古い馴染みの町を訪ねる

 日テレ系で、「私たちはどうかしている」というドラマが放送されている。真剣に話を追ってはいないが、和菓子職人を目指す主人公が、意地悪な老舗和菓子店の女将にいびられるようなストーリーらしい。そして、ドラマを見ていても言葉遣いその他から全くそんな感じはしないけれど、一応金沢が舞台ということになっているようである。そんな事情もあって、久しぶりに金沢の街を歩いてみたくなった。と言っても、別に観光地を訪ね歩くものとはならないのだけれど。

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 片町交差点。通称片町スクランブル。金沢の盛り場はそんなに広くないので、基本的にこの交差点を中心に広がっている。金沢に暮らしていた時期も、今も、特段の思い入れはないが、泊まったホテルがこの近くにあったので、一応ここをスタート地点ということにする。朝なので人通りもまばらだが、夜来ると飲み屋や風俗(というほど風俗らしい店は金沢にはないが)の呼び込みが鬱陶しいのは昔から変わっていない。

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 香林坊。昔は109があった。今も東急系の店舗が同じ場所にあるほか、数軒のデパートが立ち並ぶ金沢市内最大の商業地。片町の隣接エリアで、ここから金沢駅方向に向かって進むと、オフィス街に入って行くが、今日はそちらに進まず、まず金沢城方向に向かう。ちなみに香林坊という地名は、還俗して目薬屋になった比叡山の僧がこの地に住んでいたことにちなむ。

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 百万石通り。加賀百万石の誇りを凝集したこの通りは、金沢城の直下に位置している。明治維新後の土地収用が容易だったためか、長らく官庁エリアとして続いてきたが、現在は石川県庁が去り、金沢市役所だけが残った。空洞化が進みやすい都心部だったこともあってか、学校などがあった場所は金沢観光の一つの目玉である21世紀美術館となり、金沢城周縁エリアも観光地としての再整備が進んだ。私が住んでいた頃は、県庁も健在なら21世紀美術館は存在しなかった。

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 石川四高記念館。今回歩いた中で最も様変わりの激しかったこの地区で、唯一昔から大して変わっていない施設。四高は旧第四高等学校の略で、昔私が通っていた大学の前身である。大学自体はその後も金沢城内にあったが、20世紀の終わり頃になるとついに城地を追われ、城跡は観光地として再整備された。

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 兼六園下交差点。通称園下。そのまんま、兼六園の下にある交差点である。兼六園と金沢城は、犀川と浅野川に挟まれた舌状台地の小立野の先端部位置している。そして兼六園と金沢城の間は、台地が断ち切られる形になっているが、たぶん、人為的に入れられた切込みなのだと思う。現在はその広い切り通し状の箇所に道路が通っており、その上に架けられた橋により兼六園と金沢城が結ばれている。この位置にある城門が石川門だが、金沢で日常暮らす上では、坂の上の兼六園に行く機会より、切り通しの道になじみ深い。

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 兼六園江戸町通。在金中にはほとんど来たことがない。金沢市内で最も観光地らしい観光地なのだと思う。ちなみにこの訪問の日の午後、すぐ近くにあるさくら茶屋が火事になった。

 くだんのドラマは、何となくひがし茶屋街周辺をイメージした地区を舞台にしていると思われる。ただし、ドラマの舞台となるのはほぼ屋内なので、金沢らしき風景が映り込むことはほとんどない。今度は、そのひがし茶屋街に向かう。道中は、古い造りの町並が続いているが、だからと言って古民家が立ち並ぶというわけでもない。そんなありふれた住宅地の一角に、金沢城の惣構えの遺構が残されていた。と言っても、現在は小さな開渠のようになっていて、特に情緒もない。

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 橋場町周辺。浅野川の左岸地区。こちら方面に来る用事はそんなになかったが、たまにバイトの行き帰りなどに通っていた。浅野川は、一応友禅流しの行われる川として知られるが、時代が時代だからか、年中この街に暮らしていても数えるほどしか実物を見たことはない。川沿いには金沢出身の泉鏡花の原作にちなむ滝の白糸像があり、センサーの反応により水芸を見せてくれるギミックが備わっている。だからどうしたというほどのものだが。

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 浅野川を渡ってすぐのところにひがし茶屋街がある。私が住んでいたころから、ひがし茶屋街には花街の風情があったが、近年になってかなり本格的に再整備が進み、いかにも観光地らしいたたずまいとなった。むしろ演出過剰とも思えるほどではある。京都の祇園ほどの規模はないが、上七軒程度の広がりがある。ちなみににし茶屋街は、片町から犀川を渡ったさらに向こう、野町近辺にある。規模はひがし茶屋街よりさらに小さいが、私にとってはむしろにし茶屋街の方が行動圏内だった。

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 一応、ひがし茶屋街まで歩いたところで散歩を終わりにするつもりでいたのだが、金沢駅に向かうバスの本数が少ない。本数が少ないのに加え、主に金沢市内を走る北鉄のバスは交通系ICカード全国相互利用サービスに参加していないので、いつも不便に思う。まあ、なんだかんだ言って交通系ICカードが相互利用可能となっているのは、政令市クラスの大都市近郊が中心なので仕方がないのかもしれない。なお、数少ないJRバスは相互利用可能だということだが、どこをどう走っているのかよくわからない。

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 近江町市場。公共市場としての歴史は比較的浅く、明治も半分が過ぎた頃に始まるものなのだそうだ。私が金沢にいた頃の近江町市場は、昭和の魚河岸と言った感じで決して垢抜けてはいなかったが、活気は今と変わらずあった。というか、ひがし茶屋街同様、ここも変にきれいになりすぎた気がする。それと、チャンカレの系列店が市場内にあるが、観光客のランチ利用にターゲットを絞ったものなのか、夜が早くて使いづらい。

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 金沢駅。市内他地域の再開発と同調するように、新幹線駅たるに相応しく再整備された。もともと、当時のJR西日本の駅の中でも比較的新しい駅舎を擁していたが、その前面に造られた鼓門などのオブジェ、新しい外観により、全く別の駅のように生まれ変わった。駅舎内に入ると、20年ほど前から本質的な部分では大きく変わっていないことがわかる。1時間ほどの散歩の後、駅のショッピングモール・金沢百番街の一角にある白山そばで朝食にした。改札内にあった駅そばの店が、この位置に出てきたことで便利になったのか不便になったのかは、何とも言い難い。富山が立山そばで石川が白山そばというのは、何となく相似形のように思えるが、たぶん二つの店舗に相関はない。

 金沢を後にし、高速バスで高山に向かった。金沢‐高山線があったのは都合が良かったが、満車状態となった車内の乗客のほとんどは、途中の白川郷でバスを降りてしまったのだった。

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