山登ってみよう【東海自然歩道アナザー・岩村~夕立山~槙ヶ根】

画像 東海自然歩道の西部戦線を閉じようと思う。もともと東側とほぼ同時のゴールを考えていたのだけれど、気が変わった。東部戦線はこれからますます厳しさを増していくことが予想される。東の決着を待っていたら西が終わるのがいつになるかわからない。現状、高槻の郊外までは進んでいるので、うまくやれば、次回は一撃で決着がつけられるはずだ。ただ、その前の足慣らしとして、恵那コースにもひとつの決着を迎えさせなければならないと思い、岩村の地に向かった。

画像 もともとは、前回で大正村界隈から恵那駅まで一気に歩くつもりでいたのだけれど、道迷いで気勢をそがれ、前回歩行をコースの半ばあたりで打ち切ったといういわくつきのコースでもある。裏を返せば、4時間程度あればゴールできるショートコースということなので、遅めに家を出て10時半過ぎの岩村駅に降り立った。この田舎の駅は、前回来た時とさほども変わらぬたたずまいを見せているが、季節も時間帯が違うためか、どこか寂しげにも感じられる。

画像 まずは近くのコンビニを目指す。不覚だったのだけれど、汗拭きタオルを忘れた。致命的な忘れ物ではないけれど、油断だなあと思う。まあ、昨日思いついて急遽実行に移した歩き旅だから、段取りに粗が目立つのはある意味仕方ないのだが、かりそめにも山の領域に入るのだから、計画はそもそも慎重であるべきところだろう。今日のコースは、岩村をスタートした後、夕立山に登り、恵那コース歩き始めの地である槙ヶ根につなげる。文字通りの山場となるのが夕立山なのだが、それ以外これというものもなく、見せ場には欠けるかもしれない。

 だからというわけでもないが、まずは岩村駅の近くにある千体仏なるものを見に行く。が、いまいち迫ってくるものがない。一応は仏様なので近寄ってまじまじ見なかったので細かな造作がわからなかったのだが、ここはあまりお上品であるべきではなかったのかもしれない。ただ、千体仏は空振りに終わったが、石仏のある高台からは、中央アルプス南端の山並みがよく見える。頂近くにうっすらと白く雪をかぶった山稜からは、冬が近いことが感じられる。今日のコースは牧場とアルプスを望むみち。岐阜県コースは、場所によりこの種の通称がつけられている。頻繁に積雪のある地域となると、もう少し遅い時期になれば気楽には歩けない道となるのかもしれない。

 千体仏は少し前回コース側に戻った場所に位置するため、もう一度駅近くまで戻って、本格的な歩行スタート。一応11時のスタートとする。まず目指すは稀庵塚という史跡である。もともとは都の高僧だったのだそうだが、武田信玄との諍いがあって殺害されたので、その死を悼んで塚が作られたのだという。東濃の地には、武田氏の影響も色濃い。岩村の名物として売り出されている女城主も、元は織田信長の血縁者でありながら、政略的意味合いで武田氏の家臣筋に嫁した後、両家の関係が悪化すると嫁ぎ先のお家大事のために織田氏に敵対し、最後は信長の怒りを買って長良川で磔にされたという人である。そんな屈託した生涯でありながら、岩村のアイコンとしてことあるごとに用いられている。、

 それにしても、スタート直後のコースは人々の日常生活の場が近い。地下道で国道257号をくぐるようなコース設定はその際たるものだが、自然歩道はその後も国道とつかず離れずのところを行く。この道の交通量の多いことは前回身をもって体験しており、少し離れてきたところから聞こえてくるロードノイズは、自然歩道の音としてはいささかにぎやか過ぎるきらいがある。

 もっとも、目に見える光景はまもなく本格的な冬を迎えようとする農山村のそれなので、まったく無機質というわけでもない。というより、こういう風景こそ東海自然歩道の精髄なのかもしれないとも思う。東海自然歩道とは言いながら、その延長上にはこうした風景がそこここに広がり、本格的な山道の区間というのは意外なほどに少ない。まあ、その本格的な山道のクライマックスである丹沢を始め、東部戦線はこれから先に難所が控えており、私はまだ東海自然歩道の半面しか知らないのかもしれないのだけれど。それにちょっぴり残念なのが、今日の向きに歩くと基本的にはアルプスを背負う形になるので、コース名にもなっているほどにはアルプスを望むことはできない。

