山登ってみよう【縦走東海自然歩道・田貫湖~本栖湖・前編】

 苦闘の末に、東海自然歩道の駒を田貫湖まで進めたのが前回までの話。田貫湖回含め前数回は、コース自体の癖が強かったのでそこを抜ければ一安心くらいに思っていたのだけれど、その先のコースを検討しているうちに、この先もちょっと思いやられそうなことが見えてきた。理由は簡単、当初思っていたより、コースへのアクセス・離脱が不便そうである。田貫湖近辺までの行き来には、休暇村富士や白糸の滝のような観光名所の存在もあって、富士急静岡の路線バスが頼りになるのだけれど、その先となると都合よく利用できそうな便が日に数本しかない。よって、この先2回程度で完結させるつもりだった富士五湖エリア周遊コースは3回での攻略に軌道修正することになった。また、曲がりなりにも高原地帯に突入していくことになるので、冬の近づくこの先のシーズンの気候条件にも目星をつけておきたいと思い、10月中二度目の東海自然歩行に出撃した。

 朝一番の新幹線ひかりで静岡まで移動し、そこから在来線に乗り換え、東海道線・身延線と乗り継いで富士宮駅で下車。この界隈、富士と名のつく駅がやたらと多い印象で、ちょっと頭が混乱しそうになるが、富士宮駅はローカル線に属していることもあり、決して大きな駅ではない。田貫湖までのアクセスには、前回の帰り同様路線バスを使うことになるが、これがこの地域の鉄道交通の結束点となっている富士駅前を通らず、新幹線駅である新富士駅と富士宮駅を経由するコース設定となっているのだった。ただ、今回使うバスに限っては、富士宮駅前が始発バス停となっている。それ自体、大した問題ではないと切って捨てることもできるが、新富士も富士宮も、旅の起点とするには少々不便そうな駅だと思う。

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 さて、富士山麓コース歩行の試金石となるべき今日のコースだけれど、同時に富士山とどっぷり向き合うコースともなるはずだ。駅前のビルのすき間から顔をのぞかせている富士山を見ながら、前途についてあれこれと想像を巡らせる。予定では、田貫湖から本栖湖までを歩くつもりでいるが、朝霧高原の牧畜地帯に代表されるような、広大な富士の裾野を渡り歩くようなものを勝手に想像している。事前に収集した情報によれば、今回は山らしい山がない。不安要素があるとすれば、実歩行距離が良くわからないこと。田貫湖から本栖湖まで、国道経由で歩いた場合は20㎞足らずの距離だが、その割には所要時間が長く出ている。相当遠回りを強いられる、ということか。

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 ということで、富士宮駅から40分ほどをかけて田貫湖南バス停に到着した。バスの案内放送が遅れ、バス停を少し行き過ぎてから下車することになるというハプニングに見舞われたが、バスを降りた9:58を、今日の旅の始まりとする。家を出てから、すでに4時間が経過したことになる。振り返ると、前回のラストではその姿を見ることができなかった富士山が、大沢崩れの傷跡を見せつけるようにそばだっていた。ここからまずは、長者ヶ岳の登山口へ。早いというほどに早くはない微妙な時間帯だけれど、湖畔にはすでに釣り人がおり、自転車で湖岸を走る人もいる。こちらは、前回の状況とさほどの違いもない。

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 今日はまず、小田貫湿原なる湿原地帯を通ることになるらしい。前回とは打って変わって、長者ヶ岳登山の登山者のものと思われる車が居並ぶ駐車場を横目に見ながら、わずかばかりの緩い登りをこなした後、林の中のこれという変哲もない車道を歩いていく。10分ほどで今度は小田貫湿原の駐車場に出くわした。まさか駐車場まであるとは思っていなかったので、たいそうな湿原なのだろうかと思っていたら、想像よりずっと小さな湿原のようだ。自然歩道脇に、木道を渡した湿原地帯が広がっているが、一目で端から端まで見渡せる程度のもののように見えた。これがすべてではないのかもしれないが、このくらいならい葦毛湿原の方が見ごたえがあるというのは言い過ぎか。ともあれ、敢えて湿原の方には入り込まずに済ませた。

 この辺り、湿原に限らずわりと湧水が豊富なのだろうか。歩いていった先の道が、洗い越しとなっていた。東海自然歩道の経路とは言え、普通に車も行き交う道である。最近雨はなかったはずなのに、流量もなかなか豊富だ。水深は目測5~10㎝程度、いちおう登山用のブーツは履いてきているので、そのままザブザブと突入することもできたが、見ると道の脇に飛び石状のブロックがあったのでそちらに回り込んだ。

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 それにしてもさっきから、意外と多くの車が行き交う道である。しかも多くの車は、ワンボックスや四駆のような図体の大きな車だ。田貫湖のキャンプ場を目指す車なのかもしれない。それに、林の中を抜けた先は、そこそこ大きな集落となっていた。集落というよりは、富士宮市の郊外地域というべきだろうか。田畑と民家が相半ばする、田舎町と言った雰囲気。またも富士山が正面に見えた。というか、今日ここで初めて、遮るものもなく富士山の全容を見た。東海自然歩道付属のものではなさそうだが、コスモスの花が揺れる東屋が路傍に見えたので、ちょっとだけそちらに立ち寄って、富士山の写真をパシャリ。

