北の海へ

 今年の夏山シーズンが、ほとんど良い所のないまま終わろうとしている。ケチのつき始めは、言うまでもなくおかしな疫病が流行ったことだ。裏銀座が夢と消え、針ノ木岳も空しいことになった。加えて、例年にない長梅雨ときた。唐松岳も流れ、奥穂高は登るには登ったが登頂を断念せざるを得なくなった。このままでは何の夏山らしさも残らないので、最後の悪あがきとして、日帰りできる高山として立山を狙うことにした。おあつらえ向きなことに、今年の9月は7月の謎の連休に続いて、正当な4連休がある。どうせ世間は自粛ムードだろうし、ここで立山に行くことにした。

 名古屋から富山までは、結構遠い。南北に長い岐阜県によって隔てられているので仕方ないのだけれど、移動に要する時間が長いのに加え、直通列車の本数も少ないと来ている。一応、ワイドビュー飛騨に乗れば乗り換えなしで富山駅に着けるものの、一番早い列車で名古屋を発っても、昼が見えてくるような時刻に富山入りすることになるため、登山利用にはあまり向かない。立山室堂で前泊する計画であれば、富山市街から室堂までの所要時間が2~3時間程度になるので逆に帳尻があってくるのだけれど、室堂の宿はいずれも高いので、経費を節約しつつ移動したかった私は、当然室堂に泊まるのを避けることになった。結果、早いが運賃の高い特急のアドバンテージを生かしきることができないと判断、在来線福井周りのコースをたどることにした。

 北陸を旅する際、JR西日本の企画きっぷで北陸おでかけパスというのがある。1日有効の乗り放題きっぷで、旧区間も含めた北陸本線沿線及びいくつかの枝線にも使える。今回の私の旅程は、富山まで一本道となるので、あっちこっち周遊するというフリーパスの醍醐味を満喫することはできないのだけれど、それでも普通にきっぷを買うより安く上がるので、これを採用することにした。問題は、発売期間が乗車日の1ヶ月前から3日前までとなっていることと発売箇所が北陸エリアの主要駅となっていることで、どっぷり東海のシマに浸かっている私は、普通ではこのきっぷを買って使うことができないことになるのだが、中城あやみさんの推すe5489を使えば予約だけはできるので、その問題をクリアできる。ただし、きっぷを発券できるのは、一番近い駅で米原駅となる。まずは米原駅まで普通にきっぷを買って移動することになった。さらに、きっぷ自体の通用エリアが長浜駅以北となっているので、お出かけパスを買うとともに、長浜までのきっぷも買い、そこから先で初めてフリーパスを使うという、ちょっとややこしいことになった。ちなみに、このきっぷは特急券を買い足すことで特急に乗ることもできるので、米原から福井までは特急しらさぎで移動した。

 基本的に今日は夜までに富山に着ければ良いはずの日なので、本来なら特急を使うまでの必要はなかったのだけれど、特急を使ったのには訳がある。どうせなら北陸の観光をしたかった。考えられたのは福井、石川、富山の各エリアの沿線観光である。福井なら勝山・永平寺か三国・東尋坊、富山なら高岡周辺の古刹や藤子・F・不二雄ふるさとギャラリー、そして雨晴海岸などが候補に挙がったのだが、福井観光は帯に短くたすきに長いことがわかり、天気予報もあんまり冴えなさそうだったので雨晴に行く意義も薄かろうと富山観光もパスすることに。結果的に石川県でも加賀市内を観光する方針に決まったのだが、同市内には路線バスらしい路線バスが走っておらず、あてにできそうなのはいつぞや使ったことがある周遊バス、キャン・バスのみ。これの本数が少ない上に昼中に空白の時間があるので、時間を有意義に使うため、西村京太郎ばりの時刻表トリックを使う必要があったのだった。

 とにかくも、福井駅までは首尾よく移動できたので、この後の行動を、乗り換えた鈍行列車の中で確認する。が、車内放送から聞こえてくるのが異様なまでのアニメ声だったため、なんだか落ち着かない。段取りの確認どころか、つい「アニメ声車掌」でネット検索してしまった。どうやら鉄道マニア業界では有名な話らしく、Youtubeには動画(と言っても実質はほとんど静止画みたいな車内の様子に音声が録音されているといった程度のもの)がアップされているようだ。どこまで本当なのかわからないが、所属や本名まで特定されている様子。ネットって怖い。まあ、折に触れて車掌さんは自分が何者なのかのアナウンスをしてはいるのだけれど、大抵は聞き流してしまう。それをスルーしなかったマニアがいるということなのだろう。