画像 そんな農村地帯の一角に稀庵橋という橋があり、その傍らにこのコースのアイキャッチにしばしば使われる石仏がある。馬頭観音?この先この道がどうなっているのかは歩いてみないとわからないが、この付近の風景こそが、恵那コースのひとつの白眉なのかもしれない。遠景に、恵那の高い山並みも見える。ちなみに稀庵塚は、そこから少し夕立山側に進んだ山の山腹にある。塚というので名前そのまま大きめの土饅頭みたいなのを想像していたが、どちらかというと祠と表現したほうが直感的である。

 道は、山村の縁を進んでいく。ちょっと半端な位置にも思えるのだが、なぜか復元された高札場があったりもする。今日のコースは大名街道などと呼ばれた、岩村の殿様が参勤交代に使った道の成れの果てだということだ。大名街道は、領内巡視の道であり、他家の領内を避けて通る目的でも使われたと考えられているらしい。岩村城から南に伸びるこの道、避ける必要がある他家領というと苗木藩だろうか。新時代を迎えて使われなくなると、程なく荒廃が進んだようだが、路傍の案内板などによれば、それが東海自然歩道として復活したのだそうである。そんな由緒ある道なのだが、ところどころで順路が不明瞭になるのが岐阜コースの悪癖といったところか。ガイド本を頼りにしながら先に進む。

 やがて道は、本格的に山中へと進む気配を見せ始めた。足元も砕石敷きがいつしか地道になった。一応、緩い上り下りはあるけれど、厳しい道というほどではない。強いて言うなら、途中一箇所だけ趣旨のよくわからない通行止め看板があり、その前後だけ道が荒廃していたけれど、わずかに我慢すればまた車の行きかう山道に出会う程度のものである。

画像 またしばらく舗装道が続く。ガイド本によれば、別荘地に続く道であるらしい。しかし別荘地も今は昔で、道沿いにある家屋風の建物の多くは、かつて別荘だったものとでも表現したほうがふさわしそうだ。半ば放棄された建物は、確かに人によって生み出されたものではあるけれど、見ようによっては山林よりも人の気配が希薄なことを印象づける。かえってわびしい。そんな中、道はゆるく傾斜しながら高みを目指していく。どちらかと言えば単調な道だが、道の脇に生えているカエデの類が紅葉している様が慰めとなる。が、なんとなく自生しているものではなく、東海自然歩道だからと植えられたもののような気がしないでもない。作為的なものを感じさせる紅葉である。

画像 ヒルトップという感じの、なだらかな起伏が続いた後、唐突に夕立山休憩所という指導標が姿を現した。ここに至るまでほとんど山登り感がなかったけれど、東海自然歩道上に位置する夕立山はここが最高所であるらしい。一座の山としての夕立山の最高所はこことは別にあるが、そこまで行くと少なからず回り道になるので、この休憩所で昼食を食べることにした。ちょっと汚れてきてはいるが、東屋の建物はしっかりしている。ただ残念なことには、展望がまったくない。どうも以前はそうでもなかったようだが、現在は立ち木によってすっかり視界がさえぎられていて、休憩所の設置箇所としてはちょっと間が抜けた感じになっている。

 むしろ印象的なのは、近くの丘の上に取り残されたように生える二、三本の立ち木。なんかサバンナとかそういったところにありそうではあるけれど、あまり日本的ではなく、これも純粋自然の風景とは思えない。なんとなく、昔は牧場だったのかなと思わせる雰囲気がある。思えば愛知県の勘八牧場とか、三重県の福王山麓とか、昔は牧場だったけれど今はそうでもない場所というのが東海自然歩道沿線にはちょいちょいあるようだ。ただ、この界隈のよくわからないのは、少し進んだところに岐阜県畜産研究所酪農研究部という施設があったことである。放牧に向かない季節なので家畜たちが姿を消しているということなのだろうか。

 それにしても人に会わないコースである。マイナーな山に行けばほかのハイカーに遭遇しないことなど珍しくもないが、晩秋の物寂しい空気に感化されて、なんだか里心がつくような思いもする。これまで歩いてきた中では、愛知県の山深いところや岐阜県揖斐の一部を除き、人里から人里へと渡り歩くようなのが東海自然歩道の特徴と言えるが、車の気配を無粋にすら感じた岩村界隈を出外れて1時間半、家屋は見かけても人とはまったく出会っていないのが珍しくさえある。