 ここ猪之頭の地は、特に目立った観光地というわけではないけれど、良質の湧水に恵まれた地域として古くから人が暮らしてきたらしく、小粒ながら景勝地や旧跡が点在しているらしい。陣馬の滝とか太鼓石とか言ったものがそれらしい。空にはパラグライダーも舞っていて、田舎ながら人の集まる活気が感じられる。が、思うところあってそれらは軒並みパスした。今日の仮ゴールは本栖湖としているが、首尾よく進捗を稼げたら、さらにその先の精進湖まで歩を進めたいという思いがあった。それほどうまくいかなかったとしても、ゴール時刻を早めることには意味があると思われた。本来の計画によれば、今日の帰宅は22時を回ることになる。できれば、それは避けたかった。

 道はいつしかダート路に変わり、さらに林間の地道と化した。気が付けば民家はなくなり、富士山も見えなくなって、どうということもない、しかし東海自然歩道歩行では過去しばしば目にしてきた、都市的なものから隔絶された歩道となっていた。都市でない歩道を直ちに自然歩道と言えるのかどうかというのは、これまで何度も頭の中をぐるぐる回ってきた命題だけれど、考えてみれば林道と里道が長い静岡県コースで、このタイプの道は珍しい気もする。そしてこんなところでも人には会う。くたびれ果てたテン泊装備のような大荷物を抱えた、ハイカー風のたぶん老夫婦。キャンプ場も近いし、そういう人がいてもおかしくないのかなと思いながら追い越そうとしたら、声をかけられた。「どこまで行くんですか?」と言われたので「ちょっと本栖湖まで」と答えたところ、「結構遠いですよ!」と驚かれた。先にも触れた通り、今回は歩行距離や歩行時間について確信を持って歩いているわけではないので、あまり驚かれると不安になってくる。

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 これという見どころもない区間だけれど、「麓のつり橋」という標柱が立った結構立派なつり橋で涸れ川を渡る。いかに静岡県の東海自然予算が潤沢そうに見えるとは言え、東海自然歩道用の橋というには立派すぎる気もしたが、標柱には東海自然歩道のしるべ類でよく見かける意匠、楓の葉と三度笠の二人の図案があしらわれているので、東海自然歩道の橋なのだろう。鈴鹿山麓には、雨が降ったら迂回を余儀なくされる涸れ川があったことを思い出した。昔のことを思い出すとは、この旅にも終わりが見えてきて、感傷的になっているのかもしれない。川を渡って進む方向には、この地域の名峰として知られるらしい毛無山。人の行き来のない道から眺める限り、雄大で目を引く山容でありながら、静かな山歩きに埋没できそうな山という気がする。

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 が、そんな幻想はわずかの後に打ち破られることになった。林を出抜けた先に、見渡す限りの広大なキャンプ場が広がっていた。アルプスのテント場でもなければ、普通キャンプ場というと、多かれ少なかれ立木がある中にテントを張る光景が一般的だと思うのだが、完全なる青天井の下、夥しい数のテントとそれを運んできたのだろう車、そしてそれに群がるかのごとき人々があふれかえっており、その向こうに富士山。夢でも見ているような気持になって来た。近くで見つけた看板によれば、「ふもとっぱら」とある。それがこの広大なキャンプ場の名前らしい。これまで目にしてきた東海自然歩道歩行記の類では毛ほどにも触れられていない存在なので、比較的近年になって開業したものだと思う。これまた一般論で言えば、キャンプ場の施設は外部との明確な仕切りがないことが多いような気がするけれど、このキャンプ場はわりときっちり柵をめぐらして、無関係の者が中に入り込むことのないようにしていた。その柵の周囲をなぞるように回り込んで進むと、道は再び普通の田舎道へと姿を変え、やがて、酪農地帯みたいなところに進んでいった。

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 顕著な名所の類はないけれど、意外にめまぐるしく風景の変わる道だ。「風林火山」あたりのロケにでも使われていそうな、広大な草原を右手に見ながら進んでいくと、農村地帯には不似合いなきれいな東屋があったので休憩した。時刻は12時半直前。本栖湖は、前途に見える山・竜ヶ岳を超えた向こうにあるはずだ。直線距離ではさほど遠くもなさそうに見えるし、山に正面からぶち当たったとしてもさほど比高差はなさそうに見える。が、ここからゴールまでどれ程の時間を要するのだろうか。少なくとも想定より早まることはなさそうな気がしてきた。考えを巡らせながら、持ってきた草餅をぱくついた。ちなみにこの先のコース、難所でもあるのか悪天時は迂回路を使って道の駅朝霧の方に抜けて良いというようなことが書かれている。そして、迂回路は地権者の厚意により、緊急避難時に限り使って良い、とも。

 相変わらず、牧草地帯の縁みたいなところを進む。が、草餅をアクエリアスで流し込んだのがまずかったか、猛烈な腹痛に襲われる羽目になった。困ったことに、トイレはこの先しばらくなさそうだ。とにかく、ストッパでごまかしながら、先に進むしかない。道の駅まで行けばトイレくらいありそうな気もするが、便意を催したというのは緊急事態として認めてもらえないだろうか。苦しい状況なのに、しょうもないことを考える。幸か不幸か、道には変化が乏しい。ほぼ平坦なまま、草原の縁と山の裾の裾みたいなところを行ったり来たりしながら続いていく。時折、桟道にさしかかったり、道が踏み跡程度に薄くなったり、ゆらゆら揺れるつり橋を渡ったりしたが、東屋通過から1時間ほど経過したところで根原公衆便所にたどり着いた。考えてみれば、静岡県に限らず東海自然トイレの大きい方を使うのはこれが初めてのような気がするが、その辺の公園のトイレよりはるかにきれいだった。地獄に仏とは、こういうことを言うに違いなかった。

つづく

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