山登ってみよう【縦走豊橋自然歩道・中山峠~多米峠】

 私は雪山をやらないので、冬場はアタックするべき適当な山がなくなってしまう。これはここ数年の課題となっている。特に今年は、春も盛りを過ぎたら丹沢縦走に挑もうと考えているので、それまでの間のトレーニングに使える山が欲しいところだ。ある程度距離が近くてそういう需要に向くところということで、養老は考えている。ただ、以前何かの機会に目にした限りでは、養老縦走コースはわかりづらいところもあるというし、第一養老自体が積雪を見やすい。それに、同じところばかりに行っているのも飽きそうだ。そこでほかに何か適当な山がないかと考えていたら、豊橋自然歩道に思い当たった。

 数年ほど前の年の瀬、私はこの豊橋自然歩道を歩いたことがある。諸般の事情から、赤岩寺から入山し、石巻山に登頂した後、もう一度本線コースに戻って二川まで抜けた。マイナーな山なので、多くの人には通じないと思うが、やたらと回りくどいルートであることは確かだ。北アルプスで言うと、飛騨沢から槍の肩まで登った後、西鎌尾根経由で笠ヶ岳に登り、もう一度槍まで戻って表銀座を中房温泉まで歩くくらい回りくどい。スケール感は全然違うけれど、そのくらい回りくどい。

 裏を返せば、石巻山に通じる尾根筋のコース(観光道路と呼ばれている)より北のエリアには足を踏み入れていないことになる。そして豊橋自然歩道の北端は、そこより小一時間ほど北に行ったところの中山峠とされている。愛知県と静岡県の県境をなす弓張山地をたどる道は、さらに北まで続いているが、今回は中山峠から二川まで歩いてみようという気になった。低山縦走とは言え前回の豊橋自然歩道歩きがきつかったことが、今回の思い付きにつながっている。

 問題は、この中山峠までの道が結構不便だという点にある。豊橋駅前から、最寄となる西郷小学校前バス停を終点とする路線バスが出てはいるものの、本数が少ない上に、一番早いもので西郷小前着が午前11時近くなる。今回想定しているコースは、全線歩くと所要時間は5~6時間程度になると見積もっている。昼が長いと言えないこの時期に、スタートがこのタイミングだと、ゴールが心もとないので、やむを得ずもっと早いバスを探すことになった。この間の姫街道の時に通りかかった和田辻近辺までなら、もっと多くのバスが走っているので、まずは和田辻を目指すことにした。

 ということで、名古屋を朝一番に発ち、和田辻のバス停に降り立ったのが午前8時。およそ距離感は掴んでいたつもりだったけれど、ここから西郷小前までが思っていたより遠かった。愛知県内でも有数の都市である豊橋市の一部…とは思えない田舎道を歩くこと1時間弱でどうにか西郷小学校までたどり着いた。田舎とは言え、コンビニがあるので、登山拠点にするには便利そうだ。ただ、ここをスタート地点にしてハイキングをする人がどの程度いるのか、疑問ではある。

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 ここで幹線道路を外れ、いよいよ中山峠に向かう。同じ豊橋自然歩道伝いにある本坂峠とか多米峠とは違い、中山峠は徒歩以外で越えられない峠だ。幹線を外れてもしばらくはそれなりに立派な道が続くものの、遅かれ早かれ山に突き当たって消えることになると思われる。何しろマイナーなルートなので、豊橋自然歩道へのエントリーポイントを明示したガイド本や地図の類はないものの、YAMAPには近在の山へのルートが存在していたので、とにかくそこに寄せていくことを目指した。

 強烈な堆肥の臭いが鼻をつく中、だんだん人里から遠ざかる道を山に向かって歩く。道を外していないか不安になり始めた頃、「中山自然歩道」と書かれた道標を見つけた。豊橋自然歩道では、弓張山地稜線上のコースを本線とし、そこから豊橋市街側に派生するコースを「近在の峠名+自然歩道」の名で称している。基本的に、本線へのエントリーポイントとなるのは、本線上の鞍部である。

