と抜けていくと、じきに行きつく。拝観受付の開始時刻は9時なのだが、チェックアウトに余裕を持ち過ぎたため、少し早過ぎるくらいのタイミングでたどり着いてしまった。三度目くらいになるが、明智光秀の首塚を見学して時間を潰す。

 一体このお寺がメジャーなのかマイナーなのか、図りかねているところはある。いや、京都の古刹として名前が売れているからにはマイナーであろうはずもないのだけれど、一大観光地と言う雰囲気でもなく、いつ行っても拝観者はそこまで多くはない。今回も、拝観受付開始と同時に中に入る形になったので、他の客はほとんどいない状態だったが、ここの庭はなかなかいい感じである。龍安寺とか天龍寺のような有名になり過ぎた庭とは趣が違い、どこか落ち着いたたたずまいを見せている。東山の山陰になっていて、底抜けに明るいわけでもないせいなのかもしれない。

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 実際、以前に歩いた京都一周トレイルの東山コースのうち、粟田口に下る急坂が青蓮院から至近のところにあった。急坂に有刺鉄線と言う剣呑な組み合わせが印象に残っているが、現在はその東山の山上に、将軍塚青龍殿と言う施設ができたらしく、盛んに宣伝されていた。通常の京都観光の一部として足を運ぶには、ちょっと辺鄙なところと言う印象を否めないが、東山コース再戦の折には立ち寄ってみるのも良いかもしれない。

 なお、この寺院は青蓮院門跡の一名を持っても知られる。要するに高貴な人が門主を務めた格式の高いお寺と言うことだ。京都仏教界のヒエラルキーにおいて高位に属するというのとはニュアンスが違うが、小御所とか呼ばれる建物などが、その格式を伝える。後櫻町上皇が仮御所として使った時の建物だという話だが、明治時代に焼失したので江戸中期の建物を移築したのだそうだ。とは言っても、いかにも古式ゆかしい格式を感じさせる建物の内観は、残念ながら撮影禁止となっている。

画像 今日の予定コースでいちばん格調高い見学先が青蓮院である。後は質素な資料館や、地味な史跡を辿って終わりとなる。その質素な資料館であるところの京都市歴史資料館は、京都御所の東側一隅に建っている。有料施設かと思いきや、無料で内部を見学できるのだそうだ。これはある意味うれしい誤算ではあったけれど、施設の内容は、まあ無料なりにといった所だった。ただ、企画展として行われていた絵図・地図展示はなかなか面白いものだったし、館内奥の方でひっそりと展示されている映像資料は、古いものながら、古いからこそ興味深い事実も垣間見えて良かった。見たところ、30~40年位前に撮影された映像なのだろうか。

画像 最後に、そこから少し離れたところの廬山寺に足を運んだ。目当ては御土居だが、ここの物はすでに見てきた玄琢近傍のそれや北野天満宮のそれと比べると、保存状態はさほど良くないように見える。と言うか、もともとの規模が小さかったのかもしれない。高い土塁と言うよりは、墓地の片隅にある大きめの土饅頭に木々が生い茂っただけのもののようにも見える。京都の街の周囲を囲う御土居のすべてが規模壮大だったわけではなく、ところにより雰囲気は違っていたのかもしれない。

 今度の京都旅行は、非常に趣味的なものだ。旅行自体が趣味で行くものなので変な表現だが、とにかくガッツリ観光しようと意気込んだものではなかった。次回に向けた情報収集を最後に行い、京都駅で自分用に西陣織のネクタイを買って終わりを迎えた。久しくネクタイなど買っていなかったのでその相場を忘れかけていたが、1本5000円以上する干支のネクタイである。翌日、普通の街の紳士服店で普通の安~いネクタイを買ったら、1本2000円に満たない程度だったので、5000円は高い方だったのだろう。

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