山登って外伝【東海自然歩道アナザー・御嵩宿~継鹿尾山麓・前編】

 箕面の森へのゴールを決意した東海自然歩道歩行だが、最後にまとめて長距離を歩くにあたり、東海自然力が衰えているのではないか。ここしばらく、長い距離を歩いていないので、その懸念がある。高槻から箕面まで、詳しくは調べてはいないけれど、30km程度は歩くことになりそうだ。かつてはその程度の距離も歩いていたので図抜けて長いわけでもないにせよ、感覚をつかむ意味でも、恵那コースの最終区間に着手することにした。

画像 前回の歩行は、中山道御嵩宿のはずれに位置する御嵩駅で終わらせている。まずはここを目指さなければならない。地図で見るだけだと多治見の北方くらいにしか見えないところだが、電車を使おうとすると、地下鉄と名鉄を乗り継ぎ、犬山を経由することになるので意外に時間がかかる。そこそこ早出をしたはずなのだが、駅前を出発したのは9:04。

 まずは可児川を渡る。ここまで中山道をたどる道という性格の強かった東海自然歩道は、ここでついに旧街道をはずれ、独自の道を歩みだすことになる。もっとも、自然歩道の本領発揮とは行かない。ひたすら都市郊外を歩き続けることになるのが今日のコースである。多少なりとも自然要素があるとするなら、この直後に位置するみたけの森くらいしかない。

画像 みたけの森は、交通量の多い幹線道路を横切った先にあった。場所からしても、見た感じにしても、郊外型の都市公園といった雰囲気である。一応、山というか丘陵地の斜面に作られているので、軽ハイクやピクニックには向いていそうだ。東海自然歩道はこの中を突っ切っている。園路との区別はまるでつかないが、要所要所にある指導標を頼りに進んでいくと、やがて公園の雰囲気はなりを潜めて、林道に入って行った。正しいコースなのかどうかなんとなく自信がなくなるが、所々には指導標の類があるため、ミスコースはしていなさそうだ。

画像 この林道、一般車が走るには向かない道だという警句が掲げられていながら、実際にはわりとちゃんとした舗装道路である。雑木林の中を進んでいるのを別にすれば、自然歩道らしい自然歩道の終わりは案外遠くないのかもしれない。そんなことを思っていたら、やがて道路右手の地道に進むように指示された。もちろん、そのすぐ横にはさっきまで歩いてきた無愛想な林道が続いている。そのうちまた元の道に戻らされるパターンかと思いきや、手すりがつけられるような急な木段をたどって予想外に深い林の中へ。意外に長い山歩きになるのだろうかと見通しを修正。ところが、予想は再度、裏切られ、道は再び舗装道路に合流した。もっとも、いきなり都市郊外に出るようなものでもなく、まさに山里と表現するのがふさわしい小集落に続いている。一画には、そんな山里に似ない豪邸とも観光施設ともつかない和風民家。入口には尾張窯とある。

画像 10分ほど歩いて、今度こそ本格的な県道に到着。片側一車線の道を、結構たくさんの車が行きかっている。一応は歩道があるので、そこは安心なのだが、ここから先は基本的にこんな調子が続くのかもしれない。進行方向左手を見ると、大きな池。ダムというか、ため池なのだと思うが、その岸辺はわりと雰囲気のよさげな散策路に見える。東海自然歩道はそちらに進まず、あくまで無骨な県道を進む。それでいて、東海自然歩道ならぬ東海環状自動車道の橋脚の下をくぐると、昔からの集落のほうに引っ込んだりする。この集落自体が県道に沿って広がっているため、そんなに山深いところに進んでいくと言うのでもないのだが、それを見下ろす小山の上には、久々利城跡なんていう戦国山城の遺構もあるらしい。

画像 その登城口の辺りにあるまだ新しい解説板によれば、城主久々利氏は、美濃土岐氏の一族だったようだ。久々利氏自体は知らないけれど、その来歴に絡んで斉藤妙春なんていう見覚えのある名前も出てくる。興味がないではなかったが、今日の行程、実は出だしが想定より30分ほど遅れている。時間がありそうで、あまりないような気がする。久々利城はパスすることにした。だからと言ってこの場所にあるこの城に、再訪することがあるかと言えばそこは微妙なところなのだけれど。今日に限っては鉄道駅から歩いてここまでやって来たが、やすやす歩いて来れる場所でもなければ、路線バスなどが走っているようにも思えない。

 東海自然歩道は、県道に絡みながら先へと続いている。生活道路と幹線道路を行ったりきたりするのだが、このとき私はミスを犯してしまった。いったん集落を抜けて県道に突き当たった後、正解ルートは県道を横断して反対側の別集落に進むのが正しかったのだが、結構交通量のある県道を、まさか横断させるようなコース設定はあるまいと、つい県道に道なりに進む選択をしてしまった。

 ひたすら機能性を追及したかのような、まっすぐ続く長い道。てくてくと歩く。が、10分ほど進んだところでなんとなく違和感を覚え、ガイド本を確認して、誤りに気がついた。幸い、今位置している信号交差点を左折すれば、本来の道に合流するらしかった。大した道でもなさそうなので引き返しはせず、前進しつつのリカバリーを目指す。幸い、合流地点には東海自然歩道の指導標があり、エントリーポイントは容易にわかった。ただ、正規ルートに復帰したといっても、道そのものは相変わらずの舗装道路である。先ほどまでとさほどの変化もない。強いて言うなら雑木林に覆われた丘のすそ辺りを伸びる道となったが、林間というわけではない。このあたりには銅鐸発掘の地なんていう案内板もあるが、そういったものがなければ何の愛想もない道である。

 なんだか、とらえどころのない道が続く。往々にしてそうなのだが、東海自然歩道を歩いていてコースを見失うのは、山中の道よりこういう郊外の幹線沿いを歩いているときなのだ。その事実にはじめて気がついたのは、ほかならぬ岐阜コースに始めて突入した時期のことだった。決して山岳県とは言えない愛知県が、東海自然歩道の整備、そしてコース設定に心を砕いたと思われる節があるのに対し、突き放したような岐阜県のコース設定。本来なら眉をひそめたくなるような状態ではあったが、今となってはそれも懐かしい。なんらの自然歩道色もない郊外道路を歩いていると、その岐阜県らしさに、不思議な郷愁みたいな感情も催されてくる。

画像 そうこうしているうちに、トンネルに出くわした。、これがガイド本に出てくるトンネルなのだろう。どうやら道は外していないらしい。潜り抜け、進んだその先は、先ほどまで歩いていたのとは別の町並みが広がっていた。大雑把に言えばこれまでと大差もない、相変わらずの都市郊外的景観が広がっているのだが、ともに丘陵と丘陵の間に人々の暮らしの場が広がるという共通点がある中、こちらのほうが若干高台の間が詰まっている感じがする。ちなみにこちらの町並みは、JR太多線と国道248号を軸にして広がっている。なんとなく、歴史はこちらのほうが広いのかなという程度には感じる。

つづく




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  • 東海自然歩き旅の扉

    Excerpt:  東海自然歩道シリーズがそれなりの数になって来たので、各区間へのリンク記事を作成。私の東海自然歩道旅は、夏山も18きっぷ旅もお休みの期間の遊びと言うニュアンスが強く、必ずしも順繰りに一方向へ流れるもの.. Weblog: ディープ・ダンジョン~夕庵~ racked: 2017-12-04 20:54