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 福井からこっち、実にどうでも良いことに時間を浪費した気がするが、そうまでしてたどり着いた加賀で立ち寄りたかったのは、北前船の里資料館。初めて立ち寄る施設ではないが、明日山に行くので、今日は海にちなんだ場所に行っておきたかった。本当ならここに深田久弥山の文化館を付け加えたかったのだが、キャン・バスの取り回しがあまり良くないので北前船を生かすことにした。などともっともらしいことを言っておきながら、本来はいささか渋めのところを回る山周り線を攻めたかったのだけれど、現在は運休している由。バスは、加賀温泉駅前から出ている。石川県南部のメイン駅ではあるけれど、現在は新幹線に対応する駅となるべく改修工事が進んでおり、諸々の施設・設備が仮設のものとなっている。

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 資料館は、加賀市内の港町・橋立地区にある。近年、北前船が日本遺産に認定され、橋立の船主集落は重伝建に選定されたのだそうで、北前船界隈は再び脚光を浴びているようだ。資料館はかつての北前船主の邸宅を改修したもので、持ち前の古民家好きも相まって、見ていて楽しい。強いて言うなら、北前船の衰退がはじまる直前の、近世に入って建てられた邸宅であるようなので、厳密な意味での古民家というにはいささか新しいような気もするが、豪壮な北前船主の暮らし向きがわかる。一部展示資料によれば、明治のころの橋立に存在した各業種の長者の資産と比しても、北前船主のそれは文字通り桁違いだったと言われている。旅館経営者の資産が当時の値段で数百円程度だったのに対し、北前船主には数万円の資産家もいたと伝えられている。なお、資料館の本来の主の場合は二千円程度の資産を有していたようだ。北前船は、目いっぱい荷物を積むために結構無理もしていたようで、ひとたび海難事故に遭えば、船に乗り込んでいた人たちが悲惨な顛末をたどることも珍しくなかったと伝えられている。もっとも、それを雇う側の船主たちが、投機的な事業としてリスクを負っていたかと言えば、どうも各種の展示からはそういったところは見て取れなかった。世知辛い話だ。

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 資料館を出た後は、重伝建の家並みを見たり、橋立の漁港の方に行ってみたりした。船主集落は、実際集落内に入ってしまうとあまり特色のない古い集落のように見えるので、高台から赤瓦屋根の家並みが広がる様子を眺めた方が感興が催されるかもしれない。橋立漁港は、今も石川県内有数の漁港として、その名を高からしめている。現代の普通の漁村的な景観が広がるが、素朴な風情のある家並みが良い。

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 橋立周辺を散策した後は、再びキャン・バスで片山津温泉にある柴山潟に向かった。こちらもまた、以前に来たことのある場所で、今回も前回同様、柴山潟越しの白山の写真を撮ろうとしてやってきたのだけれど、これがどうにも良くなかった。肝心の白山は半分雲に覆われているので目的を達することもできず、そうなると片山津周辺で時間をつぶすのに適当な場所も限られているので、温泉街をあっちへふらふらこっちへふらふらし、湖畔でぼんやりと時間をつぶすことになった。明日の立山の天気はどうなるのだろう。一抹の不安を感じる。

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 柴山潟は不首尾に終わったが、とにかく石川県でするべきことはすべてした。加賀温泉駅から再度、金沢行の電車に乗ると、再びアニメ声車掌さんが乗務する列車に乗り合わせたようだった。当然と言えば当然だが、1日中電車に乗っているというのはなかなか大変だと思う。別に私はそういう仕事をしているわけではないけれど、なぜか実感としてそれが分かった。

 加賀温泉駅から約2時間をかけて、富山まで移動した。ホテルは、駅前に押さえていた。チェックインするまでまるっきり忘れていたのだが、宿泊費用を安く抑えるために、テレビもアメニティもないプランを選んでいたらしい。まあテレビがないのは良いとして、ポットがないのは結構つらかった。一応、駅にあった立山そばで夕食にそばを食べてきたので飢えに苦しむことはなかったのだけれど、後から小腹がすきそうなので買ってきたカップ麺の始末に困ることになった。結局、蛇口から出たままの熱湯で麺を作ることになったが、やはり温度が足りなかったらしい。

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