 なんだかんだ言っても豊橋市郊外にあるハイキングコースだ。基本的にはお気楽な日帰り登山のつもりでいたけれど、中山自然歩道の入口は東海自然歩道でよく見た獣害除けのゲートで封鎖されていた。と言うか、東海自然歩道にもましてハイカーが出入りすることの稀なコースであるためか、そのゲートは番線を使って妙に強固に閉ざされていた。本当に入っていいのかと訝ってみたが「通行可」とは書いてある。開け閉めだけのことに苦戦しつつも、とにかく自然歩道のコースに進入した。時計を見ると、9:37。和田辻でバスを降りてから、1時間半ほども歩いたことになる。ここまでくるだけで疲れた、というか倦み始めている。

 獣害対策ゲートを越えてさらに進むと、今度は車両の通行を禁止するゲートが姿を現した。これまたよくあるように、歩行者はゲート脇のすき間からひょいひょい通り抜けられるような代物だ。ただ、車は断固として通さない強い意志を感じさせる。実際、この付近までは自動車も走れるほどの幅の道が確保されていたが、車が走れるのは少し進んだ広場まで、その先は普通の登山道となっていた。

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 さっきから何度か目にしている中山自然歩道の指導標が、擬木製ということもあってわりと良好な状態を保っているのに象徴されるように、道の状態は悪くない。しかし、林の中を淡々と登っていく地味な道であることもまた否めない。さらに10分余りの10時ちょうど、中山峠に登り詰めた。何て事もない地味な峠だった。峠と言いながら、静岡県側へ下るはっきりとした道筋は見えない。地図を見ると、静岡県側にも林道があるようなので、短距離を多少強引に突っ切ればそれなりに明瞭な道に行き着くような気もするが、基本的には両県を行き来するための徒歩道というよりは、稜線上の低くなった場所という以上の意味はない場所だのだろう。件の林道というのも、ずいぶん回り道して本坂峠か宇利峠に出るものらしいので、静岡側に下る道としてはいまいち実用的でない。

 かくて稜線上の本線コースに出たものの、ここから次なるチェックポイントとなる本坂峠までの距離は意外と長い。コース沿いの指導標は、ここにきて一気に古色蒼然としたものとなった。麓にあったものと同じ意匠、しかしかなり古ぼけてしまったそれには、どうにか読める程度の文字で、「豊橋自然歩道本線 本坂峠方面 健脚コース」と書かれている。標準ルートだと思っていたのは、健脚コースだったのか。

 同じ場所には中山峠の標高が表示されていた。その辺の登山者が取り付けていったのだろうお手製の看板で隠されている上に、文字も消えかけていたが、たぶん「350M」と書かれていた。地図を見る。この先本坂峠までの間、400m超級のピークがいくつかある。漠然と覚えている限りだと、豊橋自然歩道は数十メートルオーダーのアップダウンが頻繁に繰り返される。ゆえに思ったより辛いことになる。豊橋自然歩道に帰って来たと言う気がする。

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 アップダウンが多いのは、つまり稜線の一番高くなったところ、恐らくは愛知と静岡の県境線を、律儀にたどっていくからだ。山の斜面を横切る道、いわゆるトラバース道は、歩くに楽だけれど長年にわたって保守するのはかなり苦労を伴うものだというのは、東海自然歩道を歩いてきてよく分かった。斜面の道は、しばしば崩落に飲まれる。それに比べると尾根道は、そういった心配も少ない。さほど力を入れて保守されているとは思えない豊橋自然歩道は、コース取りに助けられたか、道がひどく荒廃するようなこともなく、良好な状態を保っている。ただ、一本調子の登りが何十メートルか続いた後、同じくらいの大下りがやって来るのは理不尽に感じられる。加えてこの辺りは、これという展望ポイントもなく、林の中の単調な登り下りが延々続くので気が持たない。当時はそんなことも思わなかったけれど、豊橋自然歩道を楽しんでそれなりの距離歩くなら、前回たどった石巻~二川の間がベストだったのではないか。

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 言っても詮無いことだ。木々の間からわずかに見える湖西や豊橋の街並みを見ながら、歩を進める。本坂峠はおろか、その手前に位置する坊ケ峰までも思いのほか遠かったが、11:03にその坊ケ峰に着いた。頂上というにはあまりにも地味な場所だ。展望がないのもこの区間の山らしいし、ピークというには平たん過ぎる。それでも、YAMAPにおいてさえこの場所は一座の山とカウントされていた。ほんのちょっとだけ進むと、神社があった。名もないお社のようで、特にどういういわれがあるものなのかについても触れられていない。