 などと思っていたら、道沿いに地元の林業関係者か何かが屯している場面に遭遇した。東海自然歩道感も何もなく、道の半ば近くまでに十台近くの車が止められている様に、自分は御留め林に通じる道か何に迷い込んでいて、ともすればつまみ出されるのではないかとさえ思ったが、そんなことはなかった。少しいくと見慣れた東海自然歩道の指導標が立っていた。逆説的だが、ここまで車が入り込んでいるということは、心のどこかで待望している野井の集落が近いということなのだろう。

 12:50、お茶屋場を通過。ここはまだ大名街道の途上にあるようで、朝一番に岩村を出た大名行列は、このあたりでお茶を立てたのだそうだ。気楽な一人旅でここまで2時間程度だということを思えば、大行列の休憩地点としては適当なのかもしれない。今まで、夕立山最高所近くのなだらかな高原地形を漫歩してきた東海自然歩道は、ここから急激に高度を下げていくことになる。昔ながらのものなのか、そのように再整備されたのか定かではないが、石畳風の山道は、今日のコースでは珍しく膝に来そうな厳しさがある。登りは登りで難儀しそうだ。坂を下りきり、小さなため池をやり過ごすと、野井集落は近い。それにしてもこの池が、少し前から指導標にしばしばその名をあらわしてきた小ヶ沢池なのだろうか。どうということもない池である。

画像 野井まで来れば、槙ヶ根まではあと少しだ。歩行時間にして1時間かかるかどうかといったところ。間には若干の丘陵が横たわっているが、もはや山登りというほどの山はない。野井は、岩村の外れなどと比べても民家の多い集落である。やっぱりあまり自然歩道感はないけれど、右手にちらちらと見える雪化粧の山並みは、ともすれば無味乾燥になりがちな舗装道歩きの一点景となっている。自然歩道はこの先中山道に沿って西を目指すが、往古の旅人は、木曽路に進むか神坂越えに挑むか、いずれにせよ山国へと歩を進めることになったわけだ。そぞろ旅情が催されるような風景である。何ならいっそその雪山方向に向かって進みたいくらいなのだが、そうはならないのが東海自然歩道のコース設定の思うに任せないところである。東濃の山並みをちらちら遠望できるという意味では悪くはない道だけれど、若干パンチにかける恨みも感じながら進んで槙ヶ根へ。

画像 ここで、思い違いに気づく。今日のゴールはJR恵那駅に決めている。で、槙ヶ根はその恵那駅からさほども距離のないところに位置するものと思い込んでいたが、実際には恵那駅と武並駅の中間地点といったほうが正確なほどの場所なのだった。恵那コース歩き始めの地が恵那駅から槙ヶ根と進むコースだったのだが、そのときの印象が薄れて思いのほかその距離を短く見積もっていたようだった。国道19号沿いにさらに20分ほどかけ、恵那市街に向かって歩く。

画像 なんだかしまらない幕切れとなってしまいそうだなあと思う。そんな中、幸いにも「歴史の道 中山道」と刻まれた石のレリーフを見つけることができた。そして、その傍らには見慣れた指導標。この地を今日のゴールにしよう。記念写真を撮るために近くまで寄ってみると、レリーフはともかく、指導標には「中部北陸自然歩道」と記されていた。紛らわしい。まあでも、恵那コースを歩き始めたのはこの場に案内も出ている西行塚のあたりが最初だったのだから、これでスタート地点までつながったことにしても良いか。

 そこから恵那駅までは、さらに20分ほど歩いた。昔で言う中山道大井宿は恵那駅に至近の地域らしく、さすがに近世以前の家並みがそのまま残っているとまでは言えないけれど、レトロな雰囲気の街区はいまだ健在である。そのことになんとなく満足しつつ、恵那駅にたどり着いた。恵那コースも後は、御嵩から継鹿尾山麓までをつなげるだけとなった。ちょっと厄介なのは、この区間が市街地歩行が大半の悪名高いコースだという点だが、けじめとして歩きぬこうと思う。

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