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 そこからさらに10分ほど下って、本坂峠に至った。前に来た時とは違う方向からの進入でも、やはり既視感はある。今度は10分ほど登り返すと、頭浅間と呼ばれる名のある神社にたどり着いた。祭神はオオヤマズミと解説されていて、近くにあった看板の内容を信じるなら、それなりに訪う人もいるようだ。姫街道をたどってくればさほど骨の折れる道のりでもなし、純粋な信仰心であるかどうかはさておくとしても、ハイキングのついでに立ち寄って行く人はそれなりにいるのかもしれない。

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 頭浅間を過ぎて間もなく、静岡県側の展望が開けた。不思議なもので、道が気持ちのいいハイキングコースの顔をのぞかせると、活力もわいてくる。今日、本当に二川まで歩いたものかどうか迷いが生じ始めていたが、少なくとも多米峠までは歩いてみようという気になった。本坂峠近辺から南の弓張山地上には、湖西連峰ハイキングコースと呼ばれる道が整備されている。何のことはない、主稜上の多くの区間は豊橋自然歩道とコースを同じくしている。二県からのハイカーが集まるためか、この辺りはコースのグレードが一つ上がる気がする。特に静岡県側からの入山者が増えるせいか、にわかに人とすれ違うことが多くなった。道中の大岩の上には、少し離れたところからでも多くのハイカーがたむろしているのが見えた。富士見岩と呼ばれるものらしい。5分ほど歩いて距離を詰めると、なるほど、岩の近くからは富士山が見える。ついでに言うと、ここからは南アルプス南端部の雪山も見える。山容から何という山なのか見当をつけることもできないが、南ア南端部の山ということで、全くあてずっぽうで聖か光ということにしておいた。

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 さらに20分ほど進み、大知波峠に到着。切り開きになった明るい峠で、大知波峠廃寺の跡なのだそうだ。平安時代頃に建立された謎の多い寺院ながら、史跡としては国の指定も受けているので、広場風に整備されている。特に静岡県側からはファミリー向けハイキングのコースも整備されているようだ。そして目を反対に転じると、ここから石巻山に通じる道が伸びている。つまり、以前の豊橋自然歩道ハイクでは、ここより南のエリアは歩いたわけだ。未踏領域を歩き潰したことで、今日の目的の何割かは達した気分になった。迷ったが、そういう事情も踏まえて、今日はやはり多米峠まで歩いて区切りとすることにした。

 大知波峠から多米峠までは、それでも1時間ほどの距離がある。多米峠から二川までは、ここまでで少なからず消耗している事情も踏まえれば2時間から3時間コースと言ったところか。歩いて歩き抜けない道ではなさそうだ。しかし、この区間もまた悪い意味で豊橋自然歩道らしい、単調な林の中の道とだった思い出があるので、無理を押してその先につなげようという気にはならなかった。多米峠には13時に着いた。例によって、ここから豊橋市側に下る道は多米自然歩道の名を背負っている。他の枝線と決定的に違うのは、下った先が交通量の多い県道に通じていることだ。ハイキングコース自体も幅広で下りやすく、15分ほどで多米トンネル手前の県道沿いにたどり着いた。

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 多米。豊橋市内でも東端に位置する地域で、私が子供のころを過ごした町。およそ都市部とは言い難いけれど、この間の嵩山とか今日のスタート地点中山とかに比べれば、全然市街化の進んだ地域でもある。自然歩道を抜けた直後こそ片田舎の感じはあったが、県道沿いに豊橋市街の方を目指していくうちに、どんどん住宅と商店が数を増やしていった。何となく覚えている風景と、様変わりしてしまった街角が混在する。意外だったのが、多米の山の縁で営業していた。SLが料理を運んでくるレストランの形骸が、廃墟化しながらも未だ残っていたことだった。その光景に、思いがけずセンチメンタルな気分に浸った。私にとっての豊橋自然歩道ハイクは、懐かしい記憶をたどる山行だったのかもしれない。

 エントリーポイントを選べば容易にアクセスでき、それでいて行程も長い豊橋自然歩道は、トレーニング用にはそんなに悪くないコースなのかもしれない。ただ、多米峠から市電赤岩口電停までは思いのほか(案の定?)距離があり、電停までたどり着いた頃にはいささかくたびれてしまっていた。あとはやはり、コースが少々単調なのは考えものではある